余韻 物語が始まる

   ○○○

 それは、エアルトお嬢様との久方ぶりの再会を果たしたあの朝の続きだった。


『三つ目は………………ランページ家の一人娘を養子に迎えられます』

『じいや……………………まさか貴方はそこまで考えてるの?』


 エアルトお嬢様との再会。それは復讐譚の伏線であると同時にわしの人生、そして大事な孫娘の人生の転換期でもあった。


『…………じいや、己の孫を貴族に預ける意味をわかっているの? もう二度と会えないかもしれないのよ?』

『わかっています。わしはもうこんな歳です、孫娘もわしの顔なんぞ覚えていないでしょう。そんな顔も知らないじじいよりも、貴女様の下で立派な淑女にしてやって下さい』


 ロンド家が没落することはロンドの奴に奪われたソリアの人生を取り返すことと同義であった。

 しかし取り返した後はどうする。貧民街の売れない作家のじじいが成人前の娘を育てることなぞ不可能だ。


『もし何かあっても私の頭脳が必ず貴女様の助けとなります。ですからどうか………………』


 だから頼むしかない、ダリアンの社交界を震わせた『劇作家』の『一生』を担保にしてでも。


『………………どうか孫をよろしくお願いします』


 ああ、何十年ぶりだろう。誰かのために心の底から懇願するというのは。

 ………………だが後悔は、無かった。




   ○○○

「それじゃあ今回のゴタゴタの解決を祝って…………」

『カンパーイ!!』


 新聞の中で『ロンド放火事件』と呼称された一連の騒動は一旦の終わりを迎えた。

 被害に遭ったアルアンビー家の賠償やらの後始末などは残っているが、それらは街に生きる民には関係のないこと。

 貧民街の住民であるわしらただ酒場に集まり、酒を飲み交わすだけだ。


「いやぁ、本当に疲れたよ。一週間ぐらいしか経ってないのに数ヶ月は動いた気分だ」

「確かにそうですね。とても濃くて奥深い数日でした」

「あはは〜、でもブルース君よりはマシでしょ〜」

「放火事件の主犯にされて、牢屋に放り込まれましたからね。あと矢が肩に刺さったこともあったなぁ、あの時は本当に死ぬかと思いましたよ…………」

「本当にお大事にしてくださいね。ブルース様」


 耳にする他愛の無い話を肴に味の薄い酒を飲む。

 ここ数日の苦労の代価としては少々陳腐だが、今のわしには上等なものだ。

 

「でもソルちゃんが無事で本当によかったです。また一緒に遊べるといいなぁ」

「そういえば彼女、レイちゃんのことをお姉ちゃんって言って慕ってたね」

「おお、なら私はレイちゃんのお姉ちゃんだからソルちゃんも妹だね〜!」

「飲み過ぎだぞ、酔っ払い」


 まったく、ダリアンの歴史を変えたと言うのに此奴らは変わらないな。だがそれでこそある意味で安心できるという事なのだろう。

 

「……………………ふん」


 さて、長らく放置していた作品の続きを書こうか。


「"騎士は嘆きの慟哭を高らかに奏でる。『泣き叫べ。己の犯した罪を誇るように! 貴様が殺した者達の耳へ聞こえるように!!』。その声に呼応するように、その手に持つ復讐の刃を貴族の喉元へと押し当てた。これを引けば万事が終わる。

  同時、力の込められた刃を見た貴族は涙と共に笑い狂った。『貴様が何をしようと貴様が求めたものは何も帰って来ない! そして覚えておけ。その刃を引いた瞬間、貴様の未来は暗き絶望に染まるだろう!』"」


 すらすらと書き慣れた復讐譚が綴られて行く。

 復讐譚、悲劇譚、崩壊譚。これらの作品はもはや己の事のように書き連ねれる。

 この領域はわしの独壇場。まさしくダリアン一の作家という自負がある。


「貴族の残した最後の言葉。絶望の嘆きとも取れる遺言に復讐の刃を向ける騎士は…………………」

 

 だが、ここまで筆が走るというのに、頭の中では言葉で説明ができないもどかしい感情がふつふつと集まって来ていた。

 脳裏に発する違和感はこと恐ろしげだというのに、どこか争い難い心地良さがあった。


「………………………いや」


 違うな。

 この感情は違和感ではない。これは言うなれば作家としての『直感』と言ったところだろう。


「ヴォリス様、急に手が止まりましたがどうかしましたか?」


 いつものわしとは違う光景を見てレイの嬢ちゃんが声をかけて来た。


「ん? ああ問題は………………ッ!」


 その純真に小首を傾げる彼女を見て、脳裏に浮かぶ直感の確信を得た。

 その正体はまさしく、『復讐譚とは違う物語が書きたい』という作家としては当たり前にあるもの。


(なるほど、これが物語をしたいという感覚か…………!)


 今のわしが書きたいのはこんなドロドロとした粘性のある業火のような話ではない。

 例えるなら、青空の下で水を飲むような爽やかで整然とした話を書きたい。それこそ小さな子供でも気軽に読めるような、『楽しい物語』を。


「ソリアにも文字で彩る景色の素晴らしさを伝えたいからな。…………ふん、まさかわしがこんなことを思い付くとはな」


 我ながら滑稽極まりないと自嘲するのも仕方ないだろう。

 だが楽しい物語を考えている最中、小さなテーブルを囲う飲み仲間と書いている物語について語り合う時はとても楽しいだろうな。


(だが…………………………)


 だがわしにはそれらの物語を書くための背景バックが無い。今の今までに復讐譚やら暗い物語しか書いていなかったのだから。

 知らない事はえがけない。無情なことだがそれがわしの作家としての弱点であり誇りなのだ。


 だがそれでも書いてみたい、明るい物語を。

 ならばどうするか。


「おい、貴様らに頼みがある」


 そんな時こそ頼れる飲み仲間に尋ねるに限る。

 お人好しの此奴らの事だ。例え『劇作家』でなくともこの後に続く言葉は容易に想像が付く。


「お、またか。何が頼みたいんだ?」

「良いですよ、何でも聞いてください」

「今回の立役者だからね〜」

「もちろん良いですよ」


 唐突な頼みも此奴らにとっては何でもない酒の肴なのだろう。笑顔と共に了解の意を示してくれた。

 そうしてわしは己の知らない物語について仲間達に問いた。


「わしに恋愛小説の王道について教えてくれないか?」

「「「「え???」」」」


 そんなわしの質問を聞いた此奴らはイスごと転げ落ちそうなほどに驚きおった。

 まったく、わしをなんだと思っているんだ。

 だが、まあこの何気ないやり取りもある意味では心地良いものだな。


(ソリアよ、いつかお前の手にわしの書いた物語が届くことを……………………いや絶対に届けてやろう。誰もが目を光らせ、心が躍る楽しい物語おはなしを)








――――――――――――――

 これにて第四章『然して舞曲は奏でられる』は終わりです。

 レビューや感想、いいねをくださると今後の活動の励みになるので是非ともよろしくお願いします。


 ここまでご覧いただき誠に有難う御座いました。


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