60話、一番の理想から、必ず達成すべき目標へ

「ふぅ~っ……。一泊させたら、まるで別人みたいになっちゃったなぁ」


 寝起きざまの野生化。率先して家事の手伝い。人間の文化に興味を持ってきたからと、買い物までしてくれて。仕舞いには、夕食を見ただけでゲームを無効にしてくれた。


「おまけに、味噌汁を作る約束もしちゃったもんな」


 実はあれ、冗談半分で言ったんだけどね。まさか、乗ってきてくれるとは夢にも思っていなかった。しかし、これは良い傾向だ。

 人間の文化に興味を持ち始めてくれたのは、かなり大きい。買い物へ行ってくれたのも、そう。上手く事が進めば、私以外の人間とも交流を図れて、仲良くなってくれる可能性がある。


「……今後の買い物は、メリーさんに任せちゃうか?」


 この機は、絶対に逃してはいけない。中々のハイリスクだけど、それ以上のどでかいリターンがある。メリーさんがやりたいと言った事は、最低でも一回はやらせてみるべきだ。


「とりあえず、まずは味噌汁作りかな」


 短縮版の手軽な味噌汁と、出汁を一から作るガチの味噌汁、どっちを教えよう? はたまた、両方教えるべきか。……いや、ここは迷う所じゃない。とりあえず両方教えよう。

 そして、作り終えたら会話を盛り上げて楽しむんだ。たとえば、今日作ったガチの味噌汁は、メリーさんが初めてここへ来た時に、飲んだ味噌汁と同じ物だとかね。


「いいじゃん? この流れ。料理作りが、メリーさんの趣味になってくれないかなー」


 ちょっと期待に弾んだ私の声が、ラベンダーの匂いを含んだ湯けむりに包み込まれていく。趣味を一つでも持てば、より人間の文化に触れたくなるはず。

 よし、決めた。これからは、メリーさんとの外出も増やしていこう。各季節ごとに行われるイベントにも、なるべく参加する。

 夏だったら、最寄の神社で開催する夏祭り。花火大会も同時にやるので、是非とも拝んでおかなければ。

 そして、花火に感動したメリーさんへ、こう言うんだ。『来年も、また一緒に見ようね』ってね。


「……地味に恥ずかしいな、このセリフ」


 めっちゃ青春しているけど、『嫌よ』って返されたら私の人生ごと終わってしまう。ここは、場の雰囲気に合わせて適当に話しておけばいいか。

 それで秋だったら、パッと思い付いたのが果物狩り。スタンダードなブドウから、リンゴや梨、旬の柿まで。秋を存分に肌で感じたいなら、渓谷釣りもいい。

 紅葉がチラチラと舞う中で、アユやイワナといった川魚を釣って、近くのキャンプ場や調理場で焼いて食べるんだ。下処理は私が出来るから、スムーズに焼いて食べられる。


「やっば、マジで食べたくなってきた」


 焚き火で焼いた魚って、有無を言わさず最強に美味いんだよね。塩焼きなら、なおさらだ。人目なんか気にしないで、大声で唸っちゃいそう。


「うっし! 渓谷釣りは決まりっと」


 これ、私も楽しんじゃっているな。まあ、いいか。メリーさんと一緒に、四季折々を楽しめるなら本望だ。より親睦を深めて、親友や盟友になってやろうじゃないの。

 そしてゆくゆくは、ゲームの完全撤廃。ただ単純に、同じ時間を共に過ごしていく関係に落ち着かせていく。一番の理想は、私の元から去ってくれる事なんだけれども───。


「……なーんか、それは違うんだよな」


 最早、メリーさんが居る日常が当たり前になりつつある。いや、そうじゃない。当たり前なんだ、今の私にとって。

 その当たり前となった日常の中で、メリーさんが突然居なくなったとしよう。当然、最初は喜ぶさ。都市伝説様の魔の手から逃げ切り、命が助かったとね。

 でも、最終的に残るのは、寂しいという気持ちだろう。命を狙われているっていうのに、場違いな感情だけが残るだなんて。私も、色々毒されてきているな。


「メリーさんが来る前の私って、何やってたっけ?」


 もう、それすらあやふやだ。調理学校に行って、帰って来たら夕飯を作っていたと思う。無論、料理の腕を磨く為に一人でね。

 そこには、私の料理を食べて『美味しい』と言ってくれる人なんて、誰一人として居なかった。

 ……ああ、なるほど? メリーさんが居なくなると寂しいって思う原因、なんとなく分かっちゃったや。


「私の料理を食べて、『美味しい』と言ってくれるからだ」


 それも、満面の笑顔で。ずるいんだよなぁ、あの笑顔。私の命を狙っているっていうのに、それを忘れさせてくれるぐらい、良い笑顔で『美味しい』って言ってくれるんだ。

 そして、それを嬉しがっていて、その笑顔を、もっと見たいと思っている自分が居る。たとえそれが、私の命を狙っている者であろうとも。


「ずいぶんイカれてんなぁ、私も」


 だからこそ、ここまで来れたんだろうけど。こうなったら、吹っ切れ続けるしかないか。現実を直視してしまい、発狂してしまわないようにね。


「さってと、冬はどうするかな」


 クリスマスは、骨付き鶏もも肉のローストチキンやらケーキでしょ? 鍋物も欠かせない。イベントだったら、イルミネーション系かな? 後は───。


「待てよ? 年末になったら、実家へ帰るよな? 私……」


 ……あれ、ヤバくね? メリーさんを一人置いて、実家に帰る訳にもいかないし。実家へ招くなんて、それこそマズイ。私を含めた家族全員、メリーさんに消されてしまう。

 今年は、帰省を諦めるか? でも、そうなると、私はいつ実家に帰れるのか分からなくなる。そもそもの話。私の夢は、家族が作った食材、獲った魚を使った定食屋を開く事。

 その定食屋は、実家の近くに建てようしている。とどのつまり、マジでメリーさんと仲良くならないと、夢すら叶えられなくなるのでは?


「……ははっ、マジか」


 今まで考えていた理想の着地点が、必ず達成すべき目標に変わってしまった。毎日ゲームに勝ち続けて、一喜一憂している場合ですらないとはね。

 悠長している時間さえあまり無いというのであれば、仕方ない。やってやろうじゃん? 今年か来年までには、メリーさんと盟友になってやろうじゃないの。


「こうしちゃいられない!」


 善は急げと、お湯飛沫を巻き上げながら立ち上がり、浴室から出る。急いで全身をタオルで拭き、パジャマに着替えて部屋へ戻った。


「メリーさーん!」


「ほあっ!? び、ビックリした! ……なに?」


 体に大波を立てたメリーさんに構わず近づき、目の前に正座する。


「なにじゃなくてさ。ほら、早く! 私を宙に浮かせてよ」


「……あ、ああ、そんな約束してたわね。ほら」


 何事かと思い、ジト目になっていたメリーさんの表情が、澄まし顔に戻ったと同時。指招きをする要領で、指先をクイッを曲げる。

 すると、私の全身に不可解な浮遊感が生まれ、視界が徐々に高くなっていった。……え? もしかして、もう浮いてんの? 恐る恐る下を覗いてみると、私を見上げているメリーさんの姿が───。


「……お、おおっ、おぉぉおおーーーっ!! マジで浮いてんじゃん! すっげぇぇええーーー!!」


「とんでもなく興奮してるわね。どう、楽しい?」


「楽しいというか、もうすごい! なんかこう、すごいっ!!」


 触れられている感触とかは、一切感じないっていうのに。どういう原理で浮いているの、これ!? これが、無重力って奴? やばい、私の部屋が宇宙になった。マジですげぇ……。


「ふふっ、すごいはしゃぎようね。どうする? 私は別に、毎日やってあげてもいいけど」


「毎日いいんスか!? ……いや、ダメだ! せめて週一間隔がいい!」


「週一? ああ、慣れちゃうから?」


「それ! こんなすごいのに慣れちゃうなんて、勿体ないにも程があるじゃん!」


 毎日宇宙旅行気分を味わえるのは、かなり魅力的なのだけれどもだ。この浮遊感は、絶対に慣れたくない。ずっと新鮮な気持ちで浮かんでいたい!


「そう、分かったわ。なら、浮きたくなったら声を掛けてちょうだい」


「よっしゃー! ありがとう、メリーさん!」


 これからは夕食以外、メリーさんと共に過ごす日常を、思いっ切り謳歌してやるんだ。待っていろよ、四季折々のイベント達よ。人間と都市伝説様、異色のコンビが参加してやるからね。

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