―34― ランキング一位の武藤健吾という男
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死刑死刑死刑死刑……っ」
目の前でランキング1位の武藤健吾が鼻息を荒くしていた。目からして怒りに溢れているし、このままだとマジで殺されそうだ。
「彼、あの状態になったら、他人の言葉が耳に入らないだろうし、今すぐ逃げないとマズいかも」
おぃいいい、なんでお前は他人事なんだよ! とか、焦った表情を見せない華山ハナに思わないこともない。
ともかく、彼女の助言通り逃げないとマズいのは明らかだ。
逃げようと足に力をいれる。途端、華山ハナがオレの腕にしがみつくように捕まった。
一瞬、彼女を連れて行くべきかどうか悩んでしまう。
きっと彼女をつれて逃げたら、もっと厄介なことに巻き込まれるに違いない。
けど、目の前で困っている女の子を放っておくなんて精神衛生上無理だ。しかも、それがオレの元推しときたらなおさら。
「こうなったらやけだ!」
そう叫んだオレは彼女をお姫様抱っこの体勢で抱えては全力でその場から離れる。
「おー! めっちゃ速いねー!」
こっちは全力で知っているというのに彼女は楽しそうだ。
追いかけてくるかもと後ろを振り向くが、その気配は感じられない。どうやらうまいこと振り切るこどができたようだった。
◆
「くそっ」
武藤健吾は舌打ちをする。
一瞬のうちに華山ハナが謎の男と共に場を離れたのだった。
彼らは即座に右に曲がったおかげで、姿が見えなくなってしまったが、今から走ればすぐに追いつくはずだ。
そう思って、つま先に力を入れた瞬間、想定外のことが起きた。
「こちら、野良モンスターが出現したと通報のあった現場です! しかし、モンスターの姿は見当たりません。見てください、探索者の武藤健吾さんがいらっしゃいます! どうやら彼の手によって野良モンスターは討伐されたようです! 見たところ大きな被害もでていないようですし、流石ランキング第一位の実力といったところでしょうか」
リポーターとカメラマンが現れたのだ。
一流の探索者となれば、メディアでの露出が多くなる。そして、武藤健吾は世間での評判を気にするタイプだった。
だから、カメラマンがいる以上、下手なことができなくなってしまった。
「あの、武藤さん取材してもよろしいですか?」
「もちろんかまいませんよ」
だから、リポートの依頼に対しても反射的に笑顔で応えてしまう。
「今回、非常に強力なモンスターが現れたと伺っておりますが、実際のところどうだったでしょうか?」
「あぁ、そうですね……」
どうやら自分が倒したと、このリポーターは勘違いしてるらしい。
見ると、道路脇の壊れた塀の先に、絶命しているミノタウロスが横たわっていた。
「ミノタウロスだと!?」
思わず声を出してしまう。
なぜなら、ミノタウロスの討伐難易度はS級を容易に超える。野良モンスターが現れたとは聞いていたが、それがミノタウロスだったなんて知らなかった。
「す、すみません。勘違いされているようなので訂正しますが、ミノタウロスを倒したのは自分ではありません。自分が駆けつけたときには、すでにこのモンスターはこの状態でした」
ミノタウロスを倒した者はどう考えても一流の探索者だ。そんな探索者から手柄を横取りして不評を買うべきではない。
「そ、そうだったんですね。勘違いしてしまい申し訳ございません。えっと、どうやらミノタウロスを倒したのは他の探索者のようです」
リポーターが謝罪しつつ内容を訂正する。
「あの、武藤さん。ミノタウロスを倒した探索者に心当たりはないでしょうか?」
「いえ、私がここに来たときにはそのような者はいませんでした」
実際には、華山ハナと謎の男がいたが、彼らがミノタウロスを倒せるはずがなかった。
華山ハナは探索者の実力はほぼないに等しいため、謎の男がミノタウロスを一人倒したことになる。
そんなことあるはずがない、と武藤健吾は鼻先で笑う。
ミノタウロスは自分でも苦戦する相手だ。もし、ミノタウロスを一人で倒したとなれば、自分と同列もしくは自分より強い探索者ということになる。
そんな探索者に心当たりはない。
いや――、と武藤健吾は頭の中で訂正する。
あの無名の英雄なら、ミノタウロスを簡単に倒せるかもしれない。
無名の英雄。
ネームドモンスターを倒したとされる本当にいるかどうかわからない都市伝説のような存在。主にネット上で広まった呼称だ。
無名の英雄は武藤健吾より強いんじゃないか、という書き込みを見るたびにイライラがとまらない。
もし、無名の英雄が本当にいるなら、今すぐこの手でぶちのめしてやりたい! と、思うぐらいには。
しかし、武藤健吾の中で、無名の英雄と華山ハナの隣にいた男が結びつくことは一切なかった。
なんせ、あの男を鑑定したところ適正ランクはFだった。
Fランクが強いはずがなかった。
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