ー44ー 殺意
(本当に華山ハナを殺害しなきゃいけないのか?)
『あの魔法陣をとめるには、その使用者である華山さんを殺害する以外方法はありません』
(……そうか)
鑑定スキルがそういう以上疑うつもりはないが、それでも信じたくないという思いがどこかにあった。
「なぁ、華山さん、あの魔法陣でユニークモンスターを召喚するつもりみたいだな。そんなことしたら大勢の人間が死ぬことになるんだが、どうにかとめられないのか?」
「えっ!? カナタくん。なんのこと!? ユニークモンスターとか魔法陣とか言われてもなんのことだかわかんないよ! さっきからたくさん変なことが起きていてパニックになっているの。カナタくんはわたしのこと助けてくれるよね?」
華山ハナの表情は嘘をついているものとは思えない。オレに鑑定スキルがなければきっと騙されていた。
そういえば、彼女の出演したドラマを見たことがあるが、彼女の演技が抜群にうまかったことを思い出す。他のアイドルも一緒に出演していたが、その子たちの演技がどこかぎこちなかったせいで、逆に浮いていたことが印象に残っている。
「なぁ、いい加減嘘をつくのはやめようぜ。オレはあんたが大嘘つきだってこととっくに知っているんだからさ」
すると、彼女は笑みを消し無言でオレのことを見つめた。そして、数秒後なにかを察した彼女は再び笑顔で告げた。
「んー、おかしいなぁ。わたしの演技に騙されなかった人は今まで一人もいなかったんだけどなー」
彼女は一切悪びれずに認めた。彼女のひょうひょうとした態度に不気味さを感じた。
「なぁ、教えてくれ。なんでオレに助けを求めたんだ? これだけ大規模な魔法陣を展開できるあんたなら、一人で物事を解決できたんじゃないか?」
たとえ武藤健吾がランキング一位の冒険者だったとしても目の前の華山ハナなら彼を簡単に倒すことできたんじゃないだろうか? なのに、彼女は今まで非力な人間を演じてきた。
「いやいやー、それはさすがに買いかぶりだよ。わたしは万能なんかじゃないんだからさ。アイドルを無理やり辞めさせられたのは本当だし、武藤健吾と結婚したくなかったのも本当だよ。力を隠していたのはわたしなりの矜持だよ。アイドルに暴力は似合わないでしょ」
彼女は上目遣いで同意を求める。
言っていることは理解できないが、無理やり納得しようと思えばできるかもしれない。けど、上空に浮かぶ魔法陣に関しては話が別だ。
「あの魔法陣はどういうことだ? あれが発動したらユニークモンスターが現れてたくさんの人間が死ぬことになるんだよな」
「んー、カナタくんが怒るのはもっともだよ。わたしだって理由なく殺生がしたいわけじゃない。けど、仕方がないでしょ。ある人に言われたんだ。ユニークモンスターを呼び出したら、アイドルに復帰させてあげるよって。だったら、やるしかないじゃない。カナタくんもわたしのファンならわかってくれるよね?」
えぇ……、な、なにを言ってんだこいつは。普通にドン引きなんですけど。
オレだってアイドルに復帰した華山ハナを見たいけど、それで罪なき人を殺すのは違うだろ。
「それに私は偶像の邪神だよ。神なんだから、多生の悪事は許されるんだぞ」
邪神? え? 邪神ってなに? 新手の中二病か?
中二病というよりかはただの虚言癖な気がしてきた。なんだろう……。さっきから華山ハナに対する好感度が急速に下がっている気がする。
オレは華山ハナを推していたし彼女ことは好きだった。多少振り回されてきたが、それも彼女のかわいい一面かな、と思っていた。
けど、流石に人殺しの肯定と神宣言はライン超えではないだろう。
うん、彼女に対して抱いていた幻想が急激に冷めていくのを感じる。
「そうだ、カナタ君――」
グシャッ、と血が吹きだす音が聞こえた。
彼女はなにかを言いかけていたが、その言葉が途切れる。
見ると、彼女の背中から剣が突き刺されていた。背後から血まみれだった白髪の少女が刺したのだ。
突然の光景にオレは動けないでいた。
「だから、刺しただけじゃ私は死なないっての。カナタ君と会話してたのに邪魔しないでよ」
苛立った様子の華山ハナの会話が聞こえる。
見ると、異空間のようなところからもう一人の華山ハナが現れた。刺されたほうの華山ハナは死んだのか全く動く気配がない。
いったいなにが起きているのか理解が追いつかないんだが。
まぁ、オレだって多少肉体が破損しても魔石を飲み込めば、即座に回復するし、上位の探索者なら死んで生き返るぐらい容易にできるのかもな。
『ご主人様、彼女はこのように普通の方法で殺しても無意味です。彼女を殺害するには、神核を破壊する必要があります』
しんかく? しんかくってなに? 心核ってことか? なんだそれ?
(なぁ、本当に華山ハナを殺さなきゃいけないのか?)
流石に誰かを殺す覚悟とかできてないんだが。オレ普通の大学生だよ?
『でしたら、華山ハナのとどめを刺すのはあちらの少女に任せましょう。ご主人様は援護をしてください』
(嫌な役を年下に任せるのは、それはそれでどうかと思うんだが)
「別に気にする必要はありません。全部わたくしに任せてください」
ん……? ふと、いつの間にか近くにいた白髪の少女が口を開いていた。
「えっ、なんでオレの心の声がわかったんだ?」
そう言うと彼女はしまったとばかりにオロオロと目を泳がせて「あぅ……、あぅ」と狼狽えていた。なんかとっても重要なことを見逃している気がするが、うん、多分気のせいだ。
「相談ごとは終わった?」
華山ハナのほうを見ると、彼女はにっこりと笑みを浮かべていた。
「あぁ」
戸惑いながらもオレはそう頷く。
なんで、こんな状況でも彼女は笑顔を浮かべられるんだろう、と疑問に思ったのだ。よくよく考えてみれば、オレが華山ハナに惹かれたのもどんな状況下でも崩さない笑顔だった気がする。それが今や、恐ろしいものに見えるのはなんだか皮肉めいているような。
「そう、じゃあ、神の権限を見せてあげる」
途端、華山ハナの背中からいくつもの閃光を迸った。その光はゲーミングパソコンのように幾重にも輝いていた。あまりにも眩しく思わず目を細めてしまう。まるで天使の羽のようだ。
まさか本当に神なのか……?
いくらこの現代がダンジョンのようにファンタジーが溢れるようになったとはいえ、神だなんて非現実的な存在が目に前にいるなんて考えたくもない。けど、その考えを疑いたくなるほど、目の前のそれは神々しい。
「出でよ! 神域展開――
瞬間、空間がいくつにも裂けた。
それらの次元の隙間からなに巨大ななにかがでてこようとする。それは巨大な手のように巨大な翼のようにも見えた。隙間からでてこうよとする異形は存在するだけで圧力を放っているようで、四方から押しつぶされるような感覚が全身に襲ってきた。その上、空間が裂け目のせいで万華鏡のようにバラバラになったせいで、どっちが上でどっちが下なのかさえ把握できなくなってしまった。がんばって状況を把握しようとしても、乗り物酔いのようなひどい頭痛が襲いかかってくる。
「なぁ、本当に華山ハナは神なのか?」
ふと、そんな疑問を発した。これだけの異常現象、神じゃなければ引き起こせない気がする。それに、もし本当に彼女が神だとするならば、Fランクのオレでは勝てそうにない。
『いえ、彼女は神ではありません』
鑑定スキルが否定した。
『華山ハナの討伐ランクはDランクです。確かに、今までご主人様を襲った敵の中ではもっとも強敵ですが、勝てない敵ではありません』
これでもDランクかよ。
今まで戦ったなかで一番強かったのは、E++のハイオーガだった。Dランクなんて未知の領域だが、その上にAランクやSランクがあると思うと、そんなに強敵な気がしない。やっぱりこの世界は広い。
「それに今はわたくしがいます。協力すれば、きっと勝てます」
白髪の少女がこっちを見てそう告げる。
なぜだろう? 面識がないのに彼女が言うと無性に安心できるような。さっきまで絶対勝てないと思っていたのに、そんな思いは霧散していた。
「そうだな。あの虚言癖をぶちのめしてやる」
そう言って、オレは腰にかけていた〈貧弱の剣〉を鞘から取り出す。
すると、白髪の少女が〈貧弱に剣〉の鞘に手を添えてきた。彼女のひんやりとした冷たい手があたる。異形のほうで四方から圧のような力がかかってくるため、剣をまっすぐ持つことさえ難しい。それでも二人で協力して、剣先を華山ハナに向けた。
「リリースストライク」
白髪の少女がそう告げた。
途端、〈貧弱の剣〉から白色の光線が飛び出てくる。光線は華山ハナによって作られた空間の裂け目を縫うように突き進んでいく。
虹色の光線は華山ハナに当たる前に、彼女が裂け目から呼び出したなんらかの異形が守るように立ち塞がる。
いったいなにが……?
〈貧弱の剣〉にこんな摩訶不思議の能力があるはずがない。となれば、この隣にいる白髪の少女の能力だろうか?
「なによ、それ、聞いていないんだけどッッ!!」
華山ハナ叫び声が聞こえた。
同時に、彼女も対抗するように虹色の光線を放つ。二つの光線がぶつかり一進一退の攻防が始まる。けれど、華山ハナの威力はすさまじくこのままだと押し込まれてしまいそうだ。
「大丈夫……! わたくしを信じてください……!!」
「あぁっ」
白髪の少女の言葉に反射的に答える。
なぜかわかんない。けれど、二人の力をあわせればどんな強敵でも打ち負かせるような気がした。なぜ、自分がこんなにも自信たっぷりなのか見当もつかない。けど、不思議なほど確信をもってオレはこう断言ができた。
オレたち二人ならば、無敵だ。
「いけぇえええええええええええええええええっ!!」
喉が弾けてしまいそうなぐらい叫んでいた。
〈貧弱の剣〉から放たれた光線は気力を使えば使うほど威力があがっていく。あと少しで光線は華山ハナを貫きそうだ。
瞬間、視界が真っ白になった。なにを見えない。さっきまで騒がしかったはずの雑音は静寂へと置き換わっていた。
勝ったのか……?
視界が晴れて周囲を確認しようにも疲労なのか頭がうまく働かない。どうにも〈貧弱の剣〉に気力のようなものを吸い上げられたような気がして、正直立っているのでさえ苦しい。
ふと、白髪少女が前方へと歩いていた。
その先に、倒れている華山ハナの姿があった。
そうだ。彼女は華山ハナを殺そうとしていた。殺さないと、ネームドモンスターによる災害が起きてしまう。
「なぁ、本当に殺さなきゃいけないのか……?」
口の中が異様に乾いているせいか滑舌が悪くなってしまった。それでも伝えたい思いために必死に口を動かす。
「そのできれば、彼女を殺してほしくない。もちろん、わがままなことを言っていることは自覚しているんだ。けど、やっぱりオレは彼女を見捨てたくない。なぁ、どうにか他に魔法陣をとめる方法はないのか?」
オレのこの考えは甘ったれなのかもしれない。現実を顧みない理想主義者なのかもしれない。華山ハナはひどいやつだったかもしれないが、それでも彼女を推しとして応援していた事実を否定したくないし、オレは彼女のことが好きだったのは紛れもない事実だ。
だから、やっぱり華山ハナを殺してほしくない。
「大丈夫です。わたくしの役目はあなたの理想を叶えることですので」
ふと、白髪の少女は歩みをとめてこっちを振り向いてはそう口にした。
そうか……。
彼女の言葉を聞くと、妙に安心してしまう。彼女が何者なのか、知らないはずなのに、どうしようもなく彼女に対して全幅の信頼を抱いてしまうのはなぜだろうか?
結局答えを見つける前に、オレは気絶してしまった。
体力が限界だった。
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