―42―  激闘

 鑑定スキルと名乗った少女は剣を振り回していた。

 左腕はとっくに消失しているし、右腕は斬られたせいで力を入れることができずダランと真下に垂れている。

 左足もまともに動かすことができないが片足さえあれば自由に動くことができるので大した支障はなかった。

 いくら剣で斬られて血があちこちから出ても華山ハナはあまりそのことに関して悲観的な感情は湧き起こらなかった。

 そんなことより目の前の少女は何者なんだろうか、といったことばかりに気が散っていた。

 神といっても全知ではない。むしろ常識が欠けているぶん、一般人よりも知識は劣っているかもしれない。


「あっ、両足とも動かなくなっちゃった」


 華山ハナはそんなことを口にする。

 たった今、無事だったもう片方の足も深く斬られてしまった。これでは神といえども自由に動くことはできない。

 だから、そのまま彼女は地面に倒れては背中を地面につける。


「ねぇ、あなたって何者――」


 最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。

 というのも目の前の彼女が剣を口の中に突き刺したから。それから彼女は一心不乱に剣で華山ハナの体をめった刺しにする。刺す度にグシャッと肉が弾ける音が聞こえて、血肉が飛び散る。真っ白だったワンピースは真っ赤に染まっていた。スクラップ映画でも見られないほど、ぐちゃぐちゃになった華山ハナの体があった。


「んー、いくら刺しても私は死なないけど?」


 ふと、気がつけば少女の後ろに華山ハナは立っていた。彼女がめった刺しにした華山ハナは床に転がったままだ。

 神にとって肉体というのは現世で活動するための容器でしかなく、いくらでも替えが効くものだった。


「念のため試してみただけです」


 鑑定スキルと名乗った少女は淡々と表情を変えずにそう告げた。


「そう。わかっているならいいんだけど」


 そう言いつつ、少女が表情を変えなかったことに華山ハナは内心むっとした。絶望とはいかずとも驚愕ぐらいはしてほしかった。


「えっと、私を殺そうとする理由を聞いてもいいかな?」


 これほど痛み付けられても少女に対する怒りのようなものは湧かなかった。それより少女が何者なのかという思考のほうが大きかった。

 それほど華山ハナにとって、目の前の存在はイレギュラーなものに見えていた。

 とはいえ、いきなり核心について尋ねても答えてくれないだろうし、動機から尋ねたほうが幾ばくか答えやすいだろうという彼女なりに配慮した結果がさっきの問いだった。


「あれ、困ります。とめてください」


 ふと、彼女は上を指す。

 上空には複雑に絡み合ったいくつかの魔法陣があった。あれは、ユニークモンスターを召喚するために構築した魔法陣だった。あと数分経てば、ユニークモンスターがこの場に召喚される。

 そういえば、さっきまでいたスーツの男はどこに行ったんだろう、と思う。周囲を見回すがどこにも見当たらない。元から存在が希薄だったので、いてもいなくてもそんなに変わらないかと、華山ハナは思った。


「あれが発動すると人間がたくさん死にます。それは大変困ります」


 ふむ、と華山ハナは内心思う。

 目の前の少女が人間に寄り添った思考をするなんて意外だ。鑑定スキルと名乗った少女はどう見ても人間とはかけ離れた存在なのに。


「そう言われても今更止められないよ」


 それは事実だった。

 あの魔法陣を今更とめることはできない。だって、もう発動自体は済んでいるのだから。あと、数分待てば、構築は完了してユニークモンスターがこの地上に姿を現わす。


「じゃあ、あなたを殺します。あなたが死ねばあの魔法陣はとまりますよね」


「えっと、それはそうだけど、私死なないよ?」


 さっきあれだけ刺されても死ななかったのを見せたのに、と華山ハナは首を傾げる。


「神だからってあまり粋がらないほうがいいかと思いますよ。あなたに神核という弱点があることをわたしは知っていますので」


「あー、マジかー」


 棒読みだった。

 そう口にしながら華山ハナは内心色んな感情がこみ上げていた。てっきり目の前の少女はつまらない性格をしていると思ったが、それは大きな間違いだったのかもしれない。今の口ぶりからしてなかなかおもしろい性格をしているようだ。


「よしっ、お前殺すわ」


 そう宣言したからには目の前の少女塵一つ残さない程度に全力で殺そうと心に決めた瞬間だった。

 だから、神の権能を使おうとして――。


「えっと、どういう状況だ、これ……?」


 振り返ると、そこには雨奏カナタが立っていた。

 どうやら武藤健吾との戦いを制し、この場に駆けつけたようだった。表情から察するにまだ状況は読み込めていない様子。


「カナタくん、えっと、あのねっ! あの子がね、わたしのこと虐めるのっ!? 助けてカナタくん……!」


 ぶりっこモード発動。

 華山ハナはコンマ一秒さえあれば、どんな状況下でもか弱い女の子を演じることができるのだ。


「華山さん、こ、殺すとか言ってなかった?」


 やべっ、と内心毒づく。どうやら聞こえたようだ。このままだとアイドルとしてのイメージが壊れてしまう。


「えー、なんのことー? ユメわかんなーい」


 とか言って誤魔化す。精一杯の猫なで声を出せば、きっと自分の味方をしてくれるはずだ、とか安易な考えを実行する。華山ハナはあざとい態度をとるのが得意だった。


「えっ、あぁ、そうか……」


 華山ハナのことを信じたのか、とまどいながらも納得してくれた。


「それで、その子はいったい……?」


 そう言って、カナタは血まみれに赤く染まった白髪の女の子を見る。

 そう言われても、華山ハナは答えようがなかった。彼女について知っていることは精々鑑定スキルと名乗っていたことぐらいだ。


 

 



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