第七章 本望
帰り道、まだ涙目が治ってなかった笑美は当然のように従業員や観光客に心配されていたが、なんとか帰ることができた。
「ねえ優弥くん?」
「なに?笑美」
「私やっぱ、死ぬの楽しみ」
そう言われて俺は言葉を詰まらせてしまった。
彼女は昔死んでしっかり会いたい人がいると言っていたが、きっと俺のことだろう。
それにそれは謝罪の意味も込めての死だと感じた。
「笑美、」
なんていうのが正解かわからなかった。
なんて言ったら彼女を一番喜ばせるか、
なんて言ったら彼女を苦しませないか、
全くわからなかった。
けれども俺は考える間も無く一つの意見が頭の中をよぎった。
「死なないでほしい」
気がついたら勝手に口が動いていた。
やはり自分が助けた分彼女には長く生きてほしいし、元気に過ごした後で彼女にはこちら側の世界に来てほしいと思った。
ただきっと、俺は今真剣な顔をしていたのだろう。
笑美は俺の顔を見てお得意の作り笑顔で
「うん」
とだけ言った。
その頷きが何の意味を表したかはわからない。けれども俺の本当の思いは届いたんだと思う。
日が落ちてゆく中、確かに俺達は手を繋いで歩いていた。
遊園地から帰った数日後、
カレンダーは十六日に丸がついていた。
笑美は今までとは違い、病院を抜け出すことは無くなった。
真面目に薬も飲んでいったおかげで段々と体調が良くなっていったらしい。
俺はいつもの様に病室をコンコンとノックした。
返事を待たずに俺は病室に入る。
そこには今までに見たことないほど元気な顔色をした笑美がいた。
笑美はノートに何かを書いており、
俺が笑美の目の前にしゃがんで顔を覗くも、こちらを見向きともしなかった。
ああ、そっか。
俺は立ち上がって隣に置いてあったカルテを覗いた。
そこには前から伝えられていた通り
多発性硬化症と書かれており、その下には
視神経に症状ありとメモ書きされていた。
きっと彼女が俺のことを確認できたのは、視神経に異常が出たのも原因の一つだろう。
「けれど今は俺のことが見えないってことは、良くなったんだな」
俺は独り言を言って、笑美の隣に座った。
やはり彼女は俺に気づく素振りは無かった。
笑美が書いていたノートを覗くと、それは日記の様なものだった。
八月十三日
私は優弥くんと遊園地に遊びに行った。
彼に本当のことを伝えると、
優しく受け止めてくれて嬉しかった。
けれど優しすぎて逆に呪われないか心配だなあ…。
私は優弥くんが望んだ通り、頑張って治療していくうちに元気になりました。
しっかり元気に過ごして、そしてこの人生を終えた後、私は優弥くんに告白しようと思います。
そんな風に書かれた日記を見て俺は思わず
「助けておいて呪うかよ」
というツッコミを入れて笑ってしまった。
俺はその場に立ち上がった。
この調子では本当にこいつは人生の中で恋人を作らず生涯を終えそうだった。
しかしそれを伝える手段も無ければ、俺自身も少し嬉しい気持ちがあったせいで伝える気にはならなかった。
日記の下の方にメモ書きで大好き、と書かれていたのを横目に俺はその場をあとにした。
病院を出て外を見ると、まだ真っ昼間だった。
太陽はジリジリとこの街を焼きつけていて、暑さが一層伝わった。
俺は振り返って彼女がいる病室を眺めた。
「俺も大好き」
そう言って俺は前を向き走り出し、消えて行った。
信号はチカチカと点滅していた。
両思いの叶わない恋 @takatakasan
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