田浦創一 異世界での始まり

気がつくと俺は地面に倒れていた。


「何が、起こった……?」


 俺は、短い草の上に手をついて起き上がりながら、口から漏れた自分の呟きが脳に伝わるまで時間がかかった。


「おかしい、自分はTDL、東京デスティニーランドの駐車場にいたはずだ。足元に草なんて……」


 起き上がって見回した周りは360度の草地であった。ただの草むら。先程まで居た場所にあった沢山の車は、影も形もない。

 心臓が早鐘のように脈打つが、大きく息を吸って何とか呼吸を整える。


「すぅ……はぁぁぁ。自分は田浦創一。45歳。愛知県在住。よし、記憶はちゃんとあるな。今日は家族とTDLに……」


 そこまで口にした後、激しく周りを何度も見返す。


「有希恵! 美咲!美穂!どこだ!皆はどこだ!有希恵ぇぇぇ」


 俺は妻と娘達の名前を叫び、近くの草地に倒れていないか懸命に捜した。


「お、落ち着け。何がどうしてこうなった!いや、そもそもここは何処だ?TDLの駐車場どころか、ランドもホテルもワイ浜駅も見当たらん。有希恵ぇぇぇぇ!美咲ぃ」


 妻や娘の名を呼ぶが、草むらから起き上がってくる人影はない。草むらのど真ん中で俺は立ち止まり、ただボーゼンと佇んだ。

 頭の中は、昨日の出来事や、今朝の記憶、気を失って目覚める直前までの出来事が目まぐるしく渦巻いていた。



 千葉のワイ浜へは昨日着いた。愛知を車で出発して夕方にはデスティニーホテルに到着、チェックインをした。有希恵と美穂と美咲の家族4人で2泊3日の旅行だった。美咲がTDLに行きたがったのだ。美穂の職場が突然閉鎖された事を聞いた美咲がこの機会に家族で行こうと言ったのだ。



 草原の真ん中で一生懸命記憶の整理をした。普段から冷静沈着な男と言われた俺だったが、この状況で落ち着けと言う方が無理だ。

 目の前にあったはずの車は見当たらない。ポケットを弄りスマホを出すが圏外になっている。


 長女の美穂と次女の美咲、そして妻の有希恵と俺の家族4人でパークへ入場した。美咲達に急かされてアトラクション乗り場へ向かう途中で、美穂が車に忘れ物をしたと言い出した。


「ヤッバイわぁ、日焼け止め、車の中に置いてきたわぁ」

「お姉ちゃん、夏は持ち歩かなアカンやん」

「さっき、降りる直前に使こたんよ」

「お姉ちゃんが持ってる思たから、うち持ってこうへんかったわ」


 その会話を聞いていた妻も加わる。


「自分らちゃんと持ってこんとアカンやろ」

「お母さん、持っとる?」

「うちは持っとらん。美穂のを借りよ思たから」

「えええ、お母さんも一緒やんか。ねぇ、お父さん取って来て」

「そやね」

「オトンの出番やでw」


 女3人で徒党を組まれると、俺はもう従うしか無い。


「わかった。他に車から持ってくる物はあるか?」

「日焼け止めだけぇ」「ないー」



 あの時俺は、アトラクションへ向かう3人と分かれて、駐車場へ向かった。

 降りた時に覚えて置いたクマのマークを探して、無事にうちの車を見つけ走り寄った。


 そこで記憶が途切れた。


 倒れたのはどう考えてもパークの駐車場だ。こんな草原ではない。


 では何故?

……誘拐?スマホの時計を見ると、日付も時間もあの時から対して進んでいない。誘拐されてこんな人里離れた草原まで短時間で連れてこれるとは思えない。


 瞬時に場所を移動した?

 それにしても何故俺が?……俺だけか?


 ふと先日の会話を思い出した。


 そうだ、美穂の職場が突然閉鎖されたのは隕石の噂のせいだと言っていた。取引先の店が次々と閉店し、そのせいで店舗の縮小をされたとか言っていたな。ネットでも隕石のニュースは氾濫していた。日本では表立っての告知などは一切されてなかったが、隕石落下だか衝突だかの噂は海外ではかなり取り上げられていた。国内では、あくまで噂のうちだが、政治家や富裕層がシェルターに避難をしたとか……。


 まさか…………。

 まさか本当に、隕石の衝突があったのか?そして俺は死に、この世界に輪廻転生、いや、別の世界へ飛ばされた?


 何を馬鹿な事を。

 俺は自分の考えを鼻でせせら笑った。だが、普通でないこの状況を説明する事が出来ない。


 どうして俺だけが?

 有希恵たちはどうした?

 ここはどこなんだ?


 またしても思考が同じところを行き来する。

 手に持ったスマホが圏外なのは解っているが、家族LAINEを開いた。使用が出来ない。3人の電話番号へショートメールを送信するがエラーになった。勿論電話も繋がらない。


 隕石落下でもしも死んでいたとしてここが天国での地獄でも、スマホを持っているのだから、もしかしたら何かの弾みで繋がるかもしれない。そう思い何度も繰り返す。


 草原の真ん中で、繋がらないスマホの操作を繰り返す。

 集中していて背後の物音に気がつくのが遅れた。

 気配に振り向いた時には、すぐ後ろまで大きな馬が来ていた。馬の背中には人が跨っていた。


 誰もいない草原と思っていたが、自分の背後から馬に跨った人が数名、近づいて来ていたのだ。

 日本人ではない。アングロサクソン、欧米人のような彫りの深い顔立ちにグリーンの瞳、髪の色はわからない、鉄のヘルメットのような物を被っていた。

 そして、腰には鞘に入った剣がぶら下がっていた。


 俺は、いったい何処に来てしまったのだ。



 これが、俺、田浦創一が異世界に転移した始まりの瞬間であった。

 この時の俺はまだステータスが見える事も知らなければ、ゲームのスキルが使える事も知らない。ただの迷い人であった。



田浦創一(たうらそういち)

年齢:45歳

ゲーム:LAF クラン:月の砂漠 血盟主

ゲーム種族:火エルフ lv91

住所:愛知県名古屋市


家族:妻:有希恵、娘:美咲(19歳)、美穂(22歳)

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