12話、頭を悩ませる注文

「おっ、見えてきた見えてきた。今は~、誰も並んでない! ラッキー、すぐ入れるや」


 夕刻時。私に舐めたマネをしてきたハルに、罰としてくすぐり地獄を与えたものの。僅か数分で立ち直ったハルが、上機嫌そうに微笑んだ。

 見るも無惨な顔になって、涙まで流していたというのに。いくら何でも、立ち直りが早すぎじゃない?


「それじゃあ、すぐにラーメンを食べられるのね」


「どうだろう? 店舗情報によると中は結構広そうだったから、注文してからそれなりに待つかもしれないね」


 注文してから待つ? ハルの家以外で料理を食べた事がないし、調べてもいないからまるで分からない。そもそも、注文って何?

 これは、ハルに聞いたら馬鹿にされるやつかしら? ……とりあえず、今は聞くのはやめておこう。ハルの見様見真似で、注文とやらをすればいいか。

 待ちかねたハルが、自動ドアを抜けて店に入ったので、私もその背中を追う。入った途端、食欲を乱暴に突っついてくる様々な良い匂いが、鼻の中を容赦なく通っていった。


「へぇ、おいしそうな匂いがするじゃない」


「今日開店だってのに、もうラーメンの匂いに染まってるねぇ~。客足は、言わずもがなか」


「ガヤガヤうるさいわね」


 いい匂いに気を取られていたけど。店内をどこを見渡せど、人、人、人。ラーメンを食べている人間で溢れ返っている。

 あちらこちらから音が飛び交ってきているし、まるで落ち着かない。まだ数回しか食べていないけど、静かなハルの部屋がだんだん恋しくなってきた。


「いらっしゃいませー! 何名様でしょうか?」


「ひゃっ!?」


 人間が食べているラーメンを、しげしげと眺めていた最中。突然、視界外から野太い大声が飛んできたせいで、体に大波を立たせる私。

 慌てて前を向いてみると、視線の先には黒いTシャツを着ていて、頭に白いねじり鉢巻きを巻いたゴツイ人間が立っていた。

 なに、こいつ? いきなり大声を出して。私を驚かせるなんて、いい度胸をしているじゃない。


「二名です」


「二名ですね。テーブル席へ案内しますので、こちらへどうぞ」


 今の人間。ごちゃごちゃ何か言い始めたと思ったら、私に背中を見せて逃げ出した。どこまで私をおちょくっているの?


「ほらメリーさん、行くよ」


「ねえ、ハル。今の人間、殺っても別に構わないわよね?」


「……へっ? あの~、メリーさん? 急に物騒だよ? それに開店早々、怪奇現象で店を潰すような行為だけは、やめてね?」


 雑に説得してきたハルが、私の背中を押しながら強引に歩き始めた。ハルの言う通り、目立つ行動は避けた方がいいのだろうけども、やっぱり癪に障る。

 ハルに押されつつ角を左に曲がると、例の人間が棒立ちして私達を見ていた。


「こちらの席へどうぞー」


 例の人間が、左側にあるテーブルに手をかざす。そのテーブルの上には、半透明の袋に包まれている白い布と、水が注がれたコップが置かれていた。


「ありがとうございます。私は対面に座るから、メリーさんは手前に座って」


「こっちね」


 ハルの若干焦っているようにも感じる指示に従い、手前の席に腰を下ろす。

 座り心地は、案外悪くない。ちょっと滑るけど、ふかふかしていて気持ちがいいかも。


「注文が決まりましたら、そこにあるボタンを押して下さい。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 そう説明した人間が、そそくさと立ち去っていった。逃げ足だけは速いわね。私の殺気に恐れを成したのかしら?


「さあさあ、今日は私の奢りだよー! メリーさんも、好きな物を頼んでいいからね」


「頼むって言ったって、どんなラーメンがあるのか覚えてないわよ」


「ああ、そっか。メニュー表を渡すから、そこから選んでちょうだい」


 半透明の袋から布を取り出したハルが、テーブルの左脇に立てかけられていた艶のある紙を持ち、私の前に置いた。


「あ、ラーメンの絵が載ってる」


「そうそう。そこから食べてみたいラーメンを選んで注文すれば、そのラーメンが運ばれてくるんだ。まあ、焦らずゆっくり選んでよ」


 ハルに渡されたメニュー表という紙には、すまほにもあったラーメンが多々と載っている。この中から選べばいいのね。なんだ、簡単じゃない。

 ラーメンの種類は、ざっと二十以上。そこから、醤油、塩、とんこつ、味噌味のスープが選べると。……選択肢の幅が、かなりある。

 それに、チャーシューやメンマ、わかめってどんな味がするんだろう? いや、問題はそれだけじゃない。

 そもそも私は、まだラーメンを一度も食べた事がないのよ。だから、どれがおいしいラーメンなのか、想像すら出来ない───。


「ん? サイドメニュー……?」


 ページを開いていったら、ラーメンじゃない新たな絵がズラリと出てきた。

 チャーハン、ライス、ギョウザ。細切れの肉がご飯に盛られた、チャーシュー丼、細長くて白い物がご飯に乗っている、ネギ丼……。


「うわっ、デザートと飲み物まである」


 どうしよう。ページを開くたびに、選択肢がみるみる増えていく。料理本に乗っている料理や食材の名前を覚えるだけでも大変だというのに、まだこんなにあるっていうの?

 二十種類以上あるラーメンを一つだけ選び、そこから四種類のスープを選択する。……ああ、私には無理だ。到底、選べそうにもない。


「……ハル。どのラーメンが一番おいしいの?」


「どれって言われるとなぁ。メリーさんの好みが分からないから、なんとも言えないね」


「そういえば、そうね」


 私の大好きな料理と言えば、お味噌汁と唐揚げ。だったら、味噌と醤油の味は分かる。だとすれば、醤油ラーメンは間違いなくおいしいはず。だけど、そうなってくると味噌も捨てがたい。

 醤油は、唐揚げに使われていて。味噌は、一番好きなお味噌汁に使われている。けど、今の気分は醤油かしら? なら、スープは醤油味にしよう。

 問題は、ラーメンの方だけれども。具がシンプルな、醬油ラーメンにするべきか。それとも、色んな味が楽しめそうな具が山盛りのラーメンにするべきか……。


「う~ん、悩むわね。ハルは、どのラーメンを食べるんだっけ?」


「私は、この『ネギチャーシューラーメン』にするよ」


「ネギチャーシューラーメン……。ああ、これね」


 絵を見る限り、具は分厚いチャーシューが五枚。味付けが施されていそうな、大量に盛られた白髪ネギ。他には、メンマとわかめ、半熟卵。それに、この黒くて四角いのは海苔っていうやつね。

 白髪ネギの量が、また圧巻だわ。まるで山のよう。食べ応えが充分ありそうだ。ハルが食べたがっているという事は、間違いなくおいしいはずよ。私も、これにしちゃおっと。


「じゃあ、私もネギチャーシューラーメンにするわ」


「おっ! 私と同じラーメンにするんだね」


「選ぶのに疲れちゃったから、そうしたまでよ。味付けは醤油でお願い」


「了解! それじゃあ頼むねー」


 ニコリと笑ったハルがメニュー表を閉じ、テーブルの奥にあるボタンを押した。

 私は、もう少しだけメニュー表を見ていようかしら。どんなラーメンがあるのか、学ぶ意味も込めてね。

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