第48話 輪舞の急・閉幕の余韻(カーテンコール)

   ○○○

 裁判が終わり皆々が帰路に着き夕焼けに染まり始めた大劇場の貴賓室、本来なら選ばれし者しか踏み入れられないこの部屋に俺は立っていた。


「………………資産四分の三と大劇場の没収、十二貴族会議にて反貴族組織との繋がりの公表した後、三年以内にダリアン国への退去命令、か」

「不満そうだな。なんだ、私にでも飲ませたかったのか?」


 側には不機嫌そうに息を漏らすヴォリスさんと、ワイン片手にソファでくつろぐロンド卿の姿。二人の事情は知らないがどちらもどこか強い疲労感が漂っていた。


「そも考えてみろ。私がやったことは放火の首謀だ。国家転覆とは罪の重さが違いすぎる。死者も一人も居ないしな」

「ふん、ソリアと執事を誘拐しておいてよく言うわ」

「あれは私の娘だぞ? 他家の者ならまだしも身内の誘拐なぞ家族の喧嘩に過ぎない。家族の喧嘩に裁判所スカースが割り込むのはナンセンスではないか?」

「ナンセンス…………か、わしと貴様が同じ部屋にいること以上にナンセンスな事はないがな」

「まったくだ。そもそも何故お前は落ち込んでいる?」


 半ば八つ当たりのようにグラスに入ったワインを啜るロンド卿。

 そう、あくまでロンド卿が受けたのは放火事件についてのみだ。誘拐事件とその他の謀略についてはうやむやに終わってしまった。

 とはいえその罰自体が『資産の大半の没収と実質的な国外追放』とかなり重いものではあるが。


「ロンド家は実質没落したも同然。民衆からの評判も最悪。お前にとってこれ以上無い最高の結果ではないか。さすがは『劇作家』だ、老いてもなお健在だったな」

「その名で呼ぶな。吐き気がする」

「十二貴族の賞賛はお気に召さなかったか? まあいい」


 その言葉と共に飲みかけのワインを置いてロンド卿はソファから立ち上がり扉の方へ向けて歩いて行く。


「これから忙しくなるのでな、私はこれで失礼する。お二人は好きなだけくつろいだ後に帰ると良い。それではハートの騎士と領主コンコ殿、ご機嫌よう」

「ええ、ご機嫌よう」

「………………ふん」


 そうしてロンド卿が去った貴賓室に俺とヴォリスさんが残された。

 俺達以外に誰もいない大劇場の舞台はどこか神秘的でありながら退廃的な空気を醸し出している。


「………………ブルース、悪かったな。わしのせいでお前に大きな怪我をさせてしまった。そしてソリアを助けてくれた事に感謝する」

「ええ………………、こちらこそ新聞に載っていたヴォリスさんの作品のおかげで放火の罪を逃れる事ができました。ありがとうございます」

「そうだな、あれは半分賭けだったがお前は見事に応えてくれた」

「そうですね…………」

 

 力無く笑うヴォリスさん。その顔には安堵の表情が浮かんでいた。

 確かに新聞に載っていたとしても俺がそれを目にする可能性は低かった。あの時はアルアンビー家に捕まっていたのもあり尚更だ。そして作品の内容からソリアお嬢様の居場所を読み取らなければ、あの狙撃手との戦闘時にレイさんが乱入しなければ俺は今頃死んでいた。


 つまるところ今回の一件は様々な幸運によって成し得た奇跡とも言える内容だったのだ。

 我ながら今生きているのが不思議なぐらいだ。


「それで、ソリアに怪我は無かっただろうな?」

「ええ、もちろん。………………フフッ」

「? どうしたんだ?」


 これはいけない。

 ついついを思い出して笑ってしまった。


「ああ、いえ。実はソリアさんの救出のことなんですけどね」


 そうして俺は微笑み混じり語り始める。

 今回の一件で語られない、一つの裏側を。




   ○○○

 狙撃手を倒した後、俺とレイさんはソリアお嬢様が監禁されているであろう場所へと向かっていた。

 さすがに高い倉庫の屋上から飛び降りた衝撃はなかなかのもので所々痛む身体に鞭打ちながら前へと進んだ。


「青レンガの家…………間違い無い」

「ここにソルちゃんがいるのですね。………………行きましょう!」


 そうして監禁場所である青いレンガの家へと乗り込んで行く。

 家に入った瞬間にレンガ特有の泥臭い香りが俺達を出迎えた。


「泥臭いな…………青いレンガでもこの匂いは変わらないんだな」

「? これって………………」

「どうしましたか?」

「…………いえ、大丈夫です」


 どこか訝しげな顔を浮かべているレイさんと共に爽やかな香りが漂う玄関を抜けた先にある扉を開くと、そこには信じられない光景が目の前に広がっていた。


「そこのもの!」

「へ、へい、何でしょうかお嬢様?」

「わたしはあまーいお菓子が食べたいわ!」

「わかりやした、今すぐ用意します! おいお前ら! お姫様は甘いものをご所望だ! すぐに買ってこい!」

「ええ!? さっきは三時間も遊びに付き合わされてへとへとなんすよ………………」


 そこには脚の長い椅子に座ったお嬢様が手前にあるテーブルをトントン叩きながら反貴族組織であろう男達に命令している光景が広がっていた。


「つべこべ言うな! お姫様の頼みが聞けねえのか!!」

「ひ、ひぃ! わかりやした、今すぐ買って来やすぅ!」

「わかればよろしいわ、おーほっほっほっほっー!」


 ここ数日に無理難題な命令をされ続けていたのだろう。男達の表情からは育児疲れとも見て取れる疲労が帯びていた。

 この光景には流石の俺も同情してしまった。悲しいことに。


「………………ソリアお嬢様、どうやら助けが来たようですよ」

「え? あ、おねえちゃん!!」


 そんな辟易とした空気の中で一人傍若無人に振る舞うお姫様と呼ばれた少女こそがロンド家のご令嬢であるソリアお嬢様であり、俺の救出すべき対象だった。

 そんなソリアお嬢様は執事服のご老人の言葉を聞いて嬉しそうな声で俺達に向けてぶんぶんと手を振るのだった。




   ○○○

「どうやら奴らのリーダー…………俺を襲った狙撃手が『絶対に傷一つ付けるな、機嫌を損ねさせるな』と命令したらしいです。

 おかげさまで奴ら、お嬢様の子守りでへとへとになったみたいで、俺達が助けに来たのを見てすぐにお二人を引き渡してくれましたよ。………………フフフッ」


 わがままお姫様とそれに従う荒くれ者達。

 あの時の光景は本当に面白かった。まるで真冬の雪が綺麗の溶けるぐらいには笑わせてもらった。


 とはいえ慣れない環境に長時間居続けた影響だろうか。ソリアお嬢様は裁判が終わる前には執事の腕の中でぱったりと夢の世界に旅立っていた。


「クククッ…………ハハハ!」


 そんな俺の説明にはいつも仏頂面を浮かべているヴォリスさんも表情を緩めた。

 頭を抱え、本当に愉快そうに笑っている。


「おい、今日の新聞に載せられたわしの小説で、拐われたご令嬢を救出する直前の場面は覚えているか?」

「ええ、確か『鎖に縛れて身動き一つできない状態』でしたよね」

「だが現実のソリアは拐われる前より遥かに自由だった! いやはや、わしでもこの展開は想像できなかった! この『劇作家』ヴォリス・ランページがだぞ? ハハハハハハ!!」


 その笑い声がまるで一つのメロディのように、その声色は強かで愉快なリズムを奏でていた。


「どんな悲劇でも笑って楽しみ、皆を振り回した挙句に嵐が過ぎ去ったかのように眠る。ソリアよ、やはりお前はヴェルトの子だ!」


 ある者は冤罪を掛けられ、ある者は奔走し、ある者は全てを失った。この慌ただしい数日は今回の一件に関わった者にとってそれはまさしく苦難の日々だったろう。

 しかしそんな中、誘拐されたソリアお嬢様は誰よりもこの数日を満喫していたのだ。本来なら誰よりも泣きたくなる筈なのに。


「本当によかった! 本当に…………! ハハハハハ!」


 だからヴォリスさんは笑ったのだ。己の考えの上を行く穢れのない『純真』さに。

 

 そして、ひとしきり笑ったヴォリスさんは清々しい表情を浮かべながら席を立ち俺の顔を見てこう言った。


「ブルースよ、黄昏の家に行くぞ。今日はわしの奢りだ」

「………………ええ、ご馳走になります」


 こうして、沢山の人達を巻き込んだ『ロンド家の衰退の序章』というダリアンの歴史に残るであろう今回の舞台は終わりを迎えた。


『…………………………』


 そして誰も居なくなった大劇場の舞台の上では、か細い蝋燭達が憂鬱メランコリー哀歌ブルースを歌うみたいに燃え続けていた。

 ………………まるで別れを惜しむように、その来るべき別れに向けて捧げるように。

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