第16話 糸口、心当たり
○○○
勢いよく街へ繰り出しはいいが、今持っている情報と言えば
それは悲しいことに放火の真犯人に繋がる手がかりをまったくと言っていいほど持っていないということ。
これから動くにしてもこんな様ではロクな結果が得られない事は子供でもわかる。
つまり今の俺に必要なのはか細くとも掴めるであろう『糸口』なのだ。
「それで、私のところに来たというわけなんだ♡」
「はあ…………そういう事だ」
レゲ家が統治する街、『エリア・マシュウ・マロン』。
その先にある薄汚れた路地裏の奥で情報屋は妖艶な声を上げた。
俺は現在放火犯として追われる身。そんな俺が頼れるのは存在というのは本当に、本当に一握りだ。
故に悲しいを通り越して虚しくなってしまいそうになるが、それでも俺はこの女を頼らなければならないということ。壁の奥で鳴り響く雑音にもぐっと堪えて聞かなければならないのだ。
「そう言えば聞いた? この前話したアシュバルトの教師が
「………………気になるのならその教師の秘密と引き換えに情報を売ってくれるか?」
「…………へえ? やっぱり貴方と交流を重ねて正解だったわね。とても頼りになるわ♡」
「そうだろう、はっはっはっ! ………………はあ」
シャル・クラウドさん、恨まないで下さいよ。俺は放火犯を捕まえて自分の身の潔白を証明しなくちゃならないからな。
これぐらいのことをしないと壁の奥で笑う女の興味を引けないんだ。
「それで、念のために聞くけど一体何の情報が欲しいのかしら?」
「先日発生したアルアンビー家が所有する
「今のダリアンで一番ホットな話題ね。でも言い難いことだけどこの事件が起きてからまだ二日と経ってないわ。まだその段階だから色々な情報が錯綜していてどれが本当の事かわからないの。だからこれから話す内容はあくまで私の『心当たり』程度の情報だと思ってね」
「………………ああ、わかった」
さすがに前回の闇市みたいにピンポイントで正解が貰えるというわけでは無いようだ。とはいえ何も無いよりは圧倒的にマシだ。
そうして壁の奥からぺらりと紙がめくられる音が聞こえると情報屋は言葉を選ぶようにして語り始める。
「一つ目は最近になって様々なところで目撃される『謎の人影』ね。その人物の正体は不明だけど目撃された場所の壁には謎の絵が残されているそうよ」
「えらく曖昧じゃないか。何でその人影が事件にどう繋がるんだ?」
「昨日の夜にアルアンビー家の領地でも目撃されたのよ。もしかしたら放火事件の真犯人を見ているかも」
「どっちにしても眉唾だな…………。まあいいか」
謎の人影に謎の絵ね。
まったく、謎が多すぎて放火事件とは関係無しに気になってしまうよ。まあその人物に会えるかどうかもわからないがね。
「二つ目は貧民街の奥でひっそりと営まれている会員制のバーよ。そこのオーナーがダリアン十二貴族に強い恨みを持っているのは有名でね。もしかしたら彼の手の者が事件を起こしたのかもねぇ」
「会員制のバーか…………、店に入るところから考えないとな」
「残念だけど潜入方法は自分で考えてね♡」
「まあ仕方ない。後で考えるとしよう」
それにしてもこの都の貧民街というのは他の国に比べてかなり大規模だと実感する。これもダリアンという国の優れていると同時に危うい部分なのかもしれない。
貧民街のバーか。潜入する際に一波乱が起きそうだ。
「それで最後の情報は…………」
「うん、どうした?」
ふと情報屋の饒舌な舌が固くなった。
こんな事は会ってから一度も無かった。一体どうしたというんだ。
「何を躊躇ってるんだ。お前らしくもない」
「………………あのね、今から話すのはとっても危ない情報なの。それこそこの国の行末にも関わるぐらいの。だから無闇に言いふらしたり情報が他に流れないようにして欲しいのよ」
「…………はぁ?」
そうして語られるは俺への念押しだった。それも声色からわかるぐらいにとびきり大きな圧が込められた。
この女の口から『危ない』と言わしめる情報。さぞ衝撃的な内容なのだろう。だが今の俺が返す言葉は一つしか無い。
「わかった、寝言であろうと内容を口にしないと約束する。……………話してくれるか、その最後の情報とやらを」
「………………ダリアン十二貴族序列第四位ロンド家」
「はあ?」
「これはあまり知られていないけどロンド家は長らくアルアンビー家とある利権を巡って水面下で政争を繰り広げているの。もしかしたらその一環で放火をしたのかもしれない。私はそう考えたわ」
「…………ッ!!??!!」
打ち付ける衝撃が脳を揺さぶった。というより今まで目を逸らしていた事実にようやく気付いたと言った方が正しいだろう。
『ロンド家とアルアンビー家が争っていた』。この事実によりありとあらゆる点と点が線で繋がり始めた。
ロンド家というのは華やかな舞台の裏で闇市を開き私服を肥やすような輩だ。
だが部下の失態で自身の影を俺に踏まれてしまった。しかし奴は同時に得難い情報を手にしていた。
即ち、
(まさか、俺が
脳裏に蔓延る余計な考えを頭を振って追い出す。
まだあの男が放火事件の黒幕と決まったわけでは無い。勝手な憶測で動いて良い結果には繋がらない。それはこれから調べて解明するべきことだ。
「これで出せる情報は全てよ。参考になったかしら?」
「ああ、少なくともある程度のアタリを付けれそうだ。役に立ったよ」
何はともあれこれでようやく最初の一歩に踏み出せる。あとはいつも通りやるだけだ。
「それじゃあな」
「待って」
そうして背に付けていた壁から離れこの場から去ろうとするが情報屋の声が俺の足を引き止めた。
「まだ約束のものをもらってないわよ?」
「約束…………?」
「アシュバルトの教師のひ・み・つ。教えて欲しいわ♡」
「ああ、そのことか」
俺はニヤリと笑いながら壁の向こうにいる女にも聞こえるように声を張り上げて答えた。
「…………彼女はハンバーグが大好物だ。それこそ一目見た瞬間子供のように嬉々として喜ぶぐらいのな」
こうして騎士は夜の路地裏から去っていく。最後に残ったのは風に吹かれて舞い上がる砂埃と艶めかしい女の大きな笑い声だけだった。
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