―28― 最初の命令

「あの、西山に伝えなきゃいけないことがあるんだが……」


 わざわざご飯を用意してもらったというのに、こんなこと言わなきゃいけないのは非常に心苦しい。


「なんだよ? わざわざもったいぶって」


 西山は目をつりあげてこっちをにらみつける。その表情が怖い。


「な、なんでもない……」


 まぁ、案外食べてみたらいけるかもしれないし、一口だけ試してみるか。


「うげぇええええええええ」


「ちょ、カナタぁ!」


 はい、ダメでした。



「はぁ? ご飯が食べれなくなったぁ?」


 こうなった経緯を簡単に説明すると西山は怪訝な表情をしていた。

 はい、そうですよね。意味わかんないですよね。オレも意味わかんないもん。


「てか、カナタってダンジョンとか嫌いじゃなかった?」


「いや、たまたま入る機会があって」


「ふーん」


 西山はオレの家庭事情を多少知っているので、オレのダンジョン嫌いも知っているのだろう。


「てか、食べられないとか、もう死ぬしかないじゃん」


「いや、えっと、モンスターのお肉なら食べられるんだよね」


「へー、モンスターのお肉って食べられるんだ」


 探索者じゃないとモンスターの肉を食べる機会はないだろうし、驚くは無理もないか。


「それじゃあ、これは片付けるしかないわね。もっと早く言ってくれたら無駄なことしないで済んだのに」


「すまん……」


「まぁ、突然押しかけたあたしも悪いかもしれないけどさ。あれ? じゃあ、昨日渡したお米はどうしたの?」


 うっ、そういえば、そんなのもあったな。

 結局、お米も食べられないことが発覚したし、もったいないから返したほうがいいような。


「お米も食べられないみたいだから、悪いが今度返しにいくわ」


「そう、なんだか大変ね。まぁ、なにか困ったことがあったら相談してよね」


「おぉ、助かる」


 さっき中二病姉妹と出会って人間不信になりかけたから、こういう心遣いが身に染みる。


「その、西山ってなんか優しくなったよな」


 ふと、思ったことを口にする。


「ば、ばばばばばばバカじゃないの!? 別に優しくねーし。バーカ、バーカ。もう帰る!」


 西山は突然、大声を出すと慌てた様子で帰り支度をしては出て行ってしまった。

 態度が急変したことに頭がついてこない。いったいなにが気に触ったんだ?


 ぐぅ~。

 うっ、ヤバい。さっきよりもお腹が空いて死にそうだ。

 早急にダンジョンに潜ってモンスターを狩る必要がありそうだ。

 えっと、アプリを使えば、近場に発生したダンジョンを見つけられるんだよな。


「ダンジョンって最低でも6人で入らなきゃいけないんだっけ」


 確かに、アプリ上でバーティーの募集に関する書き込みが多くある。

 しかも細かく指定があるな。


「これはDランク以上か……。これもDランク以上……、Dランク以上……、あ、これはEランクも可って書いてある……」


 Fランクを募集しているパーティーが一つもないんですけど!?

 あれ? これつんだのでは?

 どうやら世間ではFランクは必要とされてないらしい。

 この前、偶然なにも知らずにダンジョンに行ったときパーティーに一時的とはいえ加入できたのは相当運がよかったみたいだな。


 えっ、どうしよう……。


「一人でこっそりダンジョンに入るか? いや、バレたらダンジョンにはいれなくなるみたいだし……」


 もしや、これはつんだのではないだろうか。


「ふっはははははっ、どうやら我の助けが必要なようだな!!」


 それは突然の乱入者だった。


「あ、お邪魔しま~す」


 さらに一人、律儀に靴を脱いでベランダから入ってきている者もいた。


「カナタよ、組織のボスになれば、パーティーを六人集めるぐらい容易いぞ!!」


 声高らかに主張するのは、彩雲堂詩音。

 そう、部屋に無断で入ってきたのは彩雲堂姉妹の二人だった。


「なんでオレの家がわかった!?」


「あぁ、それなら貴様が部屋をでるときにGPSをつけておいた」


「はっ!? いつの間に!?」


 慌てて全身を見る。確かにGPSらしき物体が両面テープで服についていた。くそっ、こいつらなんてことをしやがる。


「さて、我がボスはお困りのようだな。部下として、ボスの窮地を見逃すわけにいかないよな?」


「はい、全力で協力します!」


 姉の呼びかけに妹の由紀は元気よく応える。

 オレをボスと崇めるなら、もっと部下らしく振る舞えや。なに勝手に人のソファに座っているんだよ。

 うっ、ヤバい。余計に腹が空いてきた。

 色々と文句を言いたいけど、それよりもお腹を満たすことを優先しなくては。癪だけど、こいつらの協力を借りたほうがよさそうだ。


「なぁ、本当に今すぐパーティーのメンバーを集められるのか?」


「あぁ、この近くに瘴気に冒されている者が三人ほどいる。ボスの力があれば、今すぐ瘴気を祓うことも可能だろう。そうすれば、全員がボスの手足となる」


 なるほど、そういうことなら、お前らのごっこ遊びにつきあってやるよ。

 これもオレの腹を満たすためだ。

 よしっ、こいつらが少しでもやる気を出してくれるように、秘密結社のボスらしく振る舞ってやろう。

 昔書いた中二病ノートを思い出せば、それっぽい仕草ができるはずだ。


「お前らに告ぐ! 秘密結社ギルドギアのボスとして、最初の命令を下す。オレの腹を一刻も早く満たせ!」


「「はっ、我がボスのために!」」


 彩雲堂姉妹は敬礼する。オレが組織のボスをやる気になったのが嬉しいようで、ふたりとも満足な表情をしていた。


「急いであいつらを連れて行くぞ」


「はい、お姉ちゃん!」


 二人も全速力でベランダから外にでる。

 頼む、一刻も早く残りの三人を呼んできてくれ。









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