第六章 思い

向日葵畑の中

俺は彼女が言った言葉で全てを悟った。

そっか、忘れてた。

俺って死んでるのか。

ある女の子が何かのキーホルダー落としててひき返そうとしたとき、車に轢かれそうになっていたから、俺が庇ったんだった。

その女の子って軍道さん…いや、笑美のことだったのか。

「ごめん…ごめんね…」

彼女はひたすらそう謝っていた。

多分彼女の言葉に嘘偽り何一つないってことが伝わった。

「じゃあ、さっきの店員さんがクリームソーダ二つ頼んだら困惑してたのは」

「……」

そういうことだったのか。

全て辻褄が合った。

それだけじゃない。

きっと初めて俺が笑美の病院に来た時、

受付の人が俺の声を無視したのは俺が見えていなかったからで、

俺と笑美で電車に乗った時、

女の子が不思議そうにこちらを指差していたのは、女の子から見たら笑美が独り言を喋っている様に見えたからだろう。

俺は間違いなく、笑美に人生を奪われたことは確かだった。

けれど俺はそれ以前に思ってたことがあった。

「学校、楽しくなかったしな」

俺が腕を組んでそうぽつりと答えると、笑美は今にも崩そうな顔をして此方を見てきた。

「友達もいたわけじゃなかったし、俺むしろ笑美と会えた後が、人生で一番楽しかったわ」

なんて言った。すると彼女は泣いていた顔を余計に濡らして唇を噛んでいた。

「まあ、その時には俺死んでんだけど」

なんて笑いながら話した瞬間、笑美は泣き叫んで俺に抱きついてきた。

流石に死んだことをもう一回掘り返したのはまずかっただろうか。

「待って笑美ごめん、嫌味とかそんなつもりじゃ…」

俺が続けて喋る前に、笑美は首を大きく横に振った。

「違う、違うの!だって私優弥のこと殺しちゃった、人殺しなんだよ。私は…」

「きみがどうでも良かったら俺は笑美を見捨ててたよ」

咄嗟に俺がそういうと笑美は息を飲んだ。

「それに俺は笑美とある時間が一番楽しかったって言ったじゃないか」

笑美はこちらを見て目も顔を真っ赤にしていた。

「ありがとう」 

彼女はやっとのことで声を出して、ぐしゃぐしゃの顔のまま笑顔を向けてきた。


落ち着いたら帰ろうと話したので、少しの間雑談をしていた。

「優弥くん、向日葵の花言葉って知ってる?」

唐突な質問で俺も少しびっくりした。

花言葉なんて今まで触れたことなかったし、全く分からなかった。

俺が悩んでいると彼女から先にネタバラシをしてくれて、

「向日葵はね、色々あるけど

“貴方だけを見つめる“って花言葉があるの」

と言ってこちらをじーっと見つめてきた。

彼女がその行動に何を意味したかは分からない。けれど俺は気がついたら

彼女の手を握っていた。

「笑美、」

と呼んで笑美の方に身体の向きを変えると

笑美は頬を染めながら目を瞑ってきた。

そして俺は笑美の肩を掴んで顔を近づけていた。

これが俺の中で最初で最後のキスだった。

この瞬間だけ、俺は本当に生きているかのような感覚だった。

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