第三章 わからない
「ここ行きたい」
軍道さんと出会って一週間が経っただろうか。
今日も俺は病室に遊びにきていた。
彼女が行きたいと指差したのは近場の遊園地で五、六個先の駅が最寄りの場所だった。
「遊園地?良いよ。心臓とかには影響ないんだよね?」
大丈夫。と笑っている彼女を見て順調に話を進めていたが、実際俺は遊園地などと言った賑やかなところはあまり得意ではなかった。というのも、行き慣れてないことも原因の一つだとは思う。
しかし、こんな楽しそうに笑う彼女を見て得意じゃないと言う理由で行きたくないと言うのは個人的に言いづらかったし、
何より俺自身、この子と一緒に過ごすのは嫌いじゃなかった。むしろ好きな方だ。
ニコニコしながら予約手続きをする彼女を見て心が和んでいった。
「そういえば、何でここ行きたいの?」
「私、遊園地行ったことなかったの」
と意外な回答をしてきたが、よくよく考えてみると病気持ちならあまり出かけられないか。とあっさり結論に至っていた。
「それにここ、向日葵畑が夏限定で観れるらしいの」
そういえば軍道さんは向日葵のキーホルダーも持っていた。
「向日葵、好きなの?」
「うん、大好き。凄く好き。」
そうなんだ。と応えようとすると次に彼女は意味がわからないことを言ってきた。
「でも、嫌い」
俺にはさっぱり意味が分からなかった。
凄く好きと言った後に嫌いとか言い出すなんて、矛盾そのものだった。
「え、なんで?今好きって言わなかった?」
「言ったよ」
「じゃあなんで嫌いとか言うの?」
「なんでだろうね」
彼女は俺から目を逸らし、教えたくないと言わんばかりに集合場所などの話をし始めて、その話を流してしまった。
初めてこの病室に来たときのことといい、
たまに彼女は理解できないことを言う。
けど、出会って数日の仲ではあまり深く探るなんてこと俺にはできなかった。
数日後、俺は遊園地に行くと約束してた日に朝早く駅で待っていた。
趣味の話や業務連絡で埋まっていた彼女のメッセージのやり取りを眺めて待っていると
「優弥くん!」
と俺を呼ぶ声がした。
スマホから目を離すと目の前に白と黄色のワンピースを着た可愛らしい軍道さんがそこに居た。
思わず可愛いねと言おうとしたが、引かれでもしたら困るので言葉を飲み込んだ。
「早速行こうか」
と言って俺たちは駅のホームに入った。
駅で切符を買う彼女は慣れてないらしく、ボタンを押すのに一生懸命だった。
無事に切符も買えて電車に乗っていた俺達は特に喋ることもなく、黙って電車の揺れ心地を楽しんでいた。
電車にあまり乗ってなかったからか、妙に彼女はうずうずして笑顔だった。
そして笑顔のまま、頭を俺の肩にぴたっと寄せてきた。
思わずドキッときて彼女の方を見るとこちらの様子を伺ってるかの様にジーっと見つめてきた。
「な、なにしてるの?」
俺は緊張して少し声が詰まってしまった。
「これ一度やって見たかったの。ほら、青春ぽいじゃん」
と笑顔で言う彼女に漫画の見過ぎだ。とだけ言ってそっぽをむいた。
俺自身、まんざらでもなかった。
すると目の前に座っている五、六歳だろうか。小さな女の子がお母さんらしき人と座ってこちらを見ていた。
「ねえママ?なんであの人…」
とこちらを指差してお母さんに話しかけていた。
この行動がそんな珍しかったのか?
と思いながら無視しようとしていると、
軍道さんが急に立ち上がり俺の腕を引っ張った。
「え、ちょ、軍道さん?どうしたの?」
彼女は俺の声を無視して腕を引っ張りながら隣の車両へと移った。
「軍道さんってば、周りからなんか言われるの嫌だったの?」
改めて俺がそう聞くと軍道さんは目を逸らしていた。
彼女がいつも誤魔化すときの癖だった。
「まあそんなもんだよ」
そう言ってまた俺の方を見て笑いかけていた彼女だったけど、やはり隠している様子だった。
電車を降りてしばらく歩いていると、遊園地のアトラクションだろうか。
高めのジェットコースターが見え始めた。
まさかあれに乗らされないだろうな、と不安に思っていると
「あれ乗ろうね!」
と彼女が笑顔で言ってくるものだから思わず口が硬直してしまった。
俺が絶叫系が苦手だと察知したのか、彼女は小悪魔の様な顔をしてニヤニヤしていた。
しばらく遊園地を楽しんでいた俺達は昼飯を食べることにした。
彼女が店員さんを呼び
「このクリームソーダ二つください」
と声をかけていた。すると店員さんが、
「え、二つですか?」
と言ってくるので俺が疑問に思っていると、
彼女は俺の方を一瞬見てきて
「はい。二つです」
と早口で答えていた。
気のせいかもしれなかったけど、俺には軍道さんが少し焦っている様に見えた。
失礼します、と店員さんが帰って行った。
「さっきの店員さん、なんで二つか聞き直したんだろうね」
俺は素朴な疑問をすると彼女はやはり話を流す様に
「さあ。よくわかんないや」
とだけ言ってきた。
ただそれだけだった。
ただそれだけなのに俺は少しイラっときてしまった。
前々から彼女はたまに俺の真面目な話などを流そうとすることがあった。
「なんでいつもそうやって話逸らすんだよ」
軍道さんは俺がそんなこと言うとは思わなかったのか、目を丸くして驚いていた。
俺自身も、何を言ってるのかと思って驚いていた。
そんな些細なことでキレるなんて俺らしくなかったと思う。
けれどもきっと、いや絶対俺は軍道さんのことが好きなんだと思う。
だからもっと知りたくて、彼女がこの世から消えてしまう前に沢山のことを話して欲しくて、気を遣って欲しくなくて、きっと怒ってしまったんだろう。
沈黙の時間が続いた。
「…ごめん」
少し熱を冷ました俺から謝罪した。
なんなら彼女だって言いたくないことぐらいあるだろう。
まだ出会って少ししか経っていないのに、二人で遊園地に来たことで浮かれていたらしい。しかし、彼女が放った言葉は意外なものだった。
「いいよ、理由教えてあげる」
「え…?」
聞き間違えかと思った。
そもそも俺の勘違いだったかもしれないのに、彼女は俺の気持ちを全て読み取っているかのように静かに言った。
「私が、優弥くんの話を流すときがある理由教えてあげる」
俺が息を飲んだそのとき
「お待たせしましたー」
とやる気のない店員の声と共に頼んだものが俺たちの前に置かれていった。
「…先に飲んでから話そっか」
相変わらずえへっと笑う彼女を横目にクリームソーダを見ていた。
綺麗な緑色をした氷がカランと音を立てた。
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