第43話 『ハートの騎士に告ぐ!』
○○○
"ハートの騎士は人々によって作られた荒波を掻き分けて走っていた"
「ロンドの野郎! ふざけるなよ!」
「被害者に謝れ!」
「何がダリアン一の舞台王だ! 顔を見せやがれ!」
「まったく、こうも人が多いと前に進むのも一苦労だ………」
"暖炉の前で安楽椅子に揺られながらマフラーを編む老婦人の針山と見違うような人々の群生は一様にして同じ怒りを込めた赤色の音色を奏でている。人混みを掻き分けたとて耳鼻を刺激する声量が変わることはない。辟易しながらもハートの騎士は守るべき存在を助けるため、ただひたすらに真っ赤な嵐の螺旋をひたすらに走り続けた"
「ギリー・ブッチャー精肉店…………ようやくか」
"一人抜け、また一人抜け、数えることも億劫となった頃にようやく人の少ない通りへと躍り出た。先程までとはまるで違う静けさ、時折耳にするカラスの鳴き声が不穏という名の不安を募らせていく。
葬儀屋は言った。『通りの二つ先の道を左へ、その一つ先へ向かった道を右へ、最後に三叉路を右へ進めば彼に会えるはずでしょう』と。それはまさしく穴倉の中に垂らされた一筋の金糸。ハートの騎士は教えに従い道を辿るのだった"
「そして…………倉庫の間に囲まれた石壁の小部屋に行くと!」
"道を辿った先、そこには赤い小さな花に囲まれた浮浪者としか思えないみずほらしく情け無い男の姿があった。しかしその男こそ求めていた情報屋だ。男はハートの騎士を一瞥すると、不愉快を露わにしながらしわがれた声でこう呟いた"
「誰だ…………って、テメェはあの時のクソ緑騎士野郎!」
「数ヶ月前に一度会いましたね。確か、ナブラルさん」
「…………クソが! なんで最近は会いたくない奴ばかりがここに来やがる! 炎に包まれて死ねばよかったのによ!」
「そんな悲しいこと言わないで下さいよ。
………………元反貴族組織のナブラル、貴方には聞きたいことがあって来たのです。拒否した場合、この場所について然るべき場所に通報します。まさか逆らおうとは言いませんよね?」
「チッ…………! わかったからさっさと質問して失せろ!」
「ええもちろん。貴方のご協力に感謝しますよ」
"ハートの騎士は男に「この街に蔓延る不法者の根城はどこにあるか」と問う。男は「この石畳の道の底で
ハートの騎士は続けて「
「ロンド家屋敷の近くの青い屋根の家が奴らのアジトなのですね。情報提供ありがとうございました!」
「いいからさっさと失せろ! そんであのクソガキ共々二度とツラを見せんじゃねえ!」
"男と円満に別れたハートの騎士は、男から聞いた情報を頼りに目的地である青い屋根の家へ向かって迷路の如く入り組んだ通りを駆け抜けていく。ひたすらに続く狭い石造りの道りに差し込む影。まるで魔物が潜む洞窟のような様相は騎士の不安を煽り立てる。
だがそれもしばらく歩けば暗い洞窟も出口へと差し掛かる。青い屋根の家が見えて来たのだ"
「見えた!」
"距離にしておよそ人が六十人分並ぶほどか。長らく駆けた末にようやく見えて来たその景色にハートの騎士は安堵の息を漏らす。
…………しかし、ふと一陣の突風が騎士の頬を不躾に叩いて来たのだ"
「━━━━!??!!」
"それは長年の蓄積された騎士としての経験が身体を動かしたのか、ハートの騎士は風の動きに従うようにして横へ跳んだ。
同時に鳴り響いたのは鋭い金属音。そして先程騎士が立っていた場所には迷宮の死角から放たれた襲撃者による殺意の刃が石造りの道の中で無慈悲に佇んでいた"
「グァッ…………!」
"恐るべき襲撃者、銀色に輝く鎧を身に纏ったその姿はまさしく騎士そのもの。ハートの騎士を見下ろすその瞳には暗黒の輝きを灯らせ、今にも殺さんと言わんばかりの……………………
「ヴォリスさん…………
本来の襲撃者とやらは剣を持った騎士などでは断じて無い。右肩の燃えるような痛みがその証拠だ。
我ながら本当に間抜けだ。この可能性を考えることなく無闇に突っ込んでしまったのだから。
「ここは人通りの少ない倉庫街…………、そりゃあ
半ば
瞬間的に走る激痛なぞ、目の前に転がっている死に比べればどうってこない。
そして、さっきまで俺が立っていた場所には一本の鋭い矢が石造りの地面にヒビを作りながら無慈悲に佇んでいた。
ここだけは物語とほとんど同じ光景だ。まったく悲しいことにな。
○○○
人通りの無い迷路の道。
ブルースを襲った襲撃者………………狙撃手は屋根の上でうつ伏せになりながら逃げ行く獲物を静かに眺めていた。
(………………逃げたか、初手を外したのは手痛かった)
心の中で己の失態をぼやきながらも矢をつがえる。
その手慣れた動作に一切の乱れは無く、ピンと張った弦を指で丁寧に引き付ける様はまるでバイオリンを奏でる奏者のように洗練されていた。
(初手で仕留めるつもりだったが二発
狙撃手の初手は完璧に近かった。
主人の野望を妨害するであろう不穏分子が向かうであろうこの通りを待ち伏せし、そして案の定訪れた獲物の心臓をいつものように仕留めるはずだった。
しかし矢を射った瞬間、唐突に突き抜けた突風が矢の軌跡大きくを乱した。その結果心臓へ向かうはずだった一射は目標を大きく外れて右肩へと命中したのだ。
それは狙撃手にとっては大きな誤算だった。獲物を仕留められなかっただけに留まらず自身の存在を感知されたのだから。
(もしや運は獲物の方へ向いているのか? ………………これは考えていても仕方ないか)
そして二射も撃ってしまったことにより、獲物は狙撃手が潜む大凡の方向を察知しただろう。
故に悠長にはしていられない、狙撃手は音も立てずに立ち上がると片目で先程獲物が居た場所を一瞥した。
『囚われた孫を救出するため、あの劇作家は必ず刺客を送ってくるだろう。その刺客をどんな手段を用いてでも殺せ、いつもと同じようにな』
主人からの命令を脳裏で反芻する。
その劇作家とやらが何者かは知らない。が、仕える主人からの命を叶えるのが騎士として…………違う、反貴族の長としての役割だ。
(だがあの身のこなしにあの顔、ワルツに仕えていた奴か。………………皮肉だな。だが何者であろうと必ず仕留める、あのお方の命を確実に遂行するために)
そうして砂埃で汚れた騎士服を五本譜の傷が刻まれた手で払いながら狙撃手………ロンド家に派遣された騎士であり、ロンド卿に使われる反貴族組織の統領『タタボルト』は標的を仕留めるために次の狙撃ポイントへと移動を始めるのだった。
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