第二章

―19― 幼馴染

 オレ、雨奏うそうカナタ。現在、18歳の大学一年生。

 この前、ダンジョンのトラップに引っかかったせいで、ダンジョンの中を1年以上彷徨うという希有な体験をしたが、極普通の大学生だ。


「これからなにを生きがいに生きていこう……」


 オレは自室のフローリングの上で 干からびた状態で寝転がっていた。

 推しの婚約発表もとい電撃引退。

 それによる精神的ショックがオレをこんなふうにしてしまった。

 ダンジョンの中にいるときは、それどころじゃなかったので推しのことをあまり考えないで済んだが、今になってじわじわとダメージをくらっていた。


 推しがいたときは、それだけを考えていれば充実した日々を過ごせていたが、推しを失った今、退屈過ぎて死にそう。

 一時期はオレもダンジョンで強くなってアイドルと結婚するんだ、とか考えていたけど、オレには探索者としての才能がないことを散々わからされたし、そんな身の丈に合わない夢はとっくの前に諦めた。


 ふと、スマートフォンがブルブルと震えた。

 誰からだろう、とか思いつつ通話にでる。


「もしもし」


『あ、やっと出た』


 不機嫌そうな声ですぐにわかる。

 西山(にしやま)奈々子(ななこ)。近所に住む小学生の頃からの知り合い。ようは幼馴染みというやつだ。


『もうさ、ここ最近何回も電話したのに、まったく出ないからホントあり得ないんだけど!』


「ごめん」


 ダンジョンにいたから電話に出られなかったのだが言い訳しても意味ないことは長年のつきあいでわかっているから大人しく謝る。


『ごめんって、そんなんで謝った気になってるの?』


「そうじゃないけど……」


 うぜぇえええええ。どうせ謝らなかったら、それはそれで怒るんだろ。


『はぁ、あたしの家まで来てよ。お母さんがあんたに米を渡せってうるさくてさ。ほら、毎年この時期になると祖父がお米を送ってくるんだけど、量が多くてうちだけじゃ食べきれないからさ』


 西山はため息まじりにそう説明した。


「わかったよ」


 そう頷くと、西山はプツンと通話を一方的に切った。

 ホント嫌われてるよなー。この前なんて、偶然顔を合わせただけで「死ね」って言われたし。

 とはいえ、お米をもらえるのはありがたいので、行くけど。

 西山のお母さんはオレのことを気にかけているらしく、時々こうしてお裾分けをくれるのだ。ホントありがたい。


「その前に髪でも切りに行こうかな」


 ダンジョンでは髪なんて切る余裕なんてなかったので、けっこう伸びてしまっている。ヒゲはナイフを使って、時々剃ってたけど。

 以前、ぼさぼさの髪で西山と出くわしたとき、「キモい。特に髪が!」と言われてけっこうショックだったんだよな。


 そんなわけで美容室に行って、髪を整えてもらう。

 そのままの足で西山の家に行く。


「やっと、きた。米だけ持って早く帰ってよね。あんたの顔なんて一秒たりとも見たくないんだから」


 インターホンを鳴らすと、相変わらずの甲高い声でキーキー叫びながら西山が扉を開けようとする。


「はぁ、なんで夏休みまであんたの冴えない顔を見なきゃ――」


 西山がこっちを見ては言葉を詰まらせていた。

 あいかわらず西山は目が鋭くキツめではあるものの美少女だ。栗色の髪はウェーブがかっていて肩のところで揃えられている。オレの見た目に文句言うだけあって、彼女自身はオシャレに気を使っている印象だ。


「えっと、カナタよね?」


 ん? なぜか西山がオレの顔を見て困惑していた。


「なにを言ってんだ?」


 質問の意図がわからん。

 オレがカナタなのは当たり前だろう。


「えっ、ウソ!? ちょ、ちょっと待って……!?」


 慌てた様子で西山は顔を背けるように、後ろを向いて手鏡で「だ、大丈夫よね」と前髪を弄り出す。西山の奇行にますます困惑した。


「あ、カナタちゃん。来てたのね。久しぶりね」


 ふと、西山のお母さんが顔を出した。


「ご無沙汰してます。お米ありがとうございます」


 オレも軽く会釈してお礼する。


「んんっ?」


 なぜか西山のお母さんもオレの顔を見て固まっていた。


「あらあらあらっ! カナタちゃん、随分イケメンになったわね!」


 西山のお母さんがテンション高めの口調で突然そんなことを言い出した。


「えっと、オレは以前となにも変わらないと思いますけど」


「そんなことないわよ! この前みたときよりも背が伸びているし、ガタイもよくなった気がするわ。ねぇ、奈々子もそう思うよね!」


「う、うん……」


「ちょ、奈々子。なに照れてんのよ! もしかして、あんたこういうのが好みなの!? ねぇ、そうなの!?」


「ち、ちげーし! 親だからってテキトーなこと言うんじゃねぇよ! あっち行け! ぶち殺すぞ!」


 とか言って、西山は母親を玄関から追い出そうとする。親相手に、随分と口悪いな。


「はい、これお米。えっと、家まで送っていこうか?」


「いや、必要ない」


 と言ったはずなのに、なぜか西山はついてきた。なぜだ?


「オレ、そんなに雰囲気変わったか?」


「えっ? 自覚ないとか逆にヤバくない? 最初見たとき、誰だかわかんなかったし」


 マジか。まったく自覚なかった。

 確かに、ダンジョンの中ではひたすら特訓していたし、筋肉とかは多少ついたかもと思ってはいたけど、こんな反応されるとはな。


「ねぇ、しばらく会っていなかったうちになんかあったの?」


「あったといえばあったな」


「えっと、なにあったか聞いてもいい?」


「推しが死んだ」


「……あぁ、なるほど」


 西山はそう言って苦笑する。オレが前々から元国民的アイドル華山ハナを推していたことは知っているだろうし、色々と察したに違いない。


「ねぇ、またそのうち連絡するね。その、一緒に遊びにとか行きたいし」


「あぁ」


 手のひらを振りつつ別れる。

 今まで辛辣だった幼馴染みと久々に会ったらなんか優しかった。正直、怖い。



「おかしい……」


 オレは混乱していた。


「おかしい! おかしい! なぜなんだ!」


 オレは家の中で叫びながら目の前の状況を整理する。

 久々にモンスター以外の普通のご飯が食べられるー、と思って、オレははしゃいでいた。

 さっきもらったお米を早速炊いて、たらこと鯖の缶詰と一緒に食べよう。

 ぐへへー、最高のご飯の完成だぁー、と思って、食べた結果――


「えっ!? ご飯ってこんなにまずかったっけ?」


 口に入れた瞬間、なぜかよくわかんないけど、拒絶反応がでたのだ。それでも無理して食べようとして吐いてしまった。


 どうして……?

 え? ちょっと前まではこれらのご飯をおいしくいただいていたよね。知らない間にオレの味覚が変わっている?


 とりあえず、他の食べ物でも試してみる。

 ソーセージ、きゅうり、アイス、パスタ、ポテトチップスなどなど一通り家にあった食べ物を口に入れてみる。


「うぇ……」


 数分後、オレは四つん這いで嘔吐いていた。

 なんと全部ダメでした。

 唯一、水だけは大丈夫だったけど。


 え? これからどうすんの? あらゆる食べ物が食べられないって人生つんでね? これからどうやって生きればいいんだ?


 ふと、鼻の穴をおいしそうな食べ物の匂いがつついた。

 この匂いは……。


「ハイオーガのお肉!!」


 そういえば、持ち帰ったけどまだ食べてなかった。

 じゅるい、やべぇ、ヨダレがとまらんのだけど。ハイオーガのお肉ってあぶらが多くておいしんだよなぁ。

 ウキウキしながら、ハイオーガのお肉を入れていた袋をあける。


「ゲフッ」


 お腹を膨らませたピヨちゃんがげっぷをしていた。


「はぁあああああああ!? お前、なに勝手に食べてるんだよぉおおおお!!」


 あったはずのハイオーガのお肉はなくなっていた。

 てか、ピヨちゃんを召喚した覚えないのに、なに勝手にでてきてるの? ハイオーガの匂いだと思っていたのは、ただの錯覚だったのか。


「よし、こいつを食べるか」


 ピヨちゃんのことを見つめながらそう言う。


「ビギェエエエエエエエエッッ!!」


 ピヨちゃんは絶叫すると、オレから逃げるように部屋中を駆け回る。果てには、魔法陣を出して、どっかに消えてしまった。

 冗談だったんだけどな。

 どうやらピヨちゃんは本気だと思ったらしい。

 

 ぐぅ~、とお腹がなる。

 今すぐ食べないと死にそうだ。


「なぁ、鑑定スキル。これっていったいどういうことだよ」


『鑑定結果、モンスターの過食により好みが変化し、通常の食事を受け付けなくなったようです。まれに探索者にそういった事例が起こるようです』


 マジかぁ……。

 探索者ってホント過酷だなぁ。


「仕方がない、ダンジョンに行くか」


 うん、だってそうでもしないと、お腹を満たせないから仕方がないよな。







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