第47話 幕引きは極上の笑顔と共に
○○○
「ロンド家は…………放火事件とは無関係だ。よって私に償うべき罪は無い」
大劇場の中心にある舞台の上で、放火事件の首謀者として告発された貴族………ロンドは自身に降り掛かろうとしている罪の関与を否定していた。
『ロンド殿、この期に及んで何を言っている? 現に貴方が反貴族組織と取引を交わしたという書類がエアルト卿から提出されているではないか』
「その通りです。ロンド様、素直に罪を認めれば情状酌量の余地があるはずです」
突如として発せられたロンドの主張に、ワルツ卿は苦言を呈し、エアルトお嬢様がそれに同調する。
動機に証拠。全てが揃っているこの状況で告げられたこの言葉を誰もが無意味な悪あがきだと思ったのだろう。
「いや………………、ロンド卿の言う通りだ。知らないというのなら卿は放火事件に関係ないのだろう」
「アルアンビー様?」
ただ一人を除いて、だがな。
ロンドから脅されている原告のアルアンビー卿は奴の主張を飲むしかない。拒否すれば貴族としての信用を失うことになる。
「待ってくれ、アルアンビー殿。急に意見を翻ストはどういうことだ?」
「………………そうです。先程までロンド様が放火事件の首謀者と言っていたではありませんか」
とはいえこんな結末に納得できないのはエアルト家とワルツ家の当主だ。ここぞという場面で梯子を外されて黙っていられるはずはない。
まあその言動から考えるに、エアルトお嬢様の方はアルアンビー卿の抱える問題について察しているだろう。
しかし悲しいことだが、この劇場内にいる彼らではその問題を解決することはできない。
原告であるアルアンビー卿自身がロンドの放火事件の関与を否定することは、この裁判自体が意味をなさなくなるということだ。
「つまり原告は訴えを取り下げるということでよろしいのですか?」
「…………………………」
裁判長であるスカース卿の問いにアルアンビー卿は痛々しげに口を噤む。
当然だろうな。ここまで来て引き下がるということはロンドの策…………自作自演のロンド家ご令嬢誘拐というありもしない罪を犯したと認めることと同義なのだから。
前へ進めば貴族としての信用を失い、引き下がれば無実の罪を被ることになる。
「原告、どうされたのですかな?」
「………………………………」
「ふん、どうやら原告は体調が優れないようだな」
故に沈黙を貫くしかない、それしかできない。
ふん、まったくあの男も碌でもないことをしたものだ。
だが、それももう終わった話だがな。
「………………失礼します」
静寂に包まれた劇場の観客席。
その先のロビーに繋がる扉から底のあるアルトボイスが響き渡った。
声の先には血と砂埃に塗れた緑髪の青年と、まるで人形のように可愛らしい幼い少女と燕尾服を身に纏った執事の姿があった。
「クレイング殿? 何故君がここに? それにそちらのお二人は…………」
「ワルツ卿、今まで姿をお見せできなくで申し訳ありません。私は今までひょんなことから賊に誘拐された、ソリア・ドゥ・ロンドお嬢様と彼女の執事を救出するために動いていたのです」
「そうなの! わたしとじいやはわるい人達に誘拐されていたのよ!」
「………………ともかく今からそちらへ参ります。さ、お嬢様」
そう言いながらクレイング………………ブルースは手を繋いだ少女と執事と共に観客席を抜けて舞台へと登って行く。
そんな唐突に現れた乱入者達を舞台の上の役者たちは皆困惑とも、怪訝とも言えるような顔で見つめていた。
「そちらのご青年、誘拐とはどうゆうことで?」
「ある情報筋から反貴族組織によってロンド家のご令嬢と執事が誘拐されたことを教えてもらったのですよ。それを私が救出しここは連れて来たのです」
「ロンド家…………?」
その名を聞いて舞台の皆が一斉にロンド家の当主の方を見る。
注目を集めたロンドは白々しい笑顔を浮かべてソリアの方へと歩み寄った。
「おお、そうだったのか! そこの者、我が娘と執事を助けてくれて誠に感謝する。すぐにでも褒美をやりたいが今は取り込み中でな。後ほどまた会おうではないか」
その口から発せられた言葉は笑顔以上に白々しい代物だった。
忌々しいことこの上ない。さながらドブ川に浮かぶ害虫の死骸を見た時のような人を不快にさせる演技だ。
「旦那様」
だが切り札を失った奴にもはやなす術はない。
己に仕える執事を拐った時点で、………………それをわしらに見られた時点で奴は詰んでいたのだ。
「お嬢様の誘拐を計画したのは旦那様自身でしょう?」
「………………何を言っている?」
「狙い澄ましたかのように襲われた馬車、屋敷周辺の土地勘、私達を監禁した場所。挙げればキリが無いほどに全ての状況が旦那様が首謀者であると指し示しているのです」
「………………付け加えるなら、監禁場所の周辺を警護していたのはロンド卿に仕えていた騎士でした。身元はおそらく反貴族組織の者でしょうが」
自作自演の誘拐事件に反貴族組織との繋がり。
並べられる証言の衝撃に皆は黙るしかなかった。
そうして五秒ほどの静寂が生まれた頃だろうか、今まで黙っていたアルアンビー卿が震えるように口を開いた。
「ああ、私は被告人に脅迫されていた『訴えを取り下げなければアルアンビー家が拐ったとされているロンド家のご令嬢に消えない傷が付くことになるだろう』と」
「…………被告人、それは事実ですか?」
「クックックックックッ……………………ハッハッハッハッハッ!!」
ここまで来てしまえばもはやどうすることもできない。
そう観念したロンドはでっぷりと膨らませたお腹を揺らしながら愉快そうに笑った。
「ああ、認めよう。私は己の娘を誘拐し、その罪をアルアンビー家へと被らせようとした。まあそこの騎士のおかげでご破産だがな」
その瞬間、ガベルが振り下ろされ、舞台は幕を下ろした。
ロンドは判決が言い渡されるまでの間、お腹を震わせながら延々と笑い続けていた。
まるで終わる事のない
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