14話、活路、それはテレビ
「へぇ~。メリーさん、ギョウザも食べてみたかったんだ」
「そうね。あの店で食べてもよかったけど、あんたが作ってくれてもいいのよ?」
「私が作ったやつでもいいんだ。分かった、近い内に作ってみるよ」
メリーさんの新しいリクエストを聞いてから、部屋の扉を開ける。なるほど。今日の一件で、中華料理にも興味を示してくれたみたいだ。これはでかい収穫だぞ。
「メリーさん、お先にどうぞ」
「それじゃあ、お邪魔するわ」
どこか機嫌よさそうにしているも、澄ました顔をしたメリーさんが玄関に入り、白い靴を脱ぐ。その姿を認めながら、私の中に入り、扉を閉めて鍵を掛けた。
「ただいまーっと」
私も靴を脱いだ頃には、メリーさんの背中は既に遠く。定位置になりつつあるテーブルの前に正座をした。
礼儀正しく、背筋をピンと立たせている。人間よりも、どこか人間らしい模範的な座り方だ。
そんな人間にしか見えない背中を追い、同じ部屋に入る。退屈させるのも悪いので、リモコンを持ち、どのチャンネルに合わせているのか忘れたテレビをつけた。
「今用意するから、適当にくつろいでてね」
「分かったわ、早くしてね」
「りょーかい」
催促してきながらも、メリーさんはテレビに顔を向けてくれた。
今やっているのは、グルメ番組かな? チンジャオロースやホイコーローなどの、美味しそうな中華料理が作られている。
メリーさんがテレビを見ている隙に、私は台所へ向かい、手を洗ってうがいをした。これ、メリーさんにもやらせた方がいいのだろうか?
「まあ、これはいいか」
私に利益が無いお節介だと判断し、ハンドタオルで濡れた手を拭く。しかし今日は、有益な情報ばかり手に入った。
メリーさんに対して、とんでもない粗相を起こしてしまったのにも関わらず、息絶える寸前までくすぐってきただけで、私を本格的に殺すという行動には出なかった。
それに、割と友好的に取れる態度も見れた。割り箸を綺麗に割れなかっただけで、かなり落ち込んでいたし。私が割った割り箸を、嫌な顔をしないで使ってくれていた。
「そして、ラーメンにも興味を持ってくれたしね。万々歳だ」
これが何よりも一番大きい。行く時になったら、必ず声を掛けてくれとも言っていたので、間違いなくラーメンにハマってくれたはず。
しかし、それだけじゃない。ラーメン屋に行けたという事は、他の店にも行ける可能性が出てきた。とにかく現状、夕食の一発勝負で出したくない食材が多々とある。
ヤバそうな海鮮類は、寿司屋で試すとして。中華料理は、今日見た限り、数種類はいけると思う。となると、後は洋食かな?
卵は、ラーメンに入っていた半熟の煮卵を、美味しそうに食べていたから大丈夫だとして。トマトは、どうだろう? 甘い品種も多いけど、割と酸味があるんだよね。
しかもトマトは、子供の嫌いな食べ物ランキングで、どのサイトでも必ず上位に居るトップランカーだ。これも、夕食に出すのが怖いな。
「待てよ? そういえばトマトって、一番初めに出してたじゃんか」
うっかりしていた。初めてメリーさんに唐揚げを出した時、サラダの一品に添えていたっけ。じゃあ、洋食もまあまあいけるのでは?
「っと、考えるのは後でにしよう」
最近、メリーさんが帰ってから、こればっかり考えている。待たせている今は、今日新たに食べた食材だけ頭に入れておこう。
そう決めた私は、棒立ちさせていた足を動かし。引き出しから二つのスプーンを取り出して、みかんゼリーがある冷蔵庫に歩みを進める。
「え~っと? 卵でしょ? ネギは生でも大丈夫。後は~、ワカメ、海苔、豚肉のチャーシューに、メンマ……。ラーメンの麺って、小麦粉だったっけ?」
だとすると、パンも食べられるな。けど、夕食にパン? ハンバーガーとか、シチューのお供には出せるだろうけど。パンを有効に活用した、役に立ちそうな献立が思い付かないや。
「焦る必要はないけど、一応、頭の片隅に置いておくか。ネギが生で食べられると分かっただけでも、よしとしておこう」
前向きに考えを纏め、冷蔵庫から冷えたみかんゼリー入りの容器を二つ取り出し、メリーさんが待っている部屋へ戻っていった。
「メリーさん、待たせてごめ……、へ?」
やや遅くなってしまったので、私を睨みつけて待っているのかと思いきや。
テーブルの前にメリーさんの姿は無く。四つん這い状態で、目が悪くなりそうな位置でテレビを観ていた。
「わぁっ、天津飯もおいしそう。けどやっぱり、チンジャオロースも捨てがたいわね。なんで中華料理って、どれもこれもすごくおいしそうなのかしらぁ。全部が全部、ご飯に合いそう~」
「メリーさん、何やってるの?」
「ふにゃっ!?」
声を掛けた瞬間。体に大波を立たせ、その場で飛び上がるメリーさん。
そのまま着地して、何事も無かったかのように立ち上がり、颯爽とした駆け足で定位置に座った。
「あら、ハル。遅いじゃない」
「天津飯やチンジャオロースが、どうしたって?」
「グッ……!! ……やっぱり、見られてたのね」
やってしまったと言わんばかりにふさぎ込んだメリーさんを差し置き、私は対面に座り、メリーさんの前にみかんゼリーとスプーンを置いた。
「いいじゃん、別に見られたって。中華料理が美味しそうだと思ったんでしょ? 恥ずかしい事じゃないと思うけど?」
「……あんた。フォローを入れるぐらいなら、私があんたの気配に気付くまで物陰でこっそり隠れて、何食わぬ顔で出てきなさいよ」
「ああ、そっか。ごめんごめん、確かに配慮が足らなかったね」
暗い声で文句を言いつつも、みかんゼリーを口にした途端。メリーさんの表情が無垢な笑顔に変わった。
「う~ん、おいしい」
とりあえず、機嫌は直ってくれたかな。それにしても、先の反応よ。私にとって無視出来ないものがあったし、ちょっと突っついてみるか。
「でさ、メリーさん。中華料理が食べてみたいの?」
「え? ハル、作れるの?」
「これでも、調理学校に通ってるからね。レシピさえ見れば、大抵の料理は作れると思うよ」
「へぇ、そう」
いつものように、ぶっきらぼうな返事がきたけれども。今までの流れから推測するに、たぶんこの返事は、興味を持っている返事だろう。
「なら、チンジャオロースが食べてみたいわ」
「チンジャオロースね、分かった。作るのは、明後日でいい?」
「そうね、それでお願い」
「オッケー!」
料理名がはっきりしているリクエストは、とてもありがたい。それにチンジャオロースには、手を出しづらかったピーマンが使われている。
たけのこもそうだ。煮物の選択肢の幅が広がるし、秋になれば大いに活躍してくれる。その季節まで、私が生きていた場合の話だけれども。
「ねえ、ハル。一ついい?」
「ん? 何?」
真紅のジト目で私を睨みつけていたメリーさんが、顔をテレビへ移していく。
「私が居る時、いつもテレビをつけてなかったじゃない。なんで今日はつけたの?」
「ああ、それね。別に深い意味はないよ」
今、私はメリーさんに嘘をついた。実は、うるさくて気が散ると思っていたから、五時半頃になったら必ず消していたんだ。
何がメリーさんの機嫌を損ねるか、まったく分からないからね。
「じゃあ、明日からはつけておいてちょうだい」
「つけておいていいんだ、分かった」
「それと、後でテレビの操作方法を教えてちょうだい」
「操作方法? なんで?」
後先考えずに興味本位で聞いてみると、不快気味に細まったジト目が、私の方へ戻ってきた。
「テレビが観たいからよ、悪い?」
「あ、観たいんだ。いいよ、全部教えてあげる」
テレビが観たい、か。これは意外だ。一体、何の番組に興味を持ったんだろう? ……さっきメリーさんは、中華料理特集に噛り付いて観ていたっけ。
つまり、それ系の番組を観たいのかな? もしそうだったら、相当使えるんじゃないか? テレビを観たからこそ、メリーさんは中華料理に多大な興味を持ち、私にリクエストをしてきたんだ。
ならば、これからは率先してテレビを観せた方が、断然いい。テレビから得られる情報は、メリーさんにとって膨大な量になってくるだろう。
上手くいけば、毎日のようにリクエストをしてきてくれるかもしれない。いいね、新たな活路が見えてきたぞ!
「メリーさん。テレビを観たいんだったら、いつでもここに来て、勝手に観ていいよ」
「え? ……いいの?」
この少し弾んだ声色、良い反応だ。
「うん。それに喉が渇いたら、冷蔵庫にある物を好きに飲んでいいよ。あ、そうそう。平日は夕方まで私は居ないから、そこだけはよろしく」
メリーさんにとっても好条件な提案を出すも、当方人は瞳を丸くさせ、口をポカンと開けたまま。追撃し過ぎたかな? 疑心暗鬼にならなければいいけど。
「なら、そうさせてもらうわ」
素っ気なく言ったメリーさんが、みかんゼリーを口にして舌鼓を打った。よし、食いついてくれた! そうなると、テレビ欄についても教えておかないと。
ついでだ。冷蔵庫の中に、メリーさんが食べてくれそうな物を置いておこう。テーブルの上に、間食や作り置きを置いておくのもいいな。
特に、チーズは食べてほしい。今は無いから、明日必ず買っておこう。よしよし、良い流れになってきたぞ! 私にとって、最高の流れにね。
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