第3話 敏明 ~さよなら人生~2

 なるべく音を立てずに階段を降り、風呂場へ向かう。

 途中で柱に掛けられた時計を見れば、日付が変わるすこし前の時間だった。


 親が沸かしたであろう風呂の湯は、まだそれほど冷めていなかった。追い炊きをしながら湯に浸かると、徐々に頭が冴え鈍った感情も回復してくる。


(クソッ、もう誰もプレイしてねぇのか。ランカーでさえクリア回数が二年前から変化してねえ…。ピークにゃ同接10万は居たはずなんだがなぁ)


 RLO――Real Life On-line。この十年、寝る間も惜しんで、いや寝落ちするほど時間の殆どをつぎ込んできたオープンワールドロールプレイングゲーム。

 オンラインと銘打ってはいるが、基本はソロプレイのゲームだ。多数のプレイヤーがおなじ世界で遊ぶMMO形式のRPGと違い、ゲーム内の行動はほぼ独りで完結するのが煩わしくなくてよい。プレイヤーの行動はゲーム内の噂話や店頭の新商品、公示や出版物などに随時反映され、他のプレイヤーにその足跡が伝わるシステム。

 言ってみれば軽微なバージョンアップが、数多のプレイヤーによって勝手になされているようなものだ。


 最大の売りは多様性と自由度の高さ。初回プレイ時こそチュートリアルの意味もあって、サンプルキャラクターから選択してプレイすることになるが、二回目以降は種族、性別、年齢、容姿、職業、階級などあらゆる要素がランダムで決定されるモードも選ぶことができる。


 ランダムモードではクリア条件も異なってくる。王族なら富国強兵に領土拡張、勇者であれば魔竜や魔王討伐、聖職者なら信者獲得や新教立ち上げて国教化を目指す、戦士なら武闘会での優勝や悪名高い怪物の討伐、商人なら資産を一定値以上に上げる、農民なら農地を広げる、職人ならブランドを確立して安定生産できるように……。ハイファンタジーな世界で、様々な人生を疑似体験できるというわけだ。


 最速クリアを目指すもよし。クリア条件を満たさず、のんびりスローライフを満喫してもよし。他のプレイヤーと交流をしたい場合は、招待して一緒に遊ぶこともできる。


 このゲームスタイルは、他人との交流が必須なMMORPGに疲れていたPCゲーマーに広く受け入れられた。ハードなゲーマーにもエンジョイ勢にも対応していて間口が広く、ギルドノルマを課されることなくマイペースで進められ、過度な課金をせずとも充分に楽しめたからだ。


(俺もそれでハマったんだよな…)

始めたころを思い出し感傷的になりかけた気分を、俺は熱いシャワーで流して浴場を出た。

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