第11話 ニィト ~村の生活と年下の友人たち~2

 翌朝一番に、ゴウ一家が総出でやってきた。


 旦那さんのゴウはトウリを件の村まで送っていくらしく、簡単な旅装姿に小刀を差している。

「ハロワィにケィヤ、すまないな」

「なに、お互い様だよ。それにトウリにはニィトを取り上げてもらった恩があるし、リュウも弟みたいに可愛がってくれているしな」

「気を付けてね」

「ええ、ケィヤ姉さん。三人のこと宜しくお願いします」

「じゃあ、行ってくるよ。俺は夕方には戻るから」

「リュウ、オゥカのことちゃんと面倒みるのよ」

 長期の旅ではないから、別れの寂しさなどは特に無く。ありきたりな挨拶を交わして、村に残る面々はゴウ夫妻を見送った。


 二人の姿が見えなくなると、ハロワィは大きく“伸び”をして「朝飯前の仕事をしてくるかな」と呟き、仕事道具を取りに小屋へ入っていく。

 片やケィヤはリュウのほうを向き、しゃがんで目線を合わせて話しかけた。

「リュウ、それじゃしばらくの間よろしくね」

「はい、ケィヤさん」

 そう返事するリュウの背中を、俺は見る。正確には、背負っているものを。

 リュウくらいの年の子が背負うものと言えば、前世ではランドセルだった。俺が使っていた頃は黒と赤の2色しかなかったものだが、いつの間にやらカラフルになっていて驚いたものだ。……いや、ランドセルはどうでもいいな。


 リュウの背にあるもの。いや、ものは失礼か。それは一歳程の赤子だった。

 無垢な顔でリュウの後ろ髪を引っ張ったり足をバタつかせたりしているその子は、ゴウ夫妻の二人目の子。リュウの妹のオゥカだ。

(リアル“お〇ん”だ)

 思わず、前の世界で有名なドラマのタイトルが頭に浮かぶ。


 俺の感覚だと、一歳は母乳で育つ時期を過ぎているとはいえ小学校低学年程度のきょうだいに世話を任せられるほど育っているわけではない。だがトウリもゴウも、新しい俺の両親も、そして丸投げされた当のリュウも当り前のように振舞っている。

(こちらの世界だと、これが普通なんだろうか…)

 前の世界で、子供が老人や赤子の世話をすることがヤングケアラーとか言われて社会問題視されていたことを思い出す。子供に負担をかけ、学んだり遊んだりする時間を奪う酷い行為で虐待だ、と自称有識者がネットニュースでコメントしていたっけか。


 しかし、俺がこの目で見るリュウとオゥカの様子は、辛い労働のイメージや虐待とはまるでかけ離れたものだ。

 リュウは背中の妹のやることなすことが嬉しいらしく、終始笑顔で話しかけている。またオゥカのほうは言葉は話せないが、キャッキャと心底喜んでいる。それは二人を繋いでいるおんぶ紐よりも強い絆、結びつきを感じさせるものだ。


 それでも、小さな子供にとって赤子の世話は重労働だろう。リュウもよその大人の手前、ことさら明るく振舞っているのかもしれない。

「大変だな、リュウ」

「……なにが?」

 俺の労いの言葉に、リュウはきょとんとした顔で返す。

「いや、オゥカの世話が大変じゃないかと思って」

「ぜんぜん!オゥカはいい子でいうこときいてくれるし、まだかるいもん。それにとってもかわいいの!」

 懸念は杞憂だったらしい。


 俺にはいなかったから分からないが、仲の良いきょうだいというのは本来こういうものなんだろうか。

 二人を見ていると、前世で声高に主張されていたことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。家族が助け合って生きていくことの、何が悪いのだろう。


「そうか、なら良いんだ。オゥカ、しばらく宜しくな」

 リュウに感化されたのか、赤子も可愛いもんだと思えてきた俺は、オゥカに視線を合わせて挨拶をした。リュウに背負われているので、少し見上げる格好だ。

 しかし、返ってきたのは俺が期待した無垢な微笑みなどではなく。


「!?……ふぁ、ああぁあああ!!」

 オゥカの変化は劇的だった。満面の笑みから一瞬で無表情になり、眉根を顰めて俺を睨んだ後、みるみるうちに歪んでいき――最後にはダムの決壊よろしく大声で泣き始めたのだ。

「ちょ、何で!?」

「ど、どうしたのオゥカ。おとなりのニィトだよ、こわくないよ」

(やっぱり赤ん坊なんて訳わからん生き物だよ!ああ、もう泣き止んでくれ!)


 焦る俺とリュウを見かねて、その道のプロが参戦する。

「あらあら、びっくりしちゃったのかしら。オゥカちゃん、よしよし」

「ああぁああぁぁ、あ、…ひっ、ひっ………(プクー、パチン)」

 ケィヤの“あやし”に、オゥカはあっという間に落ち着いた。先ほどまでの騒ぎはどこへやら、目を瞑って鼻ちょうちんなんぞ膨らませている。


 経験ってのは凄いものだと改めて思う。そして、オゥカにはあまり近寄らないようにしようと誓った。

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