―33― 結婚

「いやー、まさかバレるとは思わなかったけど、もしかして君ってわたしのファンかにゃ?」


 このおちゃらけた口調何度も画面を通したみたとこがある。間違いなく目の前の彼女は華山ハナだった。


「はい、ファンです」


 正確には元ファンだけど、と思いつつそう答える。


「いやー、どうもどうもまさかわたしを助けてくれた騎士様がファンとは、なんだか運命感じちゃうなー」


 とか言いつつ、華山ハナはファンサービスのつもりかオレと握手しては上下に激しく揺らす。

 オレの感情としては嬉しいというよりかは困惑のほうが大きかった。目の前に華山ハナがいるという現実が信じられなくて、夢でも見ているんじゃないかって気さえしてくる。


「ねぇ、君の名前を教えてほしいなぁ」


 そういえばまだ自己紹介をしてなかった。


雨奏うそうカナタと言います」


「ふーん、カナタくんか」


 そう言って、華山ハナはオレの顔をじっと見つめる。彼女が元アイドルだからだろうか、その瞳には見つめると吸い込まれてしまいそうな謎の魅力がある。


「ねぇ、君ってけっこう強いよね?」


「いえ、オレはそんな強くないですよ」


「またまたー、あれで強くないはないでしょ」


 いや、本当にオレは強くないんだが。彼女のおちゃらけた口調のせいで、からかわれているって気しかしない。


「それで、君はわたしのこと好きよね?」


「もちろん、好きですよ」


 彼女はいったいなにを確認しているんだろう、と思いつつ肯定する。


「じゃあ、カナタくん、わたしと結婚しよっか」


 ……は?

 今、なんて言った? 結婚? 誰と誰が?


「えっと、もう一度言ってもらっていいですか?」


「だから、わたしと君で結婚しようって話。キャッ、これってプロボーズだよね? なんか恥ずかしくなってきたかも」


「冗談ですよね?」


「ん? 本気だけど」


「いや、意味わからんないですって」


 オレはいったいなにを聞かされているんだ? 新手の結婚詐欺にでもかけられているのか?


「もしかして悩んでる?」


「えっと、悩んではいますけど」


「えっ、悩む必要とか理由なくない? だって、世界で一番かわいいわたしが結婚しようと言っているんだよ。しかも、きみはわたしのファンみたいだし、ファンにとって推しと結婚するのって一番叶えたい夢じゃない?」


「それはそうですけど……」


「じゃあ、結婚しよっか。今すぐ、婚姻届を出しに行こう!」


 とか言って、華山ハナがオレの腕を強く引っ張る。

 確かに、推しと結婚するのって全人類にとって夢だろうけど、とはいえあまりにも話が急すぎて、なにか裏があるとか思えない。


「えっと、華山さんは確か、武藤健吾と結婚するんじゃなかったんですか?」


 そうだ。

 華山ハナは突然、探索者ランキング一位の武藤健吾と婚約発表すると同時にアイドルを引退したのだ。なのに、どうしてオレと結婚しようと言い出すんだ。


「あぁ、あれはあいつが勝手に言っているだけっていうか。むしろ、わたしはあいつの顔すら見たくないっていうか……」


 突然、さっきまでの明るい表情から一変してダウナーな表情を見せる。

 もしかして、華山ハナと武藤健吾の婚約には、世間が知らない裏の事情があったのだろうか。


「あの、なんで華山さんは突然、婚約発表してアイドルを引退したんだ?」


 ずっと気になっていたことだった。

 華山ハナはオレから見て、完璧なアイドルだった。それだけに、アイドルとは思えない電撃引退もとい婚約発表にオレは愕然とした。


「んー、教えてあげてもいいんだけど……、それどころじゃなくなったかも」


 次の瞬間だった。

 オレたちを挟むように、前方と後方からそれぞれ黒塗りの高級車が突然現れた。道を塞がれた。オレたちが簡単には逃げられないようにそうしたんだ。


「よぉ、探したぜぇ、マイハニー」


 一人の男が高級車から現れた。

 その男は背が高くがたいもある。そして、腕に金色の派手な腕時計に明らか高級そうなジャケットを身につけていて、いかにも成金みたいな格好をしていた。


「こんなところにいないで、早く帰ろうぜー」


「いやよ。わたし、あんたのところに一生帰らないから」


「おいおい、そんな勝手が許されるはずがないだろ」


 華山ハナとのやり取りを見てわかる。

 この男こそ、あのランキング第一位の武藤健吾だと。確かに、テレビなんかを通して何度か見たことがある顔だ。


「あのさ、わたしあんたなんかと絶対に結婚しないから」


「ガハハッ、おもしろい冗談だな」


「冗談なんかじゃない。わたし彼と結婚するから。彼、わたしが本当に好きな人」


 ……ん? なんで華山さんはオレのことを指しているんだ?


「ちっ、てめぇ、やっぱり裏で男を作っていやがったか」


 武藤健吾が苛ついた様子でオレのことを見つめていた。


「おい、なにがどうなってんだよ……っ!?」


 慌てオレは華山ハナに訪ねた。このままだと武藤健吾に殺されてしまう。


「お願い、ダーリン。わたしを連れて遠くに逃げて」


 あざとい表情でお願いされるも、そんなの無理だろっ。だってオレはFランクで相手はランキング一位だからね。


「よしっ、お前死刑確定な」


 武藤健吾がオレを指さしてそう口にした。

 あ、どうやらつんだみたいです。








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