第4話 敏明 ~さよなら人生~3

 階段を上がろうと足をかけた時、座敷の襖が開いて高齢の男が姿を見せた。親父だ。

「敏明、ちょっと話があるんだが」

「…ンだよ親父、俺眠いんだけど?」

 俺はイラついた口調で返事をする。どうせ俺にとって歓迎したい話じゃない。

「お前ももう40過ぎだ。私も母さんも80近い。仕事をしないで、この先どう生きていくつもりなんだ?」

「……チッ」

 案の定だ。近頃は、顔を合わせればいつもこの話になる。

「ちゃんと考えてるよ」

「そうか、聞かせてくれるか?」

 意外さと嬉しさとが半々に現れた顔で、親父は俺の考えを聞きたがった。


「んどくせー。……まあ、取り合えず今はネット転売で幾らか稼いでるさ」

「ネット転売…?」

「有名ブランドの限定品なんかはC国の連中がBotやら人海戦術やらで押さえちまうし、メーカーも小売も転売対策しだしてるんで、マニア受けする商品で細々だけどな」

 親父を見ると、いまいち腑に落ちない顔をしている。ネット転売とかBotとか言っても分からなかったようだ。やむを得ず、別の話を続ける。


「あー、それから親父は持続化給付金と感染拡大防止協力金って知ってっか?例の感染症で売り上げが落ちた企業や、要請に従って時短営業する飲食店に国や自治体が金を補填するってやつ」

「……ニュースで聞いたことはあるが、私らには関係ないだろう?」

 テレビと新聞だけが情報源の世代だ。案の定、ピンとこないらしい。情弱――情報弱者とはよく言ったものだ。…それが自分の親ってのは悲しいけどな。

「書類さえ整ってれば、審査はザルなんよ。申請数に対して、対応する職員が圧倒的に足りてないんだから。俺と親父とお袋と、あと親戚のジジババの分も書類作って申請すれば一千万超えるぜ。飲食店の協力金のほうも、どっかの安アパート借りてドアに店名プレート貼って写真撮ればオケ。これで営業実績無くても毎日数万ゲットよ」


 聞いていた親父は、途中から口を開けて呆然としている。

「お、お前それは詐欺じゃないのか!?」

 親父が震える声を絞り出した。やれやれ、理解が追い付かなかったらしい。まあ、真面目一辺倒で交通違反すらしてこなかった親父だ。理性が全力で理解するのを拒否しているのかもしれん。


「こんなん、その辺の大学生や代書屋だってやってることだって。こっちは資料揃えて出すだけ。判断するのは国や自治体なんだから、問題があったならそりゃ向こうの責任だろ?だいたい、苦しいのは国民みんななんだから全員に無条件で配れっての」

 親父は目を瞑って首を振りながら、説教めいた口調で言う。

「……そんな馬鹿なことがまかり通る筈がない。もし貰えたとしても、後々調べられて返済することになるぞ。それに、私には罪に問われる所業としか思えん」

「そんときゃ金は全部引き出し済みで、ギャンブルで使っちまったことにするさ。訴追されて有罪になっても、初犯だし執行猶予付くっしょ。その後は隠しておいた金と、まあ親父とお袋の年金があれば何とかなるだろ。生活保護受けてもいいしな」

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