10話、シュワシュワなデザートとジェネレーションギャップ

「ふうっ、おいしかった」


 出汁がいっぱい染み込んだ大根。淡泊な味ながらも、様々な食感を楽しめた手羽元。出汁自体もおいしかったから、お味噌汁と一緒に全部飲んでしまった。

 そして、体と心がじんわり暖まっていく優しい余韻。これも好きなのよね。寝た事なんて一度もないけれど、このまま目を瞑ったら、とても気持ち良く眠れるんだろうなぁ。


「はい、メリーさん。食後のデザートだよ」


 まどろみが漂う狭まった視界で、天井を仰いでいる中。どこからともなく、眠気を遮る声が聞こえてきたので、視界をテーブルへ落としていく。

 広まった視界の先には、透明な液体らしき物の中に、オレンジ色の物体がたくさん入った、底が深い皿とスプーンが映り込んだ。


「……“ハル”、これは?」


「私が作ったみかんゼリーさ。サイダーで作ったから……、って、メリーさん。ハルって、私の事?」


「……ふぇ?」


 今、春茜はるあかねを“ハル”と言ったの? 私。心地よい余韻のせいで、記憶が曖昧だ。けど、春茜がそう聞いてきたんだし……。たぶん、そう言っちゃったんだろう。

 なんだか、訂正するのが面倒臭いわね。思わず言ってしまった“ハル”の方が呼びやすいし、適当に話を合わせてしまおうかしら。


「あんたの名前が長いから、少し省略してみたの。あだ名だと思って、軽く受け流しときなさい」


「おお、あだ名。有名な都市伝説様からあだ名を貰えるなんて、とても光栄だなぁ。ありがとう」


 対面に座り、テーブルに肘を突き、手の平に顔を置いたハルがやんわりと微笑んだ。そことなく嬉しそうな顔をしている。

 そういえば、私と対峙をしてここまで笑った顔を見せた人間なんて、ハルが初めてだ。

 軽く思い返してみても、大体の人間は恐怖に支配されていて、泣きじゃくりながら命乞いをしてきていた。

 まあ、相当驚かしてやっていたから、当然の事ね。そして、ハルと出会ってからというものの、私は人間を一人も殺していない。


 特に、これといった理由はないのだけれども。たぶん、人間を殺してから食べる料理は、きっと気分的にも不味くなってしまうだろう。

 それだけは嫌だ。とにかく料理は、おいしく食べたい。……そうなると、私は一生人間を殺せなくなってしまうわね。

 いや、別にいいか。焦る必要なんてまったく無い。今大事なのは、料理をおいしく食べる事だけ。人間を殺すのは、二の次以下でいい。


「それじゃあ、食べてみようかしらね」


 デザートは完全に未知なる領域だけど、ハルが作ったのであれば、絶対においしいだろう。早速食べるべく、右手にスプーンを持ち、左手で透明な液体が入った皿を持つ。

 スプーンで上の部分を叩いてみると、思いのほか固くて弾力があった。『ペチペチ』っていう水っぽい音が、なんだか癒される。


「あら? 大根よりも柔らかいじゃない」


 固くて弾力があるのであれば、力を込めないとすくえないと思っていたのに。上からスプーンを入れたら、落ちていくようにスッと入っていった。

 匂いは、爽やかそうな甘みがある。このゼリーだと思われる物体は透明だというのに、ちゃんと匂いがあるだなんて。なんだか不思議だわ。さて、生涯で初めてのデザート。食べるわよ!


「ふゃっ!?」


 口に入れて噛んだ瞬間、ゼリーがシュワッとした!? なに、この感覚!? あっ、でも、このシュワシュワな感覚、案外悪くないかも……?

 味は、匂いをそのまま濃くした感じね。くどくなく、物足りなさもなく、ちょうどいい清涼な甘さ。食感はプルプルしている。本当に噛んでいるのか疑ってしまうぐらいに柔らかい。

 次は、オレンジ色をした物。たぶん、これがみかんね。つぶつぶが幾重にも連なっている。ゼリーに包まれているせいで、みかん自体の匂いは分からない。


「なんだか、面白い食感をしてるわね」


 この、連続で感じるぷちぷちとした食感よ。今までになかった新しい感覚だ。

 そのぷちぷちが終わると、ゼリーとはまた違った、ほのかに酸味が混じったさっぱりとした甘さが顔を出してきた。

 この酸味が、また絶妙で。ゼリーとみかんの異なった甘さを、グンッと引き立てていく。けど、総合的にみかんの甘さが一番強いわね。

 だから、みかんゼリーというのかしら? なら、逆にゼリーの甘さが勝ったら、ゼリーみかんになっちゃうけど。これをわざわざ口にしたら、ハルに馬鹿にされそうな気がするからやめておこう。


「うん、おいしい」


「いきなり叫んだから、ビックリしちゃったけど。お気に召してくれたようで、よかった」


「あんた、シュワッってするなら最初から言いなさいよ。思わず驚いちゃったじゃない」


「ああ、ごめんごめん。言ってなかったね」


 素直に罪を認めたけど。ハルはあまり悪そびれた様子を見せない苦笑いをし、「でさ」と続ける。


「メリーさん。相談があるんだけど、いいかな?」


 そういえば、ハルにとってそっちがメインだったわね。みかんゼリーのシュワシュワに驚いちゃって、すっかり忘れていたわ。


「いいわよ、聞いてあげる」


「ありがとう! じゃあ早速。メリーさんは、ラーメンを知ってる?」


「ラーメン?」


 ラーメン。ラーメン大百科っていう本があったから、一冊だけ読んだ事がある。

 醤油、塩、とんこつ、味噌といった様々な味付がある、麺類の一種だったわよね。よかった、事前に読んでおいて。


「ええ、知ってるわ。お蕎麦やうどんといった、麺類の一種でしょ? それがどうしたの?」


「おお、なら話は早い! ちょっと、これを見てほしいんだ」


 そう嬉々とし出したハルが、いつも私と電話をしている時に持っていた、薄い長方形をした一枚の板を私の前に置いた。

 この板、前から気になっていたのよね。私が持っている折り畳み式の携帯とは、形は違えど。電話が出来るようだから、これも携帯電話の一種なんだろうけども……。


「……あれ? この板、ラーメンの絵が描いてある」


「そうそう。明日、私が目に付けてるラーメン屋がオープンするんだけど、一緒に行かない?」


 ラーメン屋。『屋』が付いてるという事は、料理を提供するお店を差す。つまりこれは、ラーメンを出すお店へ行こうという、ハルからの誘いってわけ?


「わ、私も一緒に行くの?」


「うん。私一人で行っちゃうと、メリーさんに夕食が出せなくなっちゃうからさ。どうせならと思ってね。あとあと、このお店、色んな種類のラーメンがあるんだ」


「へっ? 絵が動いてる!?」


 ハルが、板を指でなぞると絵が上下に動き出し、色んな種類のラーメンの絵が出てきた。何この板!? まるで、街の電気屋にあるテレビみたいじゃないの!


「その驚きよう……。メリーさん、スマホをご存知でない?」


「すまほ? 何それ、どんな料理なの?」


「いや、料理ではなくてですね。こちらの携帯電話が、スマホになります」


 どこか鼻につく補足を挟んだハルが、両手の平を板へかざす。……うそ? 最近の携帯電話って、こんなに綺麗な絵が映るの? 私の携帯なんて、電話しか出来ないっていうのに……。

 それに、やたらと薄い。どうなっているの、これ? 私のなんて、これの二倍以上は厚いわよ?


「……ハル、ちょっと触ってもいい?」


「いいよ。画面に触れた指を、上下になぞれば画像がスライドしてくからね」


 言われた通りに、ガラスのようにツルツルした画面という物をなぞっていく。すると、私の指の軌跡を追うように、すまほに映っているラーメンの絵が滑っていった。


「わあ、すごいっ」


 下からどんどん出てくるは、具材やスープの色が異なったラーメンの絵。

 十や二十じゃきかない種類がある。なんて豊富な数なんだろう。それよりも、このすまほっていう携帯電話、本当にすごいわね。


「ラーメンって、こんなにいっぱいあるんだ」


「目移りしちゃうでしょ? でも、最初から食べたいラーメンを決めてるんだ」


 ちょっと声が弾み出したハルが、すまほに指を滑らせて、とあるラーメンの絵に差し掛かると、そのラーメンに指を差した。


「これ! 分厚いチャーシューに、味を付けた山盛りの白髪ネギ。色合い的に、たぶん醤油とゴマ油、それかラー油かな? このラーメンに、すりおろしニンニクを入れて食べたら、絶対に美味しいはずなんだ! ああ~、早く食べてみたいなぁ~」


 あのハルが、無邪気な顔をしてヨダレまで垂らしている。こいつ、ラーメンが好きなのかしら?


「だからさ、メリーさん! メリーさんにもラーメンを奢ってあげるから、明日一緒に行こうよ!」


「ええ……? あんた、私は都市伝説と謳われてる怪異よ? 一緒に行っても大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫! メリーさんの見た目は、中高生の女子にか見えないもん! そのまんまお店に行っても、なんら不自然じゃないよ」


 もう、心ここにあらずの状態ね。このはしゃぎよう、精神だけお店に行ってラーメンを食べていそうだわ。

 まあ、確かに。私の見た目は、人間の女性そのものだ。つばが広くて白い帽子に、白のワンピース。髪の毛は金色で、腰まで伸びた長髪。で、瞳の色は真紅。何もしていなければ、ただの人間と差異は無し。

 けど、お店まで行くのが本当に面倒臭い。それに、お店って周りがうるさそうなイメージがある。料理は、静かな場所でゆっくり食べたいのよね。ハルが、このラーメンを作ればいいのに。

 たぶん、私が露骨に嫌そうな顔をしていたのか。まだ何も言っていないのに、ハルが「なら!」と追撃してきた。


「ラーメン屋へ一緒に行ってくれたら、次の日の夕飯は唐揚げにしてあげるよ?」


「か、唐揚げっ! 本当に言ってるの、それ!?」


「もちろん! それに、十個や二十個じゃない。メリーさんが満足するまで、沢山作ってあげる」


「唐揚げを、私が満足するまで……?」


 こいつ、なんて提案をしてきたの? ハルが作った唐揚げを、私が満足するまで食べられる? まるで夢のようだわ。この話、乗るしかないじゃない!

 っと。焦っちゃダメよ、私。あくまで、ぶっきらぼうに話を合わせないと。でなければ、私の大好物が、ハルが作った唐揚げだとバレてしまうからね。


「ま、まあ、いいわ。ラーメンには多少の興味があるし、行ってあげる」


「本当っ!? ぃよっしゃー! これでラーメンが食べられるぞーっ!」


 私が冷静を装いながら快諾した矢先。ハルがバッと立ち上がり、両手を高々と挙げながら大声で吠えだした。ハル、よっぽどラーメンが食べたかったのね。

 けど、今ならその気持ちが分かる気がする。私だって、ハルの唐揚げが食べられると分かったら、素が出るほど喜んでしまったもの。どうやらお互い、欲には忠実みたいね。


「ハル、唐揚げの件を忘れないでよ?」


「分かってる分かってる! 明後日を楽しみにしててね!」


 明後日か。何個食べようかしら? 最低でも、三十個以上は食べたいな。う~ん。本当に楽しみだわ、ハルの唐揚げ。

 あと、お味噌汁もちゃんとリクエストしておかないと。もちろん味噌は白味噌で、具は豆腐と長ネギでね。

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