第五章 罰
〜 一年前 〜
軍道笑美は今日も病室の窓を見てため息をついていた。
自分が高校入学間際に難病にかかってしまったことへの理解に苦しんでいた。
「なんで私…みんなみたいに学校に行けないんだろうな」
そんな独り言を吐き出して、今日も病室の片隅でゲームをして遊んでいた。
一人っきりの病室で鳴り響くゲーム音が、より孤独さを増していた。
コンコンと部屋の扉をノックする音がしたので、はい。と返事をしてゲーム機を閉じると、いつもの様に看護師さんが入ってきた。
お父さんもお母さんも、私の病気の為に仕事を頑張っているせいであまり会いに来てくれなかったし、
学校に行っていないから友達なんてものが来るはずも無かった。
看護師さんがいつもの様に花瓶の水をかえていると、話を振ってきてくれた。
「そう言えば、今度笑美ちゃんの学校体育祭やるらしいわよ」
「体育祭…ですか」
私とは全然無縁な話だったが、やはり自分の学校の話になると気になるものだった。
「私も元気になったら体育祭出れますかね」
「勿論よ。一緒に病気治しましょうね」
と、看護師さんの優しい言葉がいつも元気をくれた。
そこから私は気になって、自分の学校の体育祭について調べた。
「…三日後にあるのか」
たった一回だけなら、病院を抜け出しても良いのかな。
そんな軽い気持ちで私は学校のサイトを見ていた。
体育祭には出れないけど、自分のクラスメイトに会ってみたいし、どんなものか見てみたかった。
私は三日後、この病院を抜け出して体育祭を見学しに行こうと思った。
そして体育祭当日。
私はいつも通り看護師さんの見回りを終えた後、私服に着替えて猛ダッシュで病院を駆け抜けた。
幸い誰にもバレなかったらしく、振り向いても誰も追いかけては来なかった。
久々に外に出た私は、新鮮な空気がたまらなく心地よかった。
少し歩いていると信号に立ち会ったので、青になるまでスマホで地図を開いて学校の位置を確認していた。
ふと前を見るととっくに青になっていることに気がついて慌てて渡っていた。
横断歩道を渡っているとき、スマホについていたはずの向日葵のキーホルダーがついていないことに気がついたのだ。
「え?あれ?」
と言って振り返ると信号を渡る前のところに
キーホルダーが落ちていることに気がついた。
それを一人の少年が拾っていたので、
「それ、私の!ありがとう」
と大声で声をかけて少年の元へ走っていくことにした。
すると少年がこちらを見て目を見開いていた。
私はなんだろう。と思って少年を見ていると、視界に一つの信号機が視界に入ってきた。
それは今まさに私が渡っているこの横断歩道の信号機で、点滅を終え、赤になっていた。
まずい。
そう思って少年の元へ走るが、ここの横断歩道は少し長かったせいか、気がついたときには車が走ろうとしていた。
曲がり角から来ようとする車は死角の歩行者の存在なんて見える訳がなかった。
その瞬間全てがゆっくり動いた感じがした。
あ、死ぬ。
そう思って、死ぬ恐怖から走っていた足が動かなくなってしまった私は立ち尽くしていた。
多分、私のことが見えていた人達が叫んでいたというのは分かった。
誰もがキャーキャー叫ぶ声が聴こえてきたからだ。
ただ、いつもより周りの声や音が小さく聴こえて、反射で足が動くことも無かった。
全てを受け入れようとした瞬間、キーホルダーを拾っていた少年が私の方へ全力で駆けてくるのが分かった。
彼は私のことはおかまいなしに、私の身体を力めいいっぱいに押した。
彼に押された瞬間、私は時間の進む早さが直り、現実に戻された。
数秒前まで生きていた彼は息をすることもなく、静かに眠っていた。
私は何も動けず、周りが心配の声をかける中も無視をして、眠っている彼を眺めていた。
その後彼が病院へ緊急搬送されたこともあって私は野次馬がうるさい中、
何事も無かったかのように一人で病院へ後戻りした。
勝手に病室を抜け出したことはバレなかったが、私自身やっていることが最低最悪だと言うことも分かっていた。
けれども、余命が少しだと言われてる私のほんの出来心で人を殺してしまったということが、どれほど最悪か、どうしても実感できなかった。
その日からただ私は早く自分が死ぬことだけ望んでいた。
後になって話を聞くと、彼は同じ高校で更に同じクラスの男の子だったということが分かった。
名前は矢光優弥というらしい。
珍しい名前だったが、私はその名前は絶対に忘れては行けないと何度もメモをした。
何度も似顔絵も描いた。
あの人を記憶しなくてはいけない。
絶対に忘れてはいけない。
それが何ヶ月も続いたある日、
私は気分転換に近くの公園へと向かった。
一度人を殺めてしまった私に、病院を抜け出すという罪悪感なんてこれっぽっちも無かった。
公園へ着くと一人の少年がフラフラして自販機前に立っていた。
どうしてもその様子が放っておかなくて、声をかけた。
「大丈夫ですか?ベンチ、座りましょう」
頑張って作り笑顔を見せて彼に話しかけたが、私は一瞬でその笑顔を彼に崩されてしまった。
私が話しかけた相手があまりにも優弥さんに似ていたからだった。
気がついたら本人に「優弥さん?」なんて声をかけていて、私自身何を言ってるんだろうと思いつつも、口が止まることは無かった。そしたら彼は私が求めていた様に、
矢光優弥であることを次々に証明してきたのだ。
きっと、彼本人なのだろう。
今まで幽霊という概念なんか考えたことも無かったが、私はすんなりとその存在を受け入れることにした。
それよりも私は彼をここで逃すわけにはいかなかったから、電話番号を書いた手紙を渡した。
そしたらどういうことだろう。
彼から本当に連絡が来て、本当に会いに来てくれて、本当に遊びに付き合ってくれた。
私自身驚いた。
けれど、もしかしたら彼は生きていたのかもしれない。
本当は亡くなったことになっているだけで、生きているのかもしれない。
そう思い、私は優弥くんに家のことをなんとか聞き出して、優弥くんの家を尋ねた。
「私は優弥くんの同級生です」
という嘘はついてないが、最低な言い回しで家の中に上がらせてもらった。
けれども、そこに広がっていたのは現実だった。
リビングの隅に広がっていたのは彼の仏壇だけだった。
リビングを見渡しても彼本人はいなくて、
やはり私の今までのは幻覚だったのかな。
なんて思っていた。いや、できることならそうしたかったんだ。
なのに次の日も次の日も、またその次の日も、彼は当たり前の様に笑顔で会いにくるからり胸が痛かった。
これが、きっと私にとって一番苦しい罰なんだろうな。
そう思いながら私は病室の片隅で毎日泣いていた。
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