13話、またここへ来たくなる味
「お待たせしましたー。ネギチャーシューラーメンが二つになります」
「おっ、きたきた!」
「あら、もう来たの?」
メニュー表に載っているラーメンを眺めつつ、ハルに適当な相槌を打っていたら、もうラーメンが来てしまった。いや、もうでもないわね。
壁に設置された掛け時計を確認してみると、注文してから十五分以上が経っている。
客が大勢居るっていうのに、それでも十五分で来たんだ。思っていたより早いじゃない。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
先ほどと違う店員が、軽く会釈をしてから去っていった。さっきの奴、やはり私に恐れを成したようね。
私達を席まで案内したのにも関わらず、ここへラーメンを持って来なかったのが、いい証拠だわ。
「いやぁ~、目に映る情報が全部美味しいや~!」
「実物は、絵と違ってボリュームが凄まじいわね」
まず、器が想像していたよりも二倍ぐらい大きい。それに、味付けされて赤みを帯びた白髪ネギの量よ。主役の麺を、ほとんど隠している。
チャーシューの厚さも、そう。メニュー通り五枚あるけど、やはり一枚が一cm以上ありそう。メンマ、わかめ、海苔は許容範囲の量で、半熟卵は半分に切ったのが二つ。
スープは透き通っているかと思いきや、器の底が見えないほど濁っている。表面に白い粒々とした物が浮いているけど、これは何なのかしら?
「ハル。スープに白いのが浮いてるけど、これは何なの?」
「白いの? ああ、これね。たぶん、牛脂か背脂かな?」
「ぎゅうし? せあぶら?」
「
「へえ、そう」
食用油脂、そんな物もあるんだ。まあ、食べられるのであれば問題ない。
匂いは、湯気に乗って醬油の香ばしい匂いがする。うん、私の好きな匂いだ。お腹が一気にすいてきちゃった。
「んじゃ、いただきますか。あ、そうそう。メリーさん。箸は、そこにある割り箸を使ってね」
「割り箸? ああ、これね」
初めて耳にした単語だけど、ハルが指を差してくれたので、すぐに分かった。二本取ろうとした矢先。一本だけ取ったハルが、割り箸を縦に割って二本にした。
あ、なるほど! 箸を割るから、割り箸っていうのね。危ない。二本取ってそのままラーメンを食べていたら、ハルに笑われる所だった。
「先っぽ持って、二本に割る……。は?」
なんで、ハルの割り箸は綺麗に割れたというのに。私のは、上の部分が歪に割れたの? なんだか気に食わないわね。
「ああ、それ。ちょっと萎えるよね」
「……ムカつく」
「気になるなら、変えちゃえばいいじゃん」
「そうね、そうするわ。……グッ!?」
ハルの言葉にあやかったのに、二本目も綺麗に割れなかった。なんなの割り箸って? 都市伝説である私を、ここまでおちょくるだなんて。もう大嫌い……。
「また、変える?」
「いい、これで食べる……」
「そこまで落ち込んじゃうの? ほら、私の綺麗に割れたやつを使いな」
「ありがと……」
屈辱的だけど、本当に気になるから、ハルのと交換せざるを得ない。ハルが割り箸を差し出してきたので、私が割ったやつと交換した。
「さあさあ、食べるぞー! いただきまーす!」
高らかに声を上げたハルが、レンゲを使ってスープをすすっていく。
「んんっ、めっちゃ美味しいっ! さてと、麺の方は~っと」
嬉々と吠えたハルが、今度は麺を食べ始めた。さてと、私は何から食べようかしら。ハルは初めにスープを飲んだから、私も真似をしてしまおう。
そう決めた私は、右手に持っていた割り箸をレンゲに持ち替え、スープに沈める。並々にすくえたので、顔を近づけて息を吹きかけて冷まし、ゆっくりすすった。
「んっ、おいしい」
脂が浮いているから、こってりしていると予想していたのに、かなりあっさりとしている。喉に引っかかる事なく、スッと通っていった。これは、いい意味で予想を裏切ってきたわね。
味は、醤油の味をしっかり感じるけど、油のコクも合わさって風味に深みが増している。それなりに濃いから、ご飯と合うかもしれない。
そうか! だから、小さな器の丼物やご飯が単品であった訳ね。納得したわ。
次は、どうしても目に映って無視が出来ない白髪ネギを。ハル
「わっ、ピリッてする」
このネギ、もしかして生? とてもシャキシャキとしていて、歯応えがすごくて何回噛んでも嚙み切れない。それに、二種類の異なるピリッとするものも感じた。
一つは、清涼感のある瞬間的な刺激が強い辛さ。もう一つは、相反して油っこさがあり、後からじわじわと迫ってくる辛さ。
前者はネギで、後者がラー油の辛さ? それとも逆? 別々にして食べ比べてみないと、判断がつかないわね。でも、悪くない。両方とも、食欲が湧いているおいしい辛さだ。
これも、ご飯が食べたくなってくるわね。いや、待って? この白髪ネギを使った、ネギ丼があるじゃない!
……しまった、頼んでおけばよかった。間違いなくおいしいだろうっていうのに。
「はぁっ、無知って色々後悔するわね。さて、次は分厚いチャーシューを」
この分厚いチャーシュー、とにかく存在感がすごいのよ。少しずつズレた状態で重なっている姿は、正に圧巻。
それに、一枚一枚が一cm以上もあるから、絶対に固いはずだわ。
「あれ? 箸で持ったらしなっちゃった」
もしかして、このチャーシュー、柔らかいっていうの? 噓でしょ? こんなに分厚くて、ずっしりと重くて、見た目が固そうだっていうのに。ちょうど真ん中部分を挟んで持ったら、両端が垂れちゃった。
煮込むと、具材が柔らかくなるって料理本に書いてあったけれども。確か、チャーシューも煮込んで作る物だったわよね。けど、ここまで柔らかくなるの?
実際、ハルが煮込んで作った手羽元の煮物は、とてもホロホロとしていて柔らかかった。ならば、この煮込んだチャーシューだって、必然的に柔らかくなるはず。とりあえず、食べてみよう。
「ふゎっ、柔らかっ……」
すごい、このチャーシュー。手羽元よりも遥かに柔らかく、溶けるように崩れていく。とんでもない柔らかさだわ。
それに、中にギュッと詰まっていた肉汁の量よ。噛む度に、濃厚な肉汁がぶわっと溢れ出してくる。プリッとした脂身も、そう。甘く感じるサラサラとした油が、弾けるようにどんどん口の中へ広がっていく。
とにかく、濃い醤油の風味がガツンと来るチャーシュー。甘いながらも、チャーシューの味と喧嘩する事なく中和していく、プリップリの脂身。この二つ、相性抜群じゃない。
「ふわぁ、おいひいっ」
間違いない。これも絶対に、ご飯と合う。ああ、ご飯を単品で頼みたくなってきちゃった。スープとも合うだろうし、何よりも一緒に食べてみたい!
なんで数十分前の私は、ご飯を頼まなかったのよ! あまりにも愚行だわ。もし時を戻せるのであれば、必死になって説得するか引っ叩いてやりたい。
「けど、もう何もかも遅いわね。余計な考えはやめにして、ラーメンだけに集中しよう。最後は、主役の麺ね」
白髪ネギを二、三口食べて、ようやく顔を覗かせた麺を掴み、冷ます為に高く上げていく。
この麺は、ストレート麺ってやつね。今日、ラーメンについて詳しく書かれた本を二冊読んだから、見ただけ分かる。
太さは、中太ぐらいかしら? ストレート麺なのに、スープとよく絡んでいそうだ。麺にも息を数回吹きかけて、冷ましてっと。よし、初めてのラーメン。食べるわよ!
息を吸う要領で、スープが飛び散らないようにすすっていくも、麺がなかなか途切れてくれない。ラーメンの麺って、こんなに長いんだ。
二回休憩してすすったら、ようやく途切れてくれた。……ちょっと、頬張り過ぎちゃったかも。口の中が、麺とスープでいっぱいになっちゃった。
「ん~っ、モチモチしてておいひい~っ」
麺の一本一本にコシと弾力がしっかりとあって、細いながらも十分な嚙み応えがある。けど、ツルッとしていて歯切れがいいから、喉越しも気持ちいい。
それに、麺自体にも味付けがされているのかしら? 他の味を邪魔しないほんの僅かな程度に、まろやかな塩味を感じる。
この塩味が、また堪らない。もっと麺を食べたいという欲求が、際限なくどんどん湧いてくる。
これが、ハルをも虜にするラーメン。今なら、私も分かる気がするわ。この大きな器の中に、多種多様なおいしさがギュッと詰まっている。
駄目だ、もう箸が止まらない。もっとラーメンを食べさせろと、私の口がせがんでくる。
「う~ん、おいしいっ」
「どうやらメリーさんも、ラーメンにハマったみたいだね」
「ええ、してやられた気分よ。すごくおいしいじゃない」
器の隅にある、メンマ、わかめ、海苔、半熟卵。
これらの具も、ラーメン色には決して染まらない、個々の特徴が分かる味付けがされている。箸休めにはもってこいだわ。
「で、ハル。次はいつ来るの?」
「へっ? また、ここへ来ても、よろしいんですか?」
「悔しいけど、食べたくなった物が沢山あるの。行く時になったら、ちゃんと私に声を掛けなさいよ?」
素直な感想をぶつけるも、真顔になったハルは、キョトンと呆けたまま。けど、数秒後。無垢な子供のように、表情がみるみる笑顔になっていった。
「うん、分かった! 必ず声を掛けるね! よっし! メリーさんのお墨付きが貰えたぞー! 流石はラーメンだ!」
ハルの、大袈裟な喜び様よ。ニコニコしながら器を持って、スープを豪快に飲み始めちゃった。けどこれで、またここへ来れる確約が出来た。
次は絶対に、ネギ丼とチャーシュー丼を頼もう。それに、ギョウザも少し気になっているのよね。
ハルは、いつ声を掛けてくれるのかしら? 早く来たいから、ちょくちょく催促しよう。
「そうだ、ハル。みかんゼリーは、まだ余ってる?」
思い出したように問い掛けてみると、器に隠れていたハルの顔が現れ、口から伸びていた麺が引っ込んでいった。
「まだあるけど、食べたいの?」
「そうね。よければ食べたいわ」
話の途中で、またスープを飲んだハルが、器を静かにテーブルへ置いた。
「分かった。それじゃあ、ラーメンを食べ終わったら一緒に帰ろっか」
「ええ、そうしましょう」
とは言ったものの。私とハルの器には、まだラーメンが半分以上も残っている。しかも、底からどんどん麺が出てくるんだけど?
無くなる気配が、一向に見えてこないわね。まあ、いいか。麺が多ければ多いほど、おいしいラーメンがいっぱい食べられる。
ペロリといけそうだし。今度ここへ来た時は、大盛りを注文してみよっと。
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