第10話 ニィト ~村の生活と年下の友人たち~1

「トウリ、いらっしゃい。…あら、リュウも一緒なのね」

 ケィヤが玄関扉を開けて客の応対をしている様子を、俺はぼんやりと見ていた。


 トウリというのはお隣に住む、ケィヤよりも5歳ほど年下の女性だ。身長が高いうえに姿勢がピシっと伸びていて、格好が良い。性格も姉御肌なので、俗な言い方をすればおっぱいのついたイケメン、て感じだ。

 ……いや、トウリの胸は等高線が不要なほど平坦なので、ちょっと語弊があるな。


 おっとりとしたケィヤとはなぜかウマが合うらしく、血縁は無いが実の姉のように慕っていてよくこの家を訪れる。凸凹コンビと言ってもよいかもしれない。


 そんなトウリとは初めて会ってからかれこれ三年ほど経つので、俺とも顔なじみと言ってよいだろう。


 そう、俺がこの世界に転生して三年の時が経過した。

 引き籠っていた時とは、比べ物にならないほど濃密な三年間。

 驚いたことに、こちらの暦は前の世界で使われていた太陰暦とほぼ同じらしい。一日の時間が体感で二十四時間に近いだろうことは想像していたけれど、暦まで共通とは。

 そういえば、夜空に浮かぶ月も星々も模様や位置は違うように感じるが前の世界のものと大差なかった。暦は一般的に天体の動きを元に定められるものだから、似た自然環境には似た仕組みが生まれるのは必然なのかもしれない。


 三年というそれなりの時間を費やしたおかげで、既にこの世界の言葉は日常生活に支障がない程度には聞いて理解し、話すことができるようになっている。

 両親であるハロワィとケィヤ、それにお隣さんのトウリやその旦那のゴウらは平易な言い回しをするから、という理由もあるだろう。先日、村の纏め役らしき老人が訪問した時に聞いた会話では、分からない単語や言い回しがかなりあった。


「こ、こんにちは」

 大人しめの挨拶が聞こえた。おずおず、というオノマトペを用いるまでは行かずとも、様子を伺いつつ小さな子がトウリの影から姿を見せる。お隣の上の子、リュウだ。

 俺よりも三年ほど早くに生まれたらしいリュウは、小さいと言っても今の俺の倍くらいの体格がある。手足が長くすらっとしていて、顔立ちもイケメンに育つのが容易に想像できるほど整っている。……転生させてもらっておいて何だが、神様は不公平だよなあ。


「――ん……あ!」

 家の中をきょろきょろ見回し、俺と目が合った瞬間にリュウは喜色を表した。そして勢いよくトウリの後ろから出て、こちらへ駆けてくる。

「ニィト、こんにちは。げん気?」

 何が嬉しいのか、にこにこと挨拶するリュウに俺も挨拶を返す。

「今日は。リュウも元気そうで何よりだ」

「ちょっとのあいだね、ごはんいっしょなんだよ!」

 少し興奮気味のリュウの言葉の意味が掴めず、俺は返事に窮する。

(ご飯が一緒?献立自体は村全体が殆ど一緒なんだから、一緒に食卓を囲むって意味か?)


 リュウの言葉の意味を考えているうちに、トウリとケィヤの会話が耳に入った。

「…ええ、***の村で**を迎えた人がいて、しばらく行かなければならないの」

「まあ、おめでたいこと。じゃあその間はゴウと子供たちの食事は任せてね」

「ありがとうケィヤ姉さん。実はそれをお願いしに来たのよ」

 つまりトウリが不在の間、残る旦那さんのゴウ、リュウ、下の子の食事についてケィヤが面倒を見ることになったということか。

 トウリの話には一部分からない単語があったが、他の村にしばらく行くようだ。彼女は産婆をしているので、おそらく出産があるのだろう。

 以前本人が言っていたが、俺のことも取り上げてくれたらしい。彼女も、俺にとってこの世界での恩人の一人と言えるだろう。


「ねえ、ニィト。かあさんたちのほうばかり見てないで、おはなししよう?」

「お、おう」

 で、リュウだ。

 お隣ということもあるが、生れた時から知っているせいかまるで兄弟のように構ってくる。普段は大人しいのに、俺にはぐいぐい来るのだ。

 俺には兄弟がいなかったし、友人も死ぬまでの十年近くはいなかったから、リュウの距離感には面食らっているのが正直なところ。


 リュウにたじろぎつつ話をしている間に、母親たちの話が終わったようだ。

「リュウ、今日は私がいない間のことを姉さんにお願いしに来ただけだから、もう行くよ」

「……はぁい、かあさん」

 促されて、リュウは渋々返事をする。その表情にちょっと邪険にし過ぎたかと罪悪感を覚えた俺は、「明日から宜しくな」と声を掛けた。

「うん!」

 爽やかな笑顔と良い返事でリュウが答える。

(うわ、将来女の子を何人も勘違いさせそうだぞこれは)

 お隣の子の明るい未来を想像して、俺はやはり神の依怙えこを嘆くのだった。

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