第13話 おぼつかない夕暮れ
○○○
『盲目は思考を狂わせ、崇拝は心を狂わせる』
この一文はヴォリス様の作品にて使用されたセリフの一節ですが、私はこの言葉の本当の恐ろしさを今まさに目の当たりにしました。
つい先程、視線の先にある焼き焦げて崩れ果てた
ですが荒んだ貧民街の住人である私達は素っ気無く、乱雑に、そして無情な態度で接された挙句、最終的にはその手に持っていた槍を突き立てられ無理矢理に追い払われたのです。
聞く耳を持たないとはまさにこのこと。あの時の一幕はまさに研ぎ立てのナイフのような切れ味を誇るでしょう。
そのようなことがあり、もはやこれまでと諦めていたのですが……………
「そんなに大変だったんだね〜、他には何か気になることはある?」
「ありますあります!! 現場を見ていた奴らの話を盗み聞きしたんですけどね、それによると………………」
偶然にもこの街で舞の公演をしていたベルリン様に聞き込みをお願いしたところ無愛想な反応を示していた彼は先程とは真逆の反応を示したのです。
顔を赤らめ、目を泳がせ、唇を震わせ、不自然に身体を踊らせる様はまるで雌に求愛する雄鳥のように見えてしまいます。
「改めて思うけどアイツってとんでもない有名人なんだよな。いつも酔っ払ってるから忘れてたわ」
「そうですね…………」
ラギアン様の言葉には頷くしかありません。
なんと言うか、こんなにも呆気ないと今までの尽力はなんだったのかと少し途方に暮れてしまいそうです。
とはいえベルリン様のおかげで助かったことも事実です。
こうしてしばらくの間、虜にされる男性の姿を眺めながらベルリン様の凄さを改めて実感するのでした。
「お〜い、色々聞いて来たよ〜」
「ありがとうございます! それでどのようなことを話してくれたのですか?」
「ちょっと待ってね〜、メモしたから確認する」
ヴォリス様から渡された用紙を見ながらポツリと話し始めます。
「まず火災が起こったのは昨日の夜十時ぐらい。それまでに不審な人影は無かったけど火災が起こった後に建物の窓から
「なるほど、事件の輪郭ぐらいは見えて来たか。何か他に言っていたか?」
「あとなんか枯れ葉とか火薬とかの痕跡がまったく見つからなかったってさ」
その言葉に対してラギアン様が小首を傾げます。
「つまりどう言う事だ?」
「…………あの建造物が木造と言っても火打石で火種を付けただけであそこまで燃える筈がない。火種を大きくするために枯れ葉や火薬を使い着火する必要がある。しかしその痕跡が無かった。つまるところ
「予め松明のような物を用意した可能性はどうですか? それなら証拠を持ち帰ることができます」
「夜中に松明など付けて歩いていれば嫌でも目立つ。しかしそれらしい人物を警護の者は見ていないと言った」
私とラギアン様の疑問をヴォリス様は丁寧に解説してくれました。さすが年長者、経験を持つ者です。
しかしその答えは私達に新たな疑問を投げかけました。
「あれ、放火の証拠は無いんだよな。じゃあなんでブルースが放火犯って疑われてるんだ?」
「確かにそうですよね。警備の方に目撃されたとはいえそれだけで放火したというのは早計な気がします」
「そもそもなんだけどなんでブルース君はあの場所で目撃されたんだろうね〜?」
「ブルースの小僧の謎の行動にヤツが放火犯に疑われた原因、着火するための道具も無しにどうやって建物に火が付いたのか。謎が多すぎて頭が痛くなりそうだ。一昔前の推理小説はもう少しシンプルな構成なのだがな」
ヴォリス様の嘆きも理解できますが、現実は小説とは違い複雑に絡み合って構成される物語なのです。
物語を先に進める手立てすらも見つからない現状。それはまるで迷宮に迷い込んだようにも感じてしまいます。
そんな私達を嘲笑うかのように冬の太陽が地平線へと沈んでいき、落ちた太陽の代わりに白い色の月が無慈悲に登り始めます。
「暗くなれば人通りは失せ、手掛かりも闇に隠れる。今日はもうここで切り上げるぞ」
「………………わかりました。とりあえず酒場まで戻りましょう」
「私も今日の仕事は終わったから一緒に戻るよ〜」
「クソっ、何なんだこのモヤモヤした感覚は!」
こうして一抹の不安を胸に抱えながら、私達は黄昏の家へ向けて歩き始めました。
○○○
貧民街に着く頃には空はまるで絵の具をぶちまけたような紺色に染まり、小さな星々が瞬いていました。
冬の星空というのは何故こんなにも物憂げな心を表出してくれるのでしょうか。本当に不思議です。
「ブルース様もこの空を見ているのでしょうか?」
いつか見た本にある『私達はみんな同じ空の下で産まれた兄弟だ』という言葉を思い出しました。
もしかしたらブルース様もこの空を眺めながら助けが来るのを待っているのかもしれません。
「………………しっかりしないと」
そうです、今の私達は物憂げに浸ることはできません。陰謀の鎖に縛られようとしているブルース様を助けるために頑張らなくては。
そう思って両頬を叩きながら決意を新たにします。
「明日はブルースの小僧の足取りを追うことにする。もしかしたら見かけたら者がいるかもしれないからな」
「了解。まったく、アイツは何やってんだかね」
「私も手伝いたいけど忙しいんだよね〜………………」
「ふん、わしらを侮るなよ。貴様が居なくともなんとか…………」
「そこの皆様、少々お時間をいただけますか?」
その時でした。カッ、カッと甲高い靴が鳴り響く音と共に路地から一人の男性の影が私達の歩く通りに伸びたのです。
「…………ッ!! 誰ですか!?」
「放火事件…………いえ、ダリアン十二貴族序列第四位でおられるロンド様の依頼についてお話があるのです」
まるで舞踏を思わせる規則正しい足取り。丁寧でありながらもどこか強い怒りを覗かせる低いバリトンボイス。
これだけで声の人物が唯ならぬ存在というのを確信させます。
「ロンドの依頼だと?」
「そうです。これはヴォリス・ランページ様。貴方にも深く関係のあるお話。そしてダリアンという国の行末にも関わるものです」
影が少しずつこちらへと近づいて行き、そしてその全貌が月明かりに照らされます。
「貴方は………………」
露わになったその人物を私は知っていました。
くるりと埃の付いた髪を丁寧に丸め、少し汚れた燕尾服を着こなす
「改めて伺わせていただきます。少々お時間をいただけますか?」
私のことを『おねえちゃん』と慕ってくれる大切な妹の付き人。
ソルちゃんのじいや様がそこに立っていました。
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