カオの過去③

前作「俺得?仕事中に転移した世界はゲームの魔法使えるし?アイテムボックスあるし?何この世界、俺得なんですが!」の番外編です。



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『カオの過去③』



 ミレさんと近くで話を聞いていたいたあっちゃんが能面のような表情になっていた。


「あ、悪りぃ。つまんない昔話だな」


「あ、いや、そんな事はないが……その、普段のカオるんからは想像してなかった内容だったからちょっと驚いた」

「カオっちって、もっとホワンと生きてきたと思ってたよ、ごめん」


あっちゃん、別に謝らんでいいぞ?


「まぁ、俺の子供時代には割とよくある話だったと思うぞ?核家族化が進んだのは将和の終わり頃か?世間ではその頃から家族の在り方も変わっていっただろ?」



 うちの田舎はそれでも遅れていたが町に出るともう親子だけで住んでいる家庭も増えていた。

『家長制度』や『絶対君主』は煙たがられてどんどんと減っていった。


 ミレさんやあっちゃんが生まれた平静には、各家庭に子供はひとりかふたりであったし、どちらかと言うと子供主体の家が増えていた気がする。


「うちは田舎だったしな。それに分家に居候をするようになってからは特にキツい事はなかったよ」


 ふたりはまだ俺の話を聞いてくれるようなので、俺は続きを話し始めた。



 俺が高校に進む時にも一悶着あった。

 俺は中学を卒業したら町へ出て住み込みで働こうと思っていた。

しかし政治叔父さんからは反対をされた。


 今の時代は高校くらい出ておけといってくれたが、叔父さんちも子供が多く金はまだまだかかる。

 本家が俺に金を出さない事は日頃から釘をさされていたのでわかっていた。


「お前は次男なんだから!政一に跡取りが出来るまでは本家の為に働け。お前を学校にやる金なんてない」


 畑仕事に行く度に政子叔母に言われていた。


 だが、俺の高校の学費問題はあっさりと解決した。

 名古屋の大学に行っていた雪美叔母さん(雪姉さん)がそっちで嫁いだのだが、旦那さんは資産家だったらしく俺の学費を出してくれる事になったのだ。


 働いたら返すと約束をして俺は高等学校へ進む事になった。

 高校は俺が通っていた中学の隣で、村の自宅からは山をふたつ越えた町だ。


 午後三時にホームルームが終わると俺は自転車で山を越えて帰宅するが、本家に着く頃にはもう夕方だ。

 冬などは陽が落ちるのが早いため、本家から漏れる明かりを横目に手早く作業を進めて行く。


 納屋に鍬をしまう為に庭を横切ると、窓から見えたのは一家団欒の光景だ。

 ほぼ会った事のない妹と弟が両親や祖父母と楽しげに夕飯を繰り広げている。

 膝に座った弟と思われる幼児の頭を撫でている祖父、昔からは考えられないような景色だ。


 ふと、鍬をぶら下げている自分を見て馬鹿らしくなった。

 俺は誰のために何をしているのだ。

 その誰かは俺のために何をしてくれると言うのだ。


 俺は縁側に面した窓を思いっきり開けた。


「何だっ」

「何よ!」


「俺、もう土日しか来ん。学校がある日はここには来ない」


 そう言い放って本家を後にした。

 後ろから政子だか誰かが叫んでいたが知らん。

 自分でもどうして急にそんな行動をとったのか、考える前に身体が勝手に動いたんだ。

 ただ、胸の中が急速に冷えていった感じがしたのを覚えている。


 分家の政治叔父さんの家に戻って、本家の手伝いを土日のみにした事を話した。

 叔父さん達は一家は喜んでくれた。

 この時ほんのちょっとだけ、叔父さんちの子供に生まれていれば、と心をよぎった。


 本家の手伝いを土日にした事で良い事と良くない事があった。


 良い事は、平日はバイトが出来る。

 実は大学の事も考え始めていたのだ。

 世の中に大卒の就職者が増え始めた頃だ。

 俺も自分で出来るだけ金を貯めて奨学金で行ける大学を先生に相談していた。

 なので平日はガッツリとバイトを入れて稼げるのは有り難かった。


 良くない事は、本家の手伝いに土日しか行かなくなった事で、今まで以上に作業を溜められていた。

 日曜の深夜に漸く終わる事もしばしばだった。

 それと政子の八つ当たりもグレードアップした、が、それはスルーである。


 高3になった時に親父から「暫くは来ないでくれ」と言われた。

 何だ?と思ったら、どうやら兄の政一が大学受験に失敗して浪人する事になったらしい。

 俺の顔を見ると辛いだろうと、顔を出すなと言われた。


 知らんがな。

 この家の跡取りが浪人するなら、その間は家の仕事をさせればいいのにと思った。

 どうせいずれ本家は政一が継ぐんだ。



「あいつにも兄としてのプライドがある、わかってやれ」


 親父にそう言われた。

 政一のプライドなんか知るか!と思ったが、来なくていいならこちらにとっても都合がいいので了承した。


 だが直ぐに本家から連絡があり、家から離れた畑を任せるから今まで通り来るようにと告げられた。

 政一を思いやる十分の一でも俺を思う気持ちは無いのか、と思ったりした。

 無い事は解っていたので、思っただけだ。


 高校卒業と同時に俺は村を出た。

 町の大学に入学し、学校の近くで住み込みのバイトも見つけた。

 政治叔父さん一家にはキチンと礼を言って家を出た。

 本家には政治叔父さんや雪叔母さんが話してくれたそうだ。


 子供の頃仲良くしていた春ちゃん(春政叔父さん)は、もっと都会(名古屋)の大学に1年前から通っている。

 春ちゃんとは会う数がぐっと減り、疎遠になっていた。



 大学に通い始める。

 折角入ったのだから勉強は頑張った。

 生活費や学費(奨学金とは言え必要な金が出て行く)を稼ぐため、住み込み先以外のバイトも入れた。

 村にいた頃はもっと働かされていたから、バイトは苦にならなかった。


 ただ本家からの急な呼び出しが厄介だった。

 住み込み先の大家のうちの電話に本家からしょっちゅう電話が入る。

 あの頃は、スマホや携帯電話なんて無い時代だ。

 固定電話さえ、無い家庭も多かった。

 10円を持って電話を借りに行くのが主流の時代だ。


 本家で何かあるたびに俺は呼び出された。

 分家の若者による本家の手伝いは来なくなったのだ。いや、来れなくなったというべきか。村はどの家も若いもんは町へと出て行き人手不足に陥った。


 俺が大学生の頃の本家は、曾祖母、祖父母、両親、兄、妹、弟、そして政子叔母が残っていた。

 兄は大学を三浪してようやく大阪の大学へ。

 あんなに俺をイビっていた政子叔母は、すっかり縮こまり部屋に篭っているそうだ。


 この頃にはもう本家の者達の顔が朧げになっていた。

 元から殆ど接してなかったので顔を正面から見た記憶も無い。

 農作業を共にしていた父さえ、背中や俯いている頭のてっぺんくらいしか見てなかったかもしれない。

 恐らく町ですれ違っても祖父母も両親も兄弟も、全く気付く事はないだろう。


 俺は大学を卒業すると、その町の小さな企業に入社した。

 残業が多い職場だったが残業代がキチンと出るので有難かった。

 もちろん休日もバイトだ。


 俺は奨学金を返済する話を上司にしてあったので、職場外での副業も可能だった。

 俺はがむしゃらに働いて奨学金を7年で返済し終えた。


 あの頃はもう本家に呼び出される事は減っていた。

 職場の周りの人らは盆暮れ正月に実家に帰省するが、俺はそう言ったイベントに呼ばれる事はなかった。

 行きたくもないので別に呼ばれなくて良かったが。


 呼ばれるのは畑の収穫時期や、年末近くの大掃除などだ。

 掃除の最中に祖母から「あんたも働いているんやから少しは家に入れんさい」と金の無心をされた。


 毎日の生活費と奨学金返済で残るのは僅かだったので「無理」だと答えた。

 すると今度は入れ替わりに母がやってきた。


「本家とは言えうちも今は苦しいんよ。少しでいいから入れてもらえん?」


 俯き、やっと聴こえるくらいの小さな声で母が言った。


 母と向き合うのは赤ん坊の時以来かもしれない。

 俺の母はこんな人だったのか……。と思いつつ、とは言えずっと俯いているので顔は見えない。


「お父さんひとりだと畑も食べていくだけでいっぱいいっぱいだし、お兄ちゃんもね、入った学校をやめちゃって……ずっと、家におるし。弘子も健人もまだまだお金かかるし…。月、10万でええから」


 月10万!

 俺が幾ら貰ってると思ってるんだ!

 色々引かれて手元に残るのはせいぜい1〜2万だ。


「無理だ。奨学金返済もある」


「無理して大学とか行くからよ!高卒で働いてれば良かったのよ!」


 背後から話に割って入ってきたのは政子叔母だった。

 部屋に篭って大人しくなったと聞いたが、昔通りの横柄な態度だった。

 変わったのは少し横にデカくなったのと老けたとこだな。


 政子の顔を見た途端に俺は踵を返した。

 後にお袋宛に毎月一万円のみ、送った。

 世話にもなっていないほぼ見知らぬ一家に、俺は何でなけなしの金を送っているのだろう。

 もちろん送っても、お袋から礼の電話がくる事は無かった。


『縁』を切ろうか。


 切ればサッパリする。自分だけの自分の人生。

 そもそも『縁』と呼べるほどのものもない縁だ。

 けど、俺も子供だったのか、なかなか踏ん切りがつかなかった。

 たった一万円でも送る事で『縁』はまだ繋がっている気がした。


 が、俺が29歳、奨学金を返済終えた時、俺は動く事を決めた。


 職場を退職して上京する。

 この町を出て本家ともキッパリ縁を切る。

 東京で一から新しい自分を生きようと思った。


 雪美叔母さんと春ちゃんには転居のハガキを送った。

 一応、分家の政治叔父さんにも知らせた。


 本家にも、ひと言知らせた。

 俺はまだ何かを諦めていないのか。

 キッパリ縁を切る、と決めたのに俺はまだ何か繋がりを求めていたのだろう。

 けれど俺からの「上京の知らせ」には誰からも何のアクションも返ってこなかった。


 俺が『切ろうと思った縁』は、とうにあちら側から切られていたんだ。

 未練があったのは自分か……。


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この時、雪美も春政も引っ越していてハガキが戻って来た事を香は知らなかった。

受取人不明で戻ったハガキは香が越した後に郵便受けに届いたからだ。


分家の政治叔父の家へした連絡も、電話に出たのが町から遊びに来ていた叔父の孫で、伝える事を忘れたのだった。

本家への連絡は、あった事のない弟の健人が受けた。だが彼は住所が変わるだけと軽く流してしまったのであった。

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 そして俺は誰からも見送りの言葉ひとつなく、たったひとり上京した。

 ほんの少しの着替えと少ない蓄えを持って。


 上京してみてまず驚いたのは家賃の高さだ。あまりの高さに東京から千葉、茨城へと流れていった。

 しかし給料の高さと求人の多さで仕事先は都内で探した。

 正社員として何件か紹介先の面接を受けたが、身元を保証してくれる実家も無く、特に資格がない事で仕事は中々決まらなかった。(この頃は中途採用も今ほどは無い時代だ)


 家賃や生活費の事もあり、当時は正社員よりも高級に見えた『派遣』に目をつけて正社員から派遣へとスライドしていった。

 派遣の仕事はこちら側が選ばなければそれなりに続けていけた。


 借金返済が無く生活費を稼ぐだけでいいので時間的にも余裕が生まれた。

 しかしこちらに友人がいるわけでもなく、時間の潰し方が全くわからなかった。

 事務仕事でパソコンを使用する派遣先が多く、勉強のための買った自宅用パソコンでふと始めたオンラインゲームにハマった。


それが「ライン・エイジ・ファンタジー」通称「LAF」、RPGと言われるファンタジーゲームだった。

 このゲームが後に異世界に転移した後に俺にとってラッキーに始まりに繋がるのであった。



「10年くらいでゲームもやめたんだけどさ、それから5年くらいして早朝にピンポイントでログインして、ホント良かったわぁ」


 異世界転移が起こる5年前のある朝に、ゲームにログインした者達が優先して異世界転移に巻き込まれたようだったのだ。



「そうだよなぁ、カオるんホントに運が良いよ」


「だもんだからさ、もしも俺の実家の誰かがこっちに来ていたとしても、向こうも俺も、お互い捜したりとか無いんだ」


「そっか。うん。世の中の全家族が仲が良いわけじゃないからな。うちも親父はクソだったからな」


「ん?じゃあ捜しているのはやはり、北欧系の美女ミレイ…」


「違うぞ。元妻は日本人で名前も洋子だ。カオのそれは完全な妄想だからな」


「そ、そうか…」


てっきり別れた奥さんを捜しているのだと思っていたぞ。


「捜しているのは妹と姪っ子だ。クソ親父と元妻なんか誰が探すか」



 その後、今度はミレさんの家族の話をこんこんと聞かせてもらった。

 親父さんが飲む打つの人で苦労した話や、元奥さんの浮気やモラハラの話。


 人は皆、何かしらの苦労をして生きているんだな。

 俺のあの田舎での生活が『苦労』と言っていいのかは判らんが、今が楽しいのは確かだ。



 この世界に来て、アリサ、マルク、ダンが俺にとって初めての家族かもしれない。いや、俺がそう思ってるだけだがな。

 家族の定義がわからんが、『大切』に思っている事は確かだ。


 まぁ、俺にとってはこのやまと屋にいる皆が、大切にしたい家族だ。



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カオの履歴書っぽい、特にオチの無い話でした。

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