ウエイトがライト
-------カオ達が異世界へ転移して二年目くらいの話-------
休日の朝散歩から街に戻って来た。
馬車を表通りに一旦止めて、乗っていた皆が降りる。近所の馬屋場経由で、馬屋場の店員を乗せて来た。
うちやまと屋は三台の馬車を所有している。一台は普段使いの小さい馬車で、うちの裏庭に停めてある。他二台は結構大きい。街の外に出る時に使っているのだが、普段は近所の馬屋場と言う所に預けてある。馬屋場は、馬ごと馬車を預かってくれるので有難い。
馬屋場とやまと屋はそんなに離れていないので、そこで馬車を降りて歩いて帰っても良かったのだが、うちには足の悪い女の子、キールがいる。
一台は馬屋場で預けて、そちらの馬車に乗っていた者はやまと屋まで徒歩で帰ってくる。が、もう一台はやまと屋前まで乗って来た。馬屋場経由にしたので店員さんをピックアップして、俺らが降りたらうちから馬車を持って行ってもらうつもりだ。
馬車に乗っていた者は皆降りた。俺は御者席の横に座っていたキールを降ろすために車で言うところの助手席側へと回った。
何でも無い者にとってはぴょんと飛び降りれる高さだが、足の悪いキールには途轍もない高さだろう。
俺は腕を伸ばしてキールの両脇を掴む。
キールを持ち上げて、ふと思い出した。
「あ、そうだ。 ウエイトがプチっとライト」
俺は魔法使いだ。この世界に転移して俺は何故か魔法が使える。そう、昔やってたゲーム『L(ライン)A(エイジ)F(ファンタジー)』の魔法が使えたのだ。
とは言え、LAFの世界に転移したのかと言えば、そうでは無い。地球からこの世界へ転移した人の中にはLAF以外のゲームをしていた人や、ゲーム自体をした事がない人もいたからだ。
ただ、よく似た異世界、とでも言おうか。
そして、この世界で俺はゲームのキャラが使用していた魔法を使えたのだ。
その中に『ウエイトライト』と言う魔法がある。
『ウエイトライト』
ゲームでは、所持するアイテムの重量が軽減される。例えばゲーム内で持てる量のMAXを100%とした時、この魔法を使うと125%まで持てる量が増量された。
この世界に来て冒険者登録をしたばかりの頃、街中での仕事でよくこの魔法を使っていた。荷運びなどが多かったのでウエイトライトはかなり重宝した魔法だ。
ただ、不思議な事に、ゲームでは本人のみにしか使えないはずの魔法だったのだが(俺はそれを忘れていた)、この世界では仲間にかける事が出来たのだ。
この世界が『LAF』ではない、からなのか、どうかは俺にはわからん。ただ、使えた。便利だ、良かった。それだけだ。
そして俺は考えた。
これ、『物』にもかけられるか?
かけてみた。物が軽くなった。
だが、使い勝手がイマイチだな。自分(もしくは仲間)にかけると何でも軽く持ち上がる、しかし、物にかけてそれが軽くなったからどうだ? 他の人や誰でも持ち上がる?いや、その人にもウエイトライトをかけた方が早い。
例えばかけた物が永久に重量が軽減するなら、それなりに便利だが、一定時間で戻ってしまうのだ。
ウエイトライト物バージョンは誰得なんだ?……いらんよな?
あ、因みに、その魔法名は『ウエイトがライト』と命名した。
『ウエイトライト物バージョン』は長すぎる。
『ウエイトライト』は持つ物が軽く感じる、『ウエイトがライト』はウエイト(重さ)がライト(軽い)で「この物は重さが軽い!」と言うイメージだ。違いが判らんと言われればそれまでだ。
いいんだ、俺が解っていれば!いや、待て。もう少し覚えていられる呪文にするか。(呪文ではないが)
……………………、よしっ、『ウエイトがプチっとライト』にしよう。重さがちょっと軽っ!みたいな感じだな。
ウエイトがライトだと、ウエイトにライトか、ウエイトをライトか、ウエイトでライトかわからなくなる恐れがあるからな。
そうして俺は、馬車の助手席から降りようとしていたキールに『ウエイトがプチっとライト』をかけたのだ。あ、因みに人にかけても大丈夫か自分で検証済みだ。
いやぁ、アレは面白かった。地球の引力が半分になったような、あ、地球ではないこの世界の、だが。
ただ『プチっと』の部分が持続時間に影響したのか、通常のウエイトライトは数時間は続くのに対して、これは1時間ほどで効果が消えてしまった。
『ウエイトがプチっとライト』をかけたキールを地面に降ろす。キールはいつものように杖をついて歩き出すが、直ぐにハッとしたように俺を見上げた。
「ああ、面白い魔法だろ?一刻程度だが身体が軽く感じる魔法だ」
キールは杖をついてはいたが、いつもより軽い足取りで店の前を歩き回る、それを見ていた馬車の御者席から、ジェシカが両手を突き出してきた。
いつもは自分で御者席から飛び降りるジェシカが、期待に満ちた目で俺に両手を差し出す。うん、かけてほしいんだな?
ジェシカの両脇を掴んで持ち上げつつ詠唱した。
「ウエイトがプチっとライト」
ジェシカの後ろにはエルダが待ち構えていた。もちろん両手を差し出して。
「ウエイトがプチっとライト」
あれ?まだ居た。アリサ、御者席にいたっけか?
「ウエイトがプチっとライト」
ジョン、タビー……。
ん?ちょっと待て待て? いくら何でも助手席、じゃなかった御者席には乗り切れんやろ?
3人…せいぜい4人座ればいっぱいの御者席に、キール、ジェシカ、エルダ、アリサにジョン、タビー。
いや、ジョンとタビーは馬屋場に置いてきた馬車の方の御者をしていたはずだ。あっちからもう戻ったのか。そして、何故こっちの馬車の御者席に乗り込む?
見ると御者席の向こう側(向こうからも乗り込める)から新たに乗り込んでいた人達がいた。
ジョン ウエイトがプチっとライト!
タビー ウエイトがプチっとライト!
リドル君 大人やろ!ちっ ウエイトがプチっとライトぉ
山さん 山さんまでぇぇ? ウエイトがプチっとライト!
ダン ウエイトがプチっとライトー
シュロ ウエイトがプチっとライトー
知らないおっさん 誰ぇぇえ? ウエイトがプチっとライトー?
御者席の向こう側に何故か列が出来ていた。見た事の無い顔の列の中には肉屋のおばちゃんや、市場のパン屋台の青年やら串焼き屋のおっちゃんもいた。
いや、もう、馬車の御者席に登らんでいい。普通に並べ。
「ウエイトがプチっとライト、ウエイトがプチっとライト、ウエイトが……」
「MP切れるまでだぞ、MP切れたらお終いだからな」
因みに俺の『MP切れた』はMPが50%切ったら、だ。
その日は皆、ふわふわを満喫したようだ。
街ゆく人は月面着陸した宇宙飛行士のような歩き方をしていた。その後に戻ってくる重力を知らずに。
「ぎゃあああ、重てえ」
「ぐわっ、身体が重い……」
だろうな。体重100kgの人が50kgを味わって、また100kgに戻っただけなんだがな。体重計が無いから知らんが。
完
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