第15話 ニィト ~村の生活と年下の友人たち~6

 何事にも限度というものがある。

 前世と異なって、この世界には便利な電気調理器も高火力のガスも、出来合いの調味料も無いのだ。

 つまり、とにかく調理に時間がかかる。正直、飽きてきた。


 黙って立ちんぼしている俺を見かねて、ケィヤが声をかけてきた。

「ニィト、炊事場の周りなら、好きに見ていいわよ。でも、食べ物には触らないこと。いいわね」

 目線を合わせて微笑みながら語りかけてくるケィヤ。前世では、綺麗な妙齢の女性にこんな風に接してもらったことは無かった。

 だが、変に意識はしない。本能でも理性の面でも、もう完全に親と認識しているのだろう。胸にこみ上げる温かさも、背中に感じるむず痒さも、不快ではなかった。


「じゃあ、少し回ってくる」

 そう言ってあたりを見回したら、リュウと目が合った。俺の顔とケィヤを交互に見て、少し困った様子だ。

(ははーん、自分も遊びたいけれど料理の手伝いもしなきゃならない、板挟みになっているんだな)

 子供ながら責任感の強いリュウに感心した俺は、助け舟を出してやることにした。

「えーと、母さん。一人だけで行くのはすこし怖いかな・・・」

「あら、そう?村の人はみな家族のようなものだし、目の届く範囲なら危険な場所も無いけれど…」

 そこまで言ったケィヤが、何か言いたげなリュウに気付く。

「…うふふ。そうね、リュウ?ニィトと一緒に行って、このあたりを案内してあげてくれる?」

 喜色満面とはこのことだろう。

 はじけるような笑顔をいっぱいに表したおもてを俺に向け、リュウは言う。

「もう!ニィトはしょうがないな。ぼくがつれてってあげる!」

 俺は心底嬉しそうなリュウをみて、自画自賛した。ナイス俺。


 炊事場から少し離れると、屋根がない分視界が開けた。遠くに子供らが集まっているのが見える。

「おーい!」

 突然リュウがその集団に大声で呼びかけた。おお、リュウさんや。そんな大声も出せたのかい?

 普段の印象と異なるリュウをみて俺が驚いているうちに、声を掛けられたほう、子供らが駆け足で寄ってきた。

「なんだよリュウ、きょうはごはんつくらなくていいのか?」

「おはよー」

「もうあそべう?」

「りゅうはあたしとあそぶの!」

 あっという間に囲まれるリュウ。舌足らずな小さな子にも大人気だ。

 リュウも実は陽の者であったか…。

 10年という長い引き籠り生活をしていた俺にとって、沢山の人間に好意的に囲まれるなんてのはハードルが高すぎる。途端に、リュウが直視できないほどの陽キャに見えてきた。

 悲しい哉、悲しい哉。さようなら俺の知っているリュウ…。


「まってみんな。きょうはニィトもいっしょなんだ。ほら、うちのおとなりの、ハロワィさんとケィヤさんのとこの子だよ」

 俺のほうをパッと向いたリュウが、皆に紹介した。俺は陽の雰囲気に気圧されて後ずさりしていたところだったので、傍から見てもわかるくらいビクッと反応してしまう。

「おー、はじめてみた」

「あたしとおなじくらい?」

「よろしくな!」

「なんさい?」

「…りゅうからはなれて」

 うわ、言葉の洪水をワッと浴びせるかけるのはやめてくれないか!あと一人ヤバい子が居るよね!?


 ワイワイ!ガヤガヤ!

 小さな子供らとはいえ、見知らぬ人間に囲まれた俺はテンパってしまった。陰の者のサガとは言え、後で思うとなぜあんなことをしたのだろうかと不思議に思う。

 俺への質問や注目を逸らすため、咄嗟に俺が取った行動は一発芸。それも手垢が付きまくった、手品だった。

「――はい、切れてませーん…」

 …沈黙が痛い。いくら何でも、右手と左手の親指を使って切れたように見せかけるネタは無いわな…。あ、居たたまれなさで泣きそう。

「・・・す」

 うん、す?

「す、すげー!」

「どうやったんだよおまえ!」

「なんで?なんでとれてないのゆび…」

 と思ったら、異常にウケてしまった。こちらの世界の純粋な子供らには、こんな手品でも物珍しかったらしい。

「…へ、へへ。じゃあこんなの知ってる?」

 調子に乗った俺は、「複数人で一斉に両手の親指を立てて本数を当てるゲーム」や「至近距離で足を揃えて向き合い手のひらで押し合ったり躱したりするゲーム」を子供らに教えた。


 結果、ほんの数刻で俺は村の子らに受け入れられ、「面白い遊びを知っている奴」としてある程度の地位を築けたようだった。反面、リュウがなんだか不貞腐れたような顔をしていたのが、印象的だった。

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ニート転生《てんしょう》 コトノハザマ @kotonohazama

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