―41― 神
「どぅへへー、わたしのために争ってくれているー」
華山ハナはそう言って、口からヨダレを垂らしていた。彼女の目の前では武藤健吾とカナタによる激しい戦闘が繰り広げられていた。武藤健吾とカナタの間には火花が散っていて、その攻防は何度も入れ替わっている。
華山ハナは彼らの戦闘に巻き込まれないように離れた位置で観戦していた。
「わたしを巡って争うとか、なにこのシチュエーション! さいこぅ!! はぁーはぁー、やべー、さっきから興奮しっぱなしなんだけど」
華山ハナはそう言ってその場で悶え始める。
傍からみて気持ち悪い仕草であった。もし、アイドルである彼女のことが好きなファンがこれを見たら彼女に対し幻滅したに違いない。
それほど、今の彼女の仕草はアイドル像からかけ離れていた。
「はぁー、このために色々手を回してよかったなー。アイドルを辞めたのは手痛かったけど、いいものみれたー」
とか騒ぎつつ、華山ハナは大きく伸びをする。
色々と状況を引っかき回したはいいが、これからどうしようか? とか、考える。華山ハナはその場の思いつきで行動し後先考えないタイプだった。
「こんなところにいたか」
ふと、誰かの声が聞こえる。
見るとスーツを着た男が彼女の後方に佇んでいたのだ。
スーツの男は顔の印象が残らないほど、没個性な顔だちをしていた。あまりにも影が薄いため、本当にそこに実体があるのか疑いたくなりそうだ。
現に華山ハナは、彼が近くに来るまでその存在に気がつかなかった。
「それにしても随分と振り回してくれたな。いい加減、我々の要求に応えてもらおうか、偶像の邪神」
スーツの男がそう告げる。
偶像の邪神。その言葉を聞いた途端、華山ハナは顔をあげる。そういえば、そんな呼称があったな、と思ったのだ。最近はもっぱら華山ハナと呼ばれることのほうが多かったので、一瞬自分のことだってわからなかった。
偶像の邪神。常に愛に飢え、愛を一心に受けることを欲望とした神。それは確かに彼女の名前だった。
「誰だっけ……?」
華山ハナはあっけからんとした表情でそう告げた。なんせ、スーツ姿の彼の顔があまりにも没個性のため、過去に一度会っていたとしても覚えている自信がなかった。
「魔王の残滓だ」
魔王の残滓。
残滓がどういう意味かわからないが、魔王なら彼女も知っていた。とある世界を滅ぼした存在。その世界では、長く魔王と人類による戦争が繰り広げられていた。結果的に、魔王はその世界ごと人類を滅ばした。
しかし、世界というのはいくつも存在するため、1つの世界が滅んでも別の世界に渡ればいいだけだ。華山ハナもそういった理由でこっちに来たのだった。
そういえば、そうだった。
以前にも魔王の残滓と名乗るものが接触をはかってきたことがあったこと彼女は思い出す。
「どんだけわたしのことつきまとえば気が済むのさ。権力をかざして、わたしからアイドル活動をとりあげ、無理矢理結婚までさせようとするなんてホントあんたちって最低だよねー」
華山ハナの言葉は事実だった。
彼女はアイドル活動を追放されたのは魔王の残滓によるものだった。
彼らは神を力で従わせるのは難しいと判断したのか、搦め手をつかって華山ハナを追い詰めたのだった。実際、彼らの策略に華山ハナはどうしようもなかった。
神といえども人間のルール内だと無力に等しい。結果的に華山ハナはアイドル活動から余儀なく引退させられた。
「それは貴様が我々の要求に応えないからだ」
スーツを着た男は表情をいっさい変えずにそう告げた。このすかした感じ嫌いだなー、と華山ハナは思う。
「えっと、要求ってなんだっけ?」
「我々の計画に協力しろ。もしくは神核をこちらによこせ」
「やだよ。なんであんたちに協力しなきゃいけないのさ」
べー、と言いながら華山ハナは舌を出す。
どんな理由があって神が下等の生物の言うことを聞かなきゃいけないのだ。その上、神核を渡したら華山ハナの神としての力をすべて失うことになる。そんなこと聞き入れるわけがなかった。
「もし、協力するならばアイドル活動を再開させてやってもいい」
「マジー!?」
前言撤回。
華山ハナはまんざらでもないと言いたげな口調で叫んでいた。
華山ハナを引退させるほどの力をもった彼らの協力があれば良い感じにアイドル活動を再開させることも簡単に違いなかった。
「それで、わたしになにをしてほしいんだっけ」
「ユニークモンスターをこの場に出現させてほしい」
ふと、どういうことだろう、と華山ハナは首を傾げた。
ユニークモンスター。七体いる特別なモンスターのことだ。
一体だけ倒されたと、この前ニュースで見たことを思い浮かべる。渋谷にあるオラクルタブレットという、ユニークモンスターの存在を指し示す石碑の一角が破壊されたんだとか。
「なんのために?」
「ユニークモンスターを倒して、ユニークスキルを手に入れるためだ」
ふーん、と華山ハナは頷く。
ユニークスキル。ユニークモンスターを倒した者だけが手に入れる特別なスキルのことだ。
そのスキルを手に入れた者はたとえ人でも神に近づくことができるとされている。
「貴様ならば、ルールを無視してユニークモンスターをこの場に召喚することぐらいできるはずだ」
面倒だなー、と華山ハナは思った。
いくら神とはいえ、万能だと思われたら困る。
以前、断ったのも面倒だと思ったからに違いない。今となってはアイドル生命がかかっている以上、彼らの言うことを断るなんて選択肢はないわけだが。
「別にいいけどさ、ユニークモンスターを町に放ったら、めちゃくちゃ人が死ぬよー」
ユニークモンスターが暴れたら町一つが滅んでも不思議ではない。きっと何千人という人が犠牲になるだろう。
「かまわない」
スーツを着た男は汗一つ見せないでそう告げる。
どうやら彼らは人が死ぬことにあまり関心がないらしい。とはいえ、華山ハナにそれを咎める資格はなかった。神もまた人が死ぬことに関心がないのだから。
「そう。じゃあ始めるね」
華山ハナがそう告げた瞬間右手をあげて唱える。
「神域展開――」
瞬間、彼女の右腕からまばゆい光が放たれた。
その光は複雑な魔法陣を描き始める。
ユニークモンスターの召喚という、大規模な術式を構築するには集中力を維持し続けなければいけない。そう考えると、面倒この上ない。
「アイドル活動のためならがんばるんだけどね!!」
そう奮起した瞬間だった。
上空からなにかが落下した。それが地面に着地すると、衝撃によって煙が舞って華山ハナの視界を覆ってしまう。
煙の中にかすかに人影を確認する。
上空からやってきたのは1人の少女だった。
この国では浮いているだろう白色の髪色。服装は模様が一切含まれていない白ワンピース。シンプルな服装がより彼女の可憐さを際立たせていた。
かわいい。
それが華山ハナが彼女に抱いた印象だった。
わたしに負けず劣らずかわいい。
「鑑定結果、偶像の邪神」
白髪の少女が言葉を発する。
どうやら彼女は自分の正体を知っているようだ。
一体彼女は何者だろう? と、華山ハナは思った。人間らしくない精工な顔立ちだ。きっと彼女も自分と同じ、普通の人間ではなさそうだ。
けど、神ではないと直感が告げていた。
だから、彼女に尋ねようとした。
誰? と。
けど、その言葉を発することができなかった。
プスリ、と剣が胸を貫いていたからだ。
「あなたを殺害すべく来ました」
刺したのは白髪の少女だった。
一瞬で近くに接近した彼女の手によって刺されてしまった。
「誰?」
華山ハナは血を吐きながらそう尋ねる。今度こそ、ちゃんと言葉として発することができた。
「呼称ですか? そうですね、とある御仁がわたくしのことをこう呼んでくれます」
一拍置いてから彼女はこう口にした。
「鑑定スキル」
それ、人間の名前じゃねぇだろ、と華山ハナは思った。
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