第42話 事件の全貌

   ○○○

「ニコロ、改めて助けてくれてありがとう」

「うん、クレンが喜んでくれてボクも嬉しいよ」


 牢を後にした俺は騎士団の団長室へと戻っていた。

 埃に塗れた服も着替え、腹も満たした今の俺はまさしく水を得た魚のように絶好調そのもの。これならどれだけ困難な任務でも無事に乗り切れそうだ。


「それで、俺が捕まっている間にアルアンビー家やロンド家にはどんな動きがありましたか?」

「ここ二日で色々動いたようだよ。ほら、今朝の新聞だ」


 手渡された二枚の新聞を順にに見やる。

 ダリアン一の発行部数を誇るトゥエルブ・デイリー紙の一面は『大劇場前にてロンド家を批判する集会が発生』と落ち着きながらも事の経緯と新聞社の意見を丁寧に解説し最後は『この騒動が一日でも早く収束することを願う』と締め括られている。


 その中にある、事の経緯の中について目が留まる。


「放火事件の首謀者がロンド家………………」


 この文章を見て俺は先日情報屋から聞いた言葉を思い出していた。即ち『ロンド家がアルアンビー家と政争を繰り広げていた』という事実を。

 確かにロンド家には放火を起こす動機はある。しかし俺はこの結論にどうしても納得が行かなかった。

 直感に近い感覚だが、『ロンド家が放火をするのは不可能だ』と思ったからだ。

 

「だけどハンブルグは『貴族に使われる反貴族組織がダリアン十二貴族に対して害を与えようとしている』と言った」

「ハンブルグ? 貧民街の頭領のことかい?」

「ええ、彼曰く今回の件は貴族お抱えの反貴族組織が絡んでいるらしいです」

「なるほどねぇ」


 あの父上ヴァーロンと呼ばれている男が嘘を吐く無礼を犯すはずが無い。しかしそれでは今回の騒動の原因が理解できなくなる。

 もしかしたら今はまだ結論を出すべきでは無いのかもしれない。


「次は………………クラブハウス紙?」

「そこの新聞社がロンド家が放火事件の黒幕と発表したのさ」

「なるほど」


 クラブハウス紙は『故人資料館ライブラリの放火事件の真犯人、ロンド家と断定!』と確信めいた見出しと共にロンド家を熱烈に非難していた。

 まったく、一昨日にはロンド家の執事の誘拐についてアルアンビー家を色々言っていた癖にこうも早く手のひら返しをするとはね。

 ……………………うん?


「誘拐事件………………?」

「おや、どうしたの?」


 ふと考える。

 もしロンド家がアルアンビー家に対して手痛い被害を与えるならどのような方法があるか。


 放火事件は違う、放火ともなれば国中を挙げての大騒ぎになるのは必然。その中でもし自身が黒幕だと発覚した際の損失は計り知れない。最悪、飲む羽目になる。

 そんなハイリスクローリターンな事をするはずが無い。


「でも誘拐事件は…………アルアンビー家に多大な被害を与えた」


 ロンド家ご令嬢の誘拐事件の黒幕にされた結果、アルアンビー家の信用は大きく低下していた。

 おかげで今まで予定されていた葬儀の進行が滞っていたし、アルアンビー卿もロクに寝ることが出来ていなかった。

 実際にアルアンビー家の屋敷を見て回ったから理解できる。あれは間違いなく甚大な被害だった。


「おや、悪い顔をしているよ。クレンがそういう顔の時は決まってロクでもないことを考えてるんだ」

「フッフッフッ…………、違いますよニコロ。俺は『ロクでもないこと』ではなく、『楽しいこと』を考えているんです」

「ほら、やっぱりロクでもない事だ。ボクの言う通りじゃないか」


 アルアンビー家は誘拐事件によって被害を被った。

 その前提が整った途端、情報という点の集まりが繋がり始める。

 一つ、二つと線で繋がった沢山の点は一つの絵図へと形を変えた。


「………………わかりました。今回の事件の全貌が」

「へえ、それじゃあボクに聞かせてくれるかな?」

「もちろん」


 そうして俺は手に持った二枚の新聞をデスクの上に広げ、ポツポツと話始めるのだった。


「まず根本的な目的として、ロンド家はアルアンビー家に対して末代まで残り続ける大きな裂傷を与えようとした」

「裂傷…………言い得て妙だね」

「ええ、信用を第一とする『葬儀屋アルアンビー家』にとってこの傷は致命的です」


 ハンブルグの言っていた事は半分正解で半分間違いだった。

 反貴族組織がダリアン十二貴族…………アルアンビー家に対して与えようとしていた損害とは『故人資料館ライブラリ放火による物理的損害』ではなく『狂言誘拐によるアルアンビー家の信頼低下という社会的損害』を与えようとしたのだ。


「狂言誘拐のキッカケは恐らく俺でしょう。ロンド卿に対してアルアンビー家で起こすを依頼した時に今回の計画を練ったんだと思います。あわよくば俺を誘拐犯にするために」

「アハハハ、最初から利用されていたってことだ! クレンも可哀想だね」

「今日のニコロもいじわるですね。…………ですがロンド卿の計画も不運ないじわるによって狂わせられることになります」


 当初の計画としては反貴族組織を使って自身の娘を誘拐して、偽造した家系の紋章やら何やらを使ってアルアンビー家に罪を着せるつもりだったのだろう。

 ダリアン十二貴族のご令嬢の誘拐、そのセンセーショナルな内容は間違い無く世間を騒がし、アルアンビー家の信用を地の底まで陥れる、はずだった。


「しかし誘拐事件以上の刺激的な事件がアルアンビー家の領地で発生してしまった」

「放火事件だね」


 本来なら各紙面の一面を誘拐事件が独占したはずだった。

 しかしダリアンの歴史的建造物の放火事件という突如して起こった刺激的な業火は誘拐事件などという小火ぼやを簡単に打ち消してしまったのだ。


「ロンド卿はさぞ焦ったでしょうね。何せ世間からの注目が完全に逸れてしまった。色々な伝手を使って放火事件について調査をした筈です、それこそ使えるものならなんでも使ったでしょうね。

 しかしそれが落とし穴だった、まさか己が放火事件の容疑者にされるとは」


 ダリアンの格言の中にはこんな言葉がある。


『暗い洞窟の奥に潜む魔物は不敵な詮索者を食らう』


 その意味は『無用な深入りは身を滅ぼす』と言うようなもの。この格言の通りロンド卿は放火事件…………それにまつわるに執着しその結果としての罠に絡め取られてしまったのだろう。


 魔物の正体はわからないが本当に恐ろしい。まさかダリアン十二貴族の当主を食らおうとするほどだから。


「ですがこれは俺にとって好機でもあります。…………放火の罪をロンド卿が被れば俺の冤罪は霧と消えて無くなります」

「それがクレンの結論なんだね。やっぱり悪いことを考えていた」

「ですがそのためにはロンド卿が行った自作自演の誘拐事件を解決する必要があります。危機的状況になった際、ロンド卿はアルアンビー卿に対して脅しを掛けるでしょうから」

 

 そう、つまり今の俺がやるべきことは『ロンド家のご令嬢の救出』になる。

 しかしそのためにはまだ欠けているピースが残っている。


「拐われたロンド家のご令嬢の居所がわかりません。実行犯がロンド卿の命令で動いている反貴族組織という事ぐらいしか…………」


 この国に潜む反貴族組織など一房のぶどうの実のように存在する。いくら雇い主がわかったとて、これだけの手掛かりでその一つを当てるのは至難の技だ。


 どうしたものか。そう悩んでいるとニコロが大きなため息と共に口を開いた。


「…………………ここまでまったく同じだと怖くなるなぁ」

「同じ、とは?」

「クラブハウス紙の裏面を見てごらん。偉大な作家の『新作』が載ってる」

「新作?」


 脳裏に疑問を浮かべたままクラブハウス紙を裏返しその中身を見た。

 そこには『ハートの騎士に告ぐ!』というタイトルの名付けられた模倣小説パスティーシュが掲載されていた。


 その内容はハートの騎士が拐われた貴族のご令嬢を救出するために奔走すると言ったものだった。

 しかし驚くべきことは誘拐事件に纏わる陰謀。ご令嬢の誘拐は彼女の父親による狂言誘拐であり、敵対する貴族を貶めようとする陰謀だったのだ。


「細かい部分は違いますが大凡の内容はさっき俺が言った内容とほぼ同じです! ………………まさか」


 まさかと思い作者の欄を見るとそこには聞き慣れた飲み仲間の一人の名前が綴られていた。


「ヴォリスさん…………!」

「ヴォリス・ランページ。社交界では『劇作家』と呼ばれていた偉大な策略家さ。まさかクレンの知り合いとは思ってもいなかったけどね」


 「一体どこで知り合ったの?」というニコロの声は俺の耳には届いていなかった。

 何故なら名前の前に書かれていたあとがきの内容に目を奪われていたから。


『私はこのようにして囚われのお姫様を救出した。誓いを胸に刻めばどのような暗闇にも立ち向かえるのだ。

 若き騎士よ、このしるべに従い陰謀に遮られた暗黒の道を切り開け。

 ハートの騎士・マシャル・ハート』


「………………ヴォリスさん、貴方は卑怯だ」

 

 模倣小説パスティーシュの文章とはいえ、こんなことをハートの騎士に言われてしまっては燃え上がらないわけがない。

 そして囚われのご令嬢の救出の手掛かりはここに全て書いてある。

 つまり、あとは俺の活躍次第ということだ。


「………………ニコロ、俺は今からロンド家のご令嬢を救出しに向かいます」


 まるで戦地へ向かう騎士のように、舞台劇めいた言葉遣いで告げる。気分はまさしく主人公であるハートの騎士だ。

 ニコロも俺の態度を察してか、絹のような柔らかい笑みで問いかけた。


「いいよ、何か必要なものはあるかい?」

「ええ、それでは…………」


 この問答もこの新聞に書かれていた内容だ。まあ相手は騎士団長ではなく陰謀に巻き込まれた貴族なのだが。

 そして物語中においてハートの騎士が要求したものは一つ。


「一枚の金貨を」


 ダリアンの貴族社会には『硬貨言葉』というものがある。

 他者に対してお金を渡す時に硬貨の種類とその枚数で心情を暗に伝えるというものだ。

 例えば五枚の銅貨なら『せめてもの施し』、三枚の銀貨なら『決して叶わない』という意味がある。


 そして一枚の金貨は…………


「これで全てが終わります」

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