11話、狩る者と、狩られる者
「かっらあっげ、かっらあっげ~っ」
ああ、ハルの家へ向かう足取りが軽い。なんならスキップをしている。
なんせ今日を乗り越えれば、明日、私の大好きなハルの唐揚げが食べられるんだもの。嬉しいったらありゃしないわ。早く食べたいなぁ。
「食べる順番を、変えてくれないかしら?」
私が心ゆくまで唐揚げを食べるには、一つの条件を満たさなければならない。それは、ハルが行きたいラーメン屋へ一緒に行き、お目当てのラーメンを食べる事。
なので、ハルが今日ラーメンを食べて、明日、私が唐揚げを食べる。この条件と順番が必須。けれども、ハルは色々と融通が利く人間だ。
もしかすると『仕方ないなぁ』と折れて、順番を変えてくれるかもしれない。聞くだけだったら、何も問題は無いわよね?
「距離もちょうどいいし、電話をするついでに聞いてみよっと」
現在、ハルが住んでいるマンションまでとの距離、おおよそ五百m。本来であれば、ハルの元へ向かう前から電話をしなければならないのに、舞い上がっていてすっかり忘れていた。
唐揚げの魅力って怖いわね。メリーさんの初歩的な工程を、忘れさせてしまうんだもの。……いや、たぶん私だけだわ。
思い返してみて、少し恥ずかしくなってしまった私は、スキップを止め。ポケットから携帯電話を取り出し、右耳に当てた。
自動でコール音が鳴り出し、一コール目の途中。待っていましたと言わんばかりに、コール音が途切れた。
「私、メリーさん。今、商店街に───」
『そんなのはいいから、早く部屋に来てよ! ラーメンが無くなっちゃうでしょ!?』
「うるさっ……、はぁっ!? ちょっと、そんなのって何よ!? これはね、数多の人間を恐怖のどん底に突き落としてきた、私の大事な決め台詞なのよ!? ちゃんと最後まで聞きなさいよ!」
『ああ、そういえばそうだね。ごめんごめん』
謝ってくれたけど。こいつ、絶対ヘラヘラ笑っているわね? 緩い声色で分かるわ。それにしても、大事な決め台詞を『そんなのはいいから』と一蹴する? 普通。
初めて割って入られたし、そんな事一度も言われた事がないから、ちょっとショックを受けちゃった。なんだか、私の存在そのものを否定された気分だわ。
『それで、今どこに居るんだっけ?』
「商店街よ!」
『おお、もう近いじゃん。なら、私もそっちに行くから合流しようよ』
「あっ! ちょ、ちょっと待って!」
『んっ? どうしたの?』
危ない。下手に合流でもしたら、私の頼み事を言うタイミングが無くなってしまう。というか、ハルの奴。私の定石をことごとく崩してくるじゃないの。
私がそっちに行く? 合流しよう? 私は狩る側で、ハルは狩られる側よ? なんで怯えもせず、わざわざ私と合流しようとしてくるわけ?
……あ、違う。今日は、ハルを殺す訳じゃない。一緒にラーメン屋へ行くんだ。別に何もおかしくない。私が変なんだ。
人間と合流してお店に行くのも、これが初めてだから、なんだか調子が狂うわね。
「一つ、お願いがあるの」
『お願い? なに?』
「ラーメン屋に行くのは明日にして、今日は唐揚げにしない?」
『唐揚げ? いやいや、今日はラーメン屋に行く約束でしょ? それに、鶏肉の仕込みをしてないから、唐揚げは作れないよ』
まさか、即断ってくるとは。鶏肉の仕込みについては分からないけど、今日のハルは意思が固そうだ。けど、口調はいつも通り。怒っている様子はない。
ならば、もう二、三回ぐらい突っついて、押し通してみようかしら? 心が揺らいでしまいそうな、条件を付け加えてね。
「待っててあげるから、今から仕込めばいいじゃない。それに、あんたにとって好都合な条件を付けてあげるわよ?」
『好都合な条件? たとえば?』
ハルの声色が素っ気なくなってきたけど、なんとか食いついてきてくれた。さて、条件は何にしよう?
「たとえば~、そうね。三日間ぐらいゲームを無効にするってのは、どう?」
『それならいいや。そっちに向かう準備をするから、ちょっと待っててね』
「ちょっ……!? なら五日間! 一週間でもいいわよ!?」
『財布は持った、鍵もある。あれ、スマホは? ああ、今話してるんだった。よし、準備完了! 今からそっちに向かうね』
駄目だ、もう話すら聞いてくれない! こうなったら、強行手段よ。この瞬間だけ、私に狙われた人間はどうなってしまうのか、分からせてあげるわ。
「私、メリーさん。今、商店街にいるの」
『うん、知ってるよ』
「あんた。私がこの台詞を言った意味、まだ理解していないようね?」
『んっ? それって、どういう───』
ハルが話している途中だけれども、私は通話を切った。そう、私は都市伝説のメリーさん。私に狙われた人間は、必ず死ぬ。
ハルは、それを忘れているのか理解していない。ちゃんと頭で理解させて、本来あるべき立場を弁えさせてやらないと。
携帯電話をポケットにしまい、ハルのマンションを目指して歩き出す。角を曲がると、例のマンションが視界に入ったので、再び携帯電話を取り出し、右耳に当てた。
一コール目、出ない。二、三、四コールが終わるも、ハルは出てくれない。もしかして、怖くなって逃げちゃったのかしら? それはそれで困る。
五、六、七コールも反応無し。このまま待ち続けてやろうかと思った矢先、九コール目でようやく途切れた。
「私、メリーさん。今、あなたのマンションの近くに───」
「私、ハルーさん。今、ラーメンが食べたいの」
「……へ?」
あれ? 今、電話越しじゃなくて、直接ハルの声が聞こえた? それになんだか、僅かな圧を感じる。もしかして、私の背後に、ハルが居る?
慌てて振り返ってみるも、ハルの姿はどこにも無い。あるのは、私の目を眩ませる赤い夕日だけ。
「私、ハルーさん。今、ラーメンが食べたいんだけど?」
「うっ……!」
また、ハルの声が直に聞こえた。しかも、また背後から。……ありえない。私が、何度も背後を取られた?
私が、たった一人の人間に追い詰められている? そんな、馬鹿な……。
「……ハル? 今、どこに居るの?」
「私、ハルーさん。今、あなたの後ろに居る、のっ!」
「ぴゃっ!?」
突然、耳元から割れんばかりの大声が聞こえてきたせいで、驚いて飛び上がる私。
そのまま逃げるように滞空し、バッと地上を見下ろしてみれば。どこか勝ち誇ったように、いやらしい笑みを浮かべているハルが居た。
「ちょ、ちょっ、ちょっとぉ!! 誰の許可を取って私の真似事してんのよ!?」
「はっはっはっ、顔が真っ赤になってるじゃん。効果てきめんだね、これ」
相変わらず私の話を聞かないハルが、持っていたスマホをポケットに入れた。
「まさか、空も飛べるなんてね。流石は都市伝説様だ。ほら、早く下りてきなよ。ラーメン屋に行くよー」
「グッ……!」
私の真似をして驚かせてきただけではなく、余裕綽々と手を振りながら催促までされた。今回の流れは、全て私が悪い。悪いけど、どこか癪に障る。
そうか。私が常に下手に出ているから、ハルは私を、舐めた態度で接してくるんだ。だったらそろそろ、相応の罰をハルに与えてやろう。
そう決めた私は、音も無く降下を始め、地面に降り立つ。そして、腰に手を当て、余裕の表情で私を見下しているハルに右手をかざし、金縛りを発動させた。
「……あれ? 体が、動かせ、ない?」
「ハル。いい加減、調子に乗り過ぎよ? だから、あんたがどういう立場に立たされているのか、分からせてあげるわ」
かざしていた手を垂らし、体を動かそうと必死にもがいているハルの元へ足を運び、表情に余裕の色が無くなってきたハルに顔を合わせた。
「あんた、どこが弱いの?」
「え……? な、なんの、事、でしょうか?」
まだとぼけているハルに対し、私は両手を胸元まで上げて、わきわきとさせる。
「首? 背中? わき? 腰? 太もも? それとも、足の裏かしら?」
「あっ……。ま、待って、メリーさん……。いや、メリー様! 謝る、謝る、から……!」
「今さら謝っても遅いわ。さあ、覚悟しなさい」
手始めに、隙だらけの腰をくすぐってみれば。ハルは周りの通行人に目もくれず、夕日に向かって大きな笑い声を飛ばし出した。
「へぇ~、腰が弱いんだ。念の為、全部の箇所を試してみよっと」
「あっはっはっはっはっ! だ、ダメっ! わきだけは、わきだけはぁ……! 本当に、やめてっ……!」
「そう、わきも弱いのね。なら」
「ひゃーーーっはっはっはっはっ!! し、死ぬっ! 死んじゃう……!」
どうしよう、だんだん楽しくなってきちゃった。よし、決めた。ハルに一泡吹かせてやりたいし、死ぬ寸前までくすぐり続けてやろう。
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