9話、ホクホクとホロホロ
「私、メリーさん。今、お味噌汁の味と具が変わっていて、とても困惑しているの」
『味噌を赤味噌に変えて、それに合う具にしてみたんだけど、どう?』
「まあ、悪くないわね。けど私は、前のお味噌汁の方がずっと好きだわ」
『なるほど。それじゃあ、次回から戻しておくね』
赤味噌を使ったお味噌汁。だから、色がこんなにも赤寄りなんだ。いつものお味噌汁とは違い、とても深いコクがあり、ご飯に合いそうな塩辛さもある。
具材も、そう。平べったく切られたにんじん、私が昨日指定した大根。灰色をした根っこみたいな物は、ごぼうだったかしら?
歯応えがすごくて、土の匂いをそのまま味にしたような渋みを感じるけれども。赤味噌がその渋みを和らげてくれて、食べやすい味に変えてくれている。
それと、黄色くてふわふわした物。これは油揚げね。見た目や箸から感じる柔らかさとは相反し、外側は意外と固い。
けど、お味噌汁を沢山吸っているせいか。噛む度にお味噌汁と混ざり合った、豆腐の風味を感じる油が染み出してきて、赤味噌のコクを一段と引き立てていく。
そして、一際大きくゴロッとしていて、箸で掴みづらい物。たぶん里芋ね。
一見、なかなか固そうに見えるけど、歯が沈んでいくような柔らかさだ。噛むと優しい甘みを含んだ粘り気が出てきて、なんとも不思議な食感になっていく。
「メリーさん。味噌汁の中に、これはちょっと嫌だなって物はあった?」
電話越しではなく、いつの間にか、テーブルを挟んで立っていた
何か詮索していそうな言い方だけど、まあいいわ。素直に答えてあげましょう。
「いいえ、どれもおいしかったわ」
「なるほどなるほど。ねえ、メリーさん。たまーになんだけどさ、味噌汁の具材を変えてみてもいい?」
「それはダメよ。私は、豆腐と長ネギ、白味噌を使ったお味噌汁がいいの。もし具材やお味噌を変えるなら、夕食と一緒に出してちょうだい」
「うーん、手厳しいね。オッケー、分かった」
やや残念そうに苦笑いした春茜が、テーブルに皿を並べていく。このお味噌汁もおいしかったから、今回は大人しくしていてあげるけども。
私が飲みたいのは、こよなく愛する白味噌を使った、豆腐と長ネギのお味噌汁。心安らぐ、和風出汁の優しい香り。その和風出汁と最高に相性が良い、ほんのりと甘い豆腐。
そして何よりも好きなのが、出来立ての時は気持ちの良いシャキシャキ感が残っていて、時間が経つ連れに、中までしんなりと柔らかくなっていく長ネギ。
まあ、赤味噌を使ったお味噌汁も悪くなかった。一つの料理として十分おいしい。せっかく作ってくれた事だし、おかわりをしておこう。
お味噌汁を完食してから、テーブルに並んだ皿を覗いてみる。
一番大きな皿には、中までしっかり味が染みていそうな、茶色く色付いた大根。まさに、リクエスト通りの物だ。見た目からしておいしそう。
お供の具材に、棍棒に似た形のお肉らしき物があるけど……。このお肉、名前はなんだったっけ?
手羽先じゃないのは確かだ。形がまったく違う。同じく手羽が付いた、違う部位のお肉だったはず……。
「あっ、そうだ。手羽元だ」
「おお、よく知ってるね。昼から煮込んでおいたから、すごく柔らかくなってるよ」
「へぇ~、そう」
一本一本が大きいし、こっちも食べ応えがありそうだ。他の皿には、真っ白なご飯。それに、赤味噌を使ったお味噌汁のおかわり。このお味噌汁は味が濃いから、ご飯を挟んで飲んでいこう。
春茜が「んじゃ、いただきまーす」と言っている最中。私は空き皿に大根を移し、箸で割っていく。相当煮込まれていたのか。そんなに力を入れなくても、スッと割れていった。
断面は全て、ムラ無く均等に茶色く染まっている。和風出汁をたんまりと吸っているから、半分に割ってもそれなりに重い。さあ、食べるわよ。
「ふぅー、ふぅーっ。あーん……、んっ! ホフホフホフ……」
まだ中が熱かったけど、この大根、とにかく柔らかい。歯に当たったり、上顎と舌で挟んだだけで、どんどん崩れていく。
それに、出汁をどれだけ吸っていたの? 口の中が満たされる勢いで溢れ出してきた。すごいジューシーだ。
あまりに吸い過ぎていたせいで、大根本来の味が分かりにくいけども。ホクホクな大根を噛んでいく内に、出汁の風味を邪魔せず、むしろ後押ししていく健気な甘さを少しずつ感じてきた。
「う~ん、おいしい~」
お味噌汁とまでは行かないけど、この味が染みた大根もすごく好きだ。うん、ご飯との相性も良い。後味がサッパリしているから、ご飯の甘さがよく分かる。
「次は、手羽元ね」
手羽元も、これまたズッシリと重い。箸から感じる感触だと、結構な固さがありそうね。本当に柔らかいのかしら?
箸だけで食べるのは難しいと察したので、一旦皿の上に置く。箸も置き、両端を手で持ち、一番身が多そうな部分を齧った。
「あ、柔らかいっ」
これは、いい意味で裏切られた。見た目とは裏腹に、ものすごく柔らかい。噛む力を入れずとも、裂けるようにホロホロと崩れていく。
身の部分は、淡泊な味をしているわね。中まで味が染みていないし、色もあまり変わっていなくて白い。けど、プリプリと弾力のある皮の部分は、際立って濃く感じる。
こっちは味がちゃんと染みているし。大根よりもご飯がおいしく感じる、食欲を刺激するような旨味を含んだ肉汁が、どんどん出てくる。
それに、白みがかった半透明の部分。これは軟骨だったわよね。コリコリとした食感が楽しくて、一番食べ応えがある。
飲み込むタイミングが、イマイチ掴めないけど。このずっと続くコリコリ感が、私の顎を止めてくれない。いつまでも噛んでいたい、ちょっとクセのある食感がたまらないわ。
「どう、メリーさん。どれが一番美味しい?」
「一番と言われると、甲乙つけがたいわね。とりあえず、大根と軟骨かしら?」
「軟骨とは、また意外なチョイスだね。あっ、そうそう。軟骨といえば、唐揚げにすると美味しいんだよね」
「唐揚げっ!」
あった。そういえば『軟骨の唐揚げ』なる物が、料理本にあった! 一つ一つが小粒だったから、唐揚げといえど、あまり興味を引かなかったものの。
こんな楽しい食感をしているからには、食べてみたいという欲求が湧いてきてしまった。よし。今度、軟骨の唐揚げがいっぱい食べたいと、春茜にリクエストしておこう。
「その反応、どうやら食べてみたいようだね」
「……あっ。ま、まあ、多少はね。食べたくなったらリクエストを出すわ」
「了解。それはそうとさ、メリーさん」
話を続ける春茜の表情が、途端に真面目なものへと変わった。やたらと真剣そうな雰囲気を醸し出している。
「なに?」
「これを食べ終わったら、ちょっと話があるんだ。美味しいデザートを出してあげるから、すぐには帰らないんでほしいんだよね」
「デザート……?」
話の内容が気になるけど……。デザート、……デザート? デザートって、なんだったっけ? 確か、料理の一種だったような? 人間でいう所の、おやつみたいな物だったような……?
まずい。まだ料理本しか見ていないから、そこら辺についての知識は、ほぼ皆無だ。とりあえず、恥ずかしい思いをしたくないから、知っている
「まあ、話ぐらいなら別にいいわよ。聞いてあげるわ」
「おお、ありがとう! それじゃあ、食後を楽しみにしててね」
そう嬉しそうにニコリと笑った春茜が、大根に
あんなに真剣な表情をしていたんだ。よほど大事な話に違いない。何か裏がありそうだけど、まあいいわ。おいしいデザートとやらを出してくれるみたいだし、楽しみにしていよう。
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