第24話 深い夜は終わり

   ○○○

「それで、二つ目の質問はなんだ?」

「貴方が放火事件に関与していないというのはわかりました。しかし真犯人の心当たりはあるのでは?」

「何故そう思う? 俺はただの酒場のオーナーに過ぎないというのに」

「ご冗談をハンブルグ。貴方のような存在がこの酒場だけで収まるはずがない。この貧民街…………いやそれすらを超えた場所ですら貴方の目と耳は届くはずです。それもとびきりに濃密で黒いものが」


 今夜。この貧民街の奥地から薄明の館までの道中において、ハンブルグという存在の大きさがこれでもかと伝わった。

 本来なら弱者が集まる貧民街が非合法とはいえ有数の歓楽街として、皆が充実した生活を営んでいた。

 薄明の館では他国の豪商や貴族達によるコミュニティを形成し表には出せない社交場を作り上げた。

 そして街の住民が一様にして口にする父上ヴァーロンという言葉。それはまさしく俺の目の前にいる人物を的確に評している。


 父上ヴァーロン、即ち家族ファミリーの頂点の存在。

 そんな彼の下には裏社会の情報が集まるはずなのだ、それこそ放火事件の真犯人の情報すらも。


「貴方には心当たりがあるはずです。どうか教えてください、お願いします」


 頭を下げて懇願する。というよりもはや縋るしかなかった。

 人相書きが出回り表立っての調査が困難な今、頼れるの彼しかいないのだ。

 自身の言われなき罪を回避できるのならこの頭なんていくらでも下げてやろうではないか。


「よほど切羽詰まってるということか。まあそれもそうか、ダリアン十二貴族の施設の放火だ。最低でも終身刑だ」

「そういうことです。どうでしょうか?」

「礼節を弁えているお前がわざわざ頭を下げてまで願ったんだ、それを無下にするのは無礼だろうな。それにお前には今夜のホールを盛り上げた借りがある、借りは返さねばな」


 そう言ってハンブルグはコーヒーを傾けてまるで子を見守る父親のように微笑んだ。


「かの放火事件。俺は反貴族組織の連中が関わっていると睨んでいる」

「反貴族組織…………」

「一言で反貴族組織と言ってもその実態は様々だ。現在のダリアン十二貴族の支配体系を本気で崩そうとする奴らもいれば、ただ暴れたいだけの無礼者も存在する。広義的に捉えれば俺やこの酒場も反貴族組織と言えるだろうな」


 反貴族組織と聞いて思い浮かぶものとすれば以前にラギアンさんの件だろう。

 とはいえ奴らに貴族達の態勢を崩せるような力は無い。現にラギアンさんの件で衛兵隊に捕まり厳粛に裁かれたのだから。


 そしてハンブルグの話を信じるのなら反貴族組織はそれぞれ別の組織となっていることになる。


「それならどの組織が放火事件を起こしたのかわからないのでは?」

「本来ならそうだろう。だが少し前俺の下に『ある反貴族組織が十二貴族に対して大きな被害を与えようと画策している』という情報が入った。その情報の中には組織についても詳細がわかっている」

「その詳細を教えてくれるのですよね?」

「うむ……………………」


 この時、初めてハンブルグの口が憚れる。

 何かを考えるかのようにコーヒーを傾けながらテーブルを指でトントンと叩く。

 その仕草からは言葉を選んでいる、というよりはまるで居心地の悪い虫をどう扱えば良いか迷ってるように見える。


 そして彼のカップの中のコーヒーが無くなった頃になるとようやくその口を開くのだった。


「反貴族組織の実態は様々と言ったな。その中には『貴族に使われる反貴族』というものがある」

「貴族に使われる反貴族。矛盾してませんか?」

「いや、組織の奴らは自分達が貴族に使われていることを知らないのだ。ただ貴族を害せるというだけで組織に従っている盲目な者達なのだ。そして使う方の貴族は己の利益のために他の貴族をそいつらに襲わせるのだ」


 

 反貴族組織を政治の道具として使っているということ。

 確かに貴族を害する反貴族が別の貴族に使われているというのは、政治的にも理に適っている。


「つまり…………」

「おおかたこの放火事件も貴族同士によるまつりごとの一つだろうな。そしてお前はその煽りを受けた、ということだ」


 貴族による政争。これがアルアンビー家の故人資料館ライブラリの放火事件が起きた可能性ということだ。


 しかしこの答えを聞いたとしても色々な疑問は生まれる。

 その貴族とやらはダリアン十二貴族の施設で放火事件を起こし尚且つ尻尾を見せないほどの組織だ。そんな組織とは一体何者なのか。

 そして何故アルアンビー家の故人資料館に火を付けたのか。いくらなんでもわからないことが多すぎる。


「さて、次は俺の質問か。とは言っても聞くことなど一つしか………………」

父上ヴァーロン。失礼します」


 その時、ミミさんが息を切らせた様子で部屋に入って来た。

 仮面で詳しい表情はわからないが、慌てた様子からかなり重要なことなのは伺えた。

 

「お前がノックもせずに扉を開ける無礼をするとはな、一体どうした?」

「至急お耳に入れたいことが」


 そう言ってミミさんが何か耳打ちをし始めた。

 最初は怪訝な表情をしていたハンブルグだがその内容を聞いてその表情は驚愕へと変わって行った。


「黄昏の家方面でロンドの執事が拐われただと?」

「え…………?」


 ロンド家の執事の誘拐。その何気ない言葉は先程の感じた疑問の答えを思い浮かばせた。


「それで、他には?」

「誘拐の現場に『劇作家』の姿があったようです」

「………………なに、あの『劇作家』か?」

「はい。聞くところによると彼の身内が今回の件に巻き込まれたようで」

「ほお、身内が巻き込まれた………………!」

 

 ミミさんの報告にハンブルグはまるで子供のような純真な、そして残酷な笑顔を覗かせた。

 そして興奮を抑えきれない様子で杖で地面を叩きミミさんに向かってこう言った。


「いやはや、まさかここで奴が登場するとはな。クックックッ………………。ミミ、サイゾーに『の沈黙を破らせろ』と言っておけ。久しぶりに奴のが見れる…………!」

「かしこまりました」


 ミミさんは足早に部屋から出て行く。


「いやはや、これは、いやはや………………!」


 そうして再び二人きりとなった室内、ハンブルグは笑っている。ただただ面白そうに笑っているだけだ。


「…………何が面白いんですか?」

「そうだな、お前にも教えておこうか。。奴らを憎む俺にとってこれほど面白いものはない」

「え…………?」


 確信めいたその言葉に口を開けて黙るしかなかった。

 しかしハンブルグは俺の動揺に何をするまでもなく、ただじっとみつめているだけだった。


「悪いが今日はお開きだ。が、最後の質問に答えてもらおうか」

「………………ええ、それが約束ですからね」


 動揺していても仕方がない。

 俺は気持ちを切り替えるためにカップに残ったコーヒーをぐいっと飲み干した。口の中に苦味が駆け巡るが、今は微かに感じるりんごのような甘味が心地良い。

 その様子に満足したのか、ハンブルグはソファから立ち上がると杖をトンと鳴らしながら俺に最後の疑問を問いた。


「ブルース、お前は『何者』だ?」

「……………………」


 その問いはまるで裁判の一幕のように厳正でありとても重い言葉だった。

 『何者』と彼は問いた、ならば俺はこう答えてやろう。

 憧れた夢、そして今も貫いている信念の存在の名を。


「俺は騎士。ダリアンを衛る一人の騎士です」

「……………………」


 ハンブルグは黙っている。俺も黙っている。

 沈黙、ただただ静かな沈黙。存在するのは漂うコーヒーの芳醇な残り香のみ。まるで裁判の判決を待つかのような緊張感だ。

 そうしてしばらく俺を見つめていたハンブルグは今夜の出来事をこう締め括った。


「とても有意義な時間だった。また機会があれば是非飲もうではないか、次はもっと良いコーヒーを振る舞おう」


 そう言って部屋から出て行った。

 俺はその背中を眺めることしかできない。父上ヴァーロンと呼ばれる男の大きな背中を。

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