第27話 道筋、そして再開

   ○○○

 黄昏の家へと戻り、肌に付いた雨粒を拭いて一息の休息を経た私達は今後のことについて頭を悩ませていました。


「それでこれからどうするんだ? ロンドのお貴族様から頼まれた依頼やらじいさんの孫の誘拐やらで頭がおかしくなりそうだぜ」

「確かに事態はかなり複雑になっていますよね。今の私達はこれから何をすれば良いのかすらも定まっていないように思います」


 アルアンビー家の放火事件にロンド家の娘の誘拐。その裏で暗躍している両家の利権争い。

 今回の一件はもはや一介の芸術家三人組の力ではどうしようもない領域に達していました。


 それでも私達はそれらから目を背けることはできません。何故なら事件に巻き込まれたブルース様とソルちゃん、そしてじいや様を助けなければならないのですから。


「わしとしてはソリアの救出を優先したい、その手段があれば迷わず実行する。だがここまでも不足している情報が多すぎる」

「くそ…………、いっそのことアルアンビー家に直接乗り込んで助けに行ければ良いんだがなぁ」

「ソルちゃんが捕まっている場所も判明していない今だと流石に難しいでしょうね。せめてソルちゃんとブルース様の安否だけでも知られると良いのですが……………」


 しかしなんの力も無い私達にもはやなす術はありません。

 まざまざと見せつけられる己の無力に私達はただ俯くしかなかったのでした。

 

「御三方、拙者から一つあるのだがよろしいでござるか?」


 そんな時、項垂れる私達にマスター様が声を掛けてきたのです。

 その瞳はいつもの愉快で楽しい紳士ではなく、演劇祭の時に見せたこうもりのような覚束ない気配を漂わせています。


「実はヴォリス殿に会わせたいお方がいるのでござる」

「わしに会わせたい奴だと?」

「そうでござる、その人物は必ずや今回の動乱を解決する一助となるはずでござる」

 

 投げかけられたその提案を聞いた私はただ呆然とするしかありません。

 ラギアン様も状況を把握できていないのか頭に疑問符を浮かべながら首を傾げています。

 ヴォリス様は訝しげな表情でマスター様を見つめていました。


「誰なんだよ、じいさんに会わせたい人って?」

「申し訳ないがそれは言えないでござる。しかしこと『貴族』という分野に関しては他の追随を許さない傑物でござる」


 皆の反応は様々でも唐突なこの提案に疑問を感じていることに変わりはありません。

 しかしこの唐突な提案をするマスター様の言葉には確かな自信が感じられます。

 そして今の私達は底なし沼に落ちた哀れな獣のようなもの。たとえ頼りない藁にでも縋り付きたい状況でした。


「現状ではもはやどうしようもない…………か。いいだろう、マスター。この息苦しい現状を変えられるであろう人物に会わせてもらおう」

「もちろん、と言いたいのでござるが。実はその人物と会えるのが夜しか無理なのでござるよ」

「え?」


 先程まで纏っていた厳格な気配はどこへやら、マスター様は右手で後ろ髪を掻きながら愉快に笑うのでした。

 そして私とラギアン様が力が抜けたようにカクンと身体を傾けると、テーブルから小気味の良い打音が二つ鳴り響くのでした。


 滑稽な私とラギアン様!





   ○○○

 時刻は午後三時。

 岩造りの建物が連続して立ち並ぶ大通り、雨の染み込んだ白い岩が黒へと変色しています。

 そんな人通りが一切無い道の真ん中に私達は立っていました。


「誰も居ないな。一応ここも観光区画なんだろう?」

「雨が降ってるからな。それにこの場所自体が人の通りが無いのだろう。何せ観光する場所が何も無い」

「ここでソルちゃんが拐われたのですね…………」


 マスター様が紹介する客人との約束までの間、それまでは自分達でやれる事はやってみようと思い立ち、私達はソルちゃんの拐われたであろう現場へと赴いていたのでした。


 ここはロンド家が統治する『エリア・キャン・ディーズ』の一角。

 この場所は区分としては観光地なのですが、周りにそのような建物は一切ありません。あるものと言えば何かを保管する倉庫が並べられているぐらいで活気とは程遠いほどに静かでした。

 

 まるで貧民街を思わせる閑散とした通りは雨というのも相まってとても恐ろしげな雰囲気を漂わせています。


「この先を真っ直ぐ進めばロンド家のお屋敷なんですよね?」

「ああ、そうだ。誘拐犯はおそらくこの辺りでソリア達が乗った馬車を襲撃したのだろう」

「いや、でもなぁ…………ここまで来るのに相当苦労したぞ。何度も道を間違えたし」


 ラギアン様の言葉には私もヴォリス様も頷くしかありません。

 この通り自体は短く、三分も歩けば人の賑わう観光区画の大通りへと着くことができます。その上ロンド家のお屋敷は遠目から見てもその輪郭が鮮明に映るほどに大きな建物でした。


 しかしここが倉庫街というのもあり、かなり道に迷いやすく造られていたのです。

 ギリー・ブッチャー様の精肉店のある通りの二つ先の十字路を左に行き、そこからさらに一つ先にある分岐点を右へ。最後に三叉路を右に行けばこの通りに辿り着くのです。

 ちなみに間違った道を進むと長時間歩かされた挙句、最終的には行き止まりにぶつかります。


「いくらなんでも複雑過ぎますね。石造りの似たような景色が続いていますし」

「おそらく外敵に攻められた際の足止めをするためにこのような造りになっているのだろう。あの男は内にも外にも敵を作る奴だから尚更だ」

「あー、確かにそんな感じがする。行き止まりで追い詰めてグサってするのか」


 ヴォリス様の言う通りでしょう。その証拠にそ私達はここまで辿り付くまでに四つの行き止まりにぶつかってじまった結果本来なら三分で付く道に二十分の時間を要してしまいました。


「ソルちゃんを拐ったアルアンビーの方達がこの複雑に入り組んだ道で果たして円滑に事を遂行できるのかわかりませんね」

「ここに土地勘のある者じゃなければ拐うまでに相当な時間を費やす………………か」


 暫しの無言が奏でられ、ぽつりとぽつりと雨粒が傘へと当たる音が打ち鳴らされます。

 ヴォリス様もラギアン様も顔を顰めて黙っているだけです。やはりというべきか、ここではあまり有用な情報は得ることができなかったようでした。


「戻りましょうか?」

「まあ、そうだな。これ以上ここに居ても仕方が…………」


 ━━━ガンッ! ガンッ!


 その時でした。どこからともなく何かを打ち付ける衝撃音が雨の音に混じって聞こえて来たのです。

 

「!? なんだこの音は?」

「………………近いな。少なくともわしらを狙った賊では無いか」

「………………見てみますか?」


 私の提案にお二人はゆっくりと頷きます。


 私達は恐る恐る、音のする方へと歩いて行くのでした。

 打ち付ける音は未だ鳴り止みません。その様はまるで壁に向かって己の怨恨をぶつける復讐者のような執念深さが音から感じられます。


「こんな暗い日にやめてくれよな、怖くてチビってしまいそうだ」

「雨の降る通りに打ち付ける打音か。怪談小説の題材になるか?」

「じいさんは相変わらずだな………………」


 紳士二人が小言を言い合いながらも音の発生源であろう場所へと辿り着くのでした。

 私達は近くの物影に潜み、音の方へと見やります。


「まだ音がしますね」

「そーっと覗いて見ようぜ」


 そこは石造りの壁に囲まれた倉庫と倉庫の間に造られた路地。二つの建物に挟まれた路地の中は降り頻る雨を奇跡的に逃れており、まるで一つの小部屋を思わせました。


 そして覗いた先にある小部屋の中には私達の想像を超える光景が広がっていたのです。


「………………花畑?」


 それは一面に咲いた緑景色。

 石造りの建物には存在すらしないであろう花畑が鮮明に広がっていたのです。

 しかしそんな幻想的な感動はまた別の感情に塗り替えられました。


「花畑が、燃えてる…………」


 辺り一面に咲いている花はその全てが赤い炎で塗り潰されていたのです。

 赤い花も、青い花も、黄色い花も、桃色の花も、紫色の花も、その全てが真っ赤な炎に焼かれ黒く染まっていました。


「粉絵か。チョークを壁に擦り付けて描く絵だ。だがこれほどまでに壮観なものは初めてだ」

「まさかこんな画家がいるとはな…………」


 当然その光景は彩られた紛い物、つまりは壁に描かれた絵。しかしこの絵からは作者の執念…………いえ、悍ましいく燃えている憎悪の感情がこれでもかと伝わって来ます。


「………………いました」

 

 そして薄暗い部屋の奥にその者はいました。

 ガンッ、ガンッ、と石の壁に硬い石を打ち付けているその正体。茶色い薄汚れたぼろきれを身に纏い、まるで老人のように背筋を曲げた一人の男。

 ………………その男の姿を私達は知っていました。

 

『うるせえ! 耳無し風情が生意気なこと言ってんじゃねえよ!』


 それはかつて、一人の青年画家の心身をこれでもかと傷付け、差別という名の鎖で縛り付けようとした忌まわしきけだもの


『クソが、イライラするぜ。これも全部貴族連中のせいだ!』


 貴族を恨み、人間族ヒューマンを恨み、その果てに私の中の怒りを呼び覚ました薄汚れた塵芥ちりあくた


「…………あん? なんだ、テメェは?」

「……………………」


 反貴族を掲げ傍若無人に振る舞った結果、最終的にその罪を罰せられた哀れ者。


 ナブラルと呼ばれた男がそこにいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る