―32― 元推し
「うっす、カナタ。久しぶりだな」
教室へ向かうと顔なじみがオレに手をふっていた。
「よぉ、黒縁メガネ」
「俺のことを黒縁メガネと呼ぶな。俺には佐々木直人という立派な名前があるのだぞ!」
黒縁メガネはご自慢のメガネをクイッと上に動かしながそう口にする。
あぁ、そうだ。こいつ佐々木直人という名前だった。
イマイチこいつの名前を覚えられないんだよなぁ。
黒縁メガネは大学でオレが唯一しゃべる相手だ。だからといって、めちゃくちゃ仲が良いかというとそうでもなく、なんせ知り合ったのはここ数ヶ月前なため、暇だったらしゃべるけど休みの日までわざわざ会わないよね、ぐらいの関係。
現に夏休みの間一度も会わなかったし。
「それにしても、残念だったなぁ」
黒縁メガネがニタニタと笑っていた。
「なにが?」
「華山ハナだよ。お前好きだっただろ。いやーでもまさか婚約して電撃引退するとはなぁ。流石に俺も驚いたぜ」
うっ、嫌なことを思い出してしまった。
「なぁ、今でも華山ハナが好きなのか?」
「いや、流石に好きじゃないな」
「だよなー。他人のものになったアイドルに価値はないよなー」
それはそう。アイドルには処女性が求められる。もちろんこの価値観が絶対的に正しいとは思わないけど、華山ハナの婚約には色々と納得のいかないことが多かった。
だから、今後オレは華山ハナを応援することはないだろう。
まぁ、そもそも華山ハナはアイドルを引退したし、応援するもくそもないわけだが。
とか会話していると先生がやってきて授業が始まった。
オレはサークルにも入ってないので、授業が終わるとあとは帰るだけだ。
帰ったらまたダンジョンに潜らないといけないよな。由紀ちゃんにもらったお弁当で多少お腹を満たすことはできたとはいえ、夜まで持つとは思えないし。
また、彩雲堂姉妹に連絡をして、ダンジョンに入るために必要な人数を集めよう。
そう思って、スマートフォンを開いた瞬間だった。
ドカンッ! となにかが破壊される音が鳴った。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
耳をつんざくような唸り声。
突然、目の前にモンスターが現れのだ。そのモンスターは塀を破壊して、道路の真ん中へと躍り出たのだった。
「珍しいな、野良モンスターか」
モンスターは基本、ダンジョン内にしか現れない。だが、時々、ダンジョンの向こう側こちら側の世界にモンスターが出現することがあるのだ。
現れた野良モンスターは二足歩行で巨大な角をもつ牛のような見た目をしていた。
「鑑定してくれ」
『鑑定結果、モンスター名〈ミノタウロス〉。ランクE+』
「E+だと」
マジか。あのハイオーガと同じランクだと。
F級なら戦おうと思っていたが、これだけランクが高いなら逃げたほうがいいか。
「誰か、助けて……!」
ふと、女の声が聞こえる。
今にもミノタウロスに殺されそうな位置に女の人が倒れていた。彼女は足を挫いたのか、とっさ立ち上がることすらできなさそうだった。
「――ッ!!」
思考よりも先に動いていた。
スキル〈蜘蛛の糸〉で糸をとっさにだしては体を引き寄せて、ミノタウロスと女の人の間に割り込む。
そして、〈貧弱の剣〉を一振り。
「マジか」
懇親の一撃のつもりが、ミノタウロスは自身の拳で剣を弾いたのだった。
さすがE+といったところか。
それから何度も剣を振るう。その度に、ミノタウロスは拳で剣を弾く。
剣と拳がぶつかるたびに、それを中心として突風が巻き起こる。
「くそっ」
ミノタウロスのほうが力が一枚上手だった。そのせいで、ミノタウロスの拳をうけとめきれず、体勢を崩してしまう。
「ぐはっ」
その瞬間を狙われて、ミノタウロスに腹を殴られる。
オレの体は血反吐を吐きながら壁に激突する。
「グォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
勝ったつもりなのかミノタウロスが雄叫びをあげた。
確かに、お前のほうが力に関しては一枚上手かもしれない。
だが、こっちにはまだ見せてないスキルがたくさんある。
ふと、さっき襲われていた女の人がどうなっているか確認する。どうやらオレがミノタウロスの攻撃を受け止めているときに、彼女は攻撃が届かぬ範囲まで逃げてくれたようだ。
これなら、好きに暴れることができる。
「木化スキル」
左手から枝を槍のように鋭くしたものを生成する。ミノタウロスにこれだけの攻撃すべて防ぐことができるはずがない。
「グォオオオオッ!!」
マジか。
ミノタウロスは雄叫びと共に、槍を粉々に粉砕した。
「水生成からの冷気スキル」
とはいえ、こっちもまだ手はたくさんある。
氷の槍を複数展開し、ミノタウロスに攻撃する。
そして、まだ手は緩めない。
「発火スキル」
火の球をミノタウロスにめがけて放つ。
「これでとどめだ」
確実にとどめを刺すために〈貧弱の剣〉をミノタウロスにめがけて投げる。すると、剣はミノタウロスを突き刺し、確実に絶命させることができた。
「ふぅ、いつもより苦戦したな」
Fランク相手なら余裕だが、E+だとそう簡単にはいかないか。まだまだオレも精進が必要だな。
「助けてくれて、ありがとうございます!」
ふと、さっきミノタウロスに襲われていた女の人がこっちにお礼を言うために駆け寄ってきていた。
「いえ、あなたも無事でなによりです」
見た感じ彼女は大きな怪我をしてなさそうだった。
「あ、あの、今度ちゃんとお礼をさせてください!」
「そん必要ないですよ、自分は大したことしていませんので」
オレにとってE+は強いモンスターだが、世間的には弱いモンスターだとされているはずだ。だから、オレは大したことをしていない。
「そんなことないですよ。あれだけ強いモンスターを倒せるなんて、とてもお強いんですね!」
「いえいえ、オレはまだ駆け出し中の身で、探索者しての実力はまだまだですよ」
ふむ、なにか違和感を覚えるな。
目の前の彼女は、つばの広い帽子にマスクとサングラスをつけていたため、正直彼女がどんな顔をしているのかまったくわからない。
けれど、どうしてか、彼女と初めて会った気がしない。
なぜだ……?
「あの、どうかしましたか?」
ふと、オレがぼうっとしているのがバレたようでそう聞かれてしまう。
「えっと……」
あと、少しでなにかがわかりそうだ。
なんだ……?
あぁ、そうだ。もしかして、彼女は――
「あの、つかぬことをお伺いしますが……」
無意識のうちにオレは口を開いていた。
「あなたは、華山ハナさんですか?」
そうだ。以前、華山ハナのライブに見に行ったときと、目の前の彼女の声がまったく一緒だったのだ。よく見ると背丈なんかも一緒だし。
「あはぁー、バレちゃったか。よくわかったね少年。そうだぞ、ワタシがあの国民的アイドルの華山ハナだ。まぁ、今は元アイドルなんだけど」
マスクとサングラスをとった彼女はどこをどうみてもオレがちょっと前まで推していたアイドル、華山ハナだった。
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