第12話 草木と炭灰を香って

   ○○○

 目に見えない何かを求める人々が交差し合う大通り。

 人々によって作られた一枚の風景画はどこか暗澹あんとんの影を落とし込み、冬の寒さも相まってどこか不穏な景色を纏わせていました。


 しかしそのような景色を眺める余裕を私達は持ち得ず、ただただ放心するしかできません。


「何を驚いているかは知らんが、とにかく話すべきことはもう話したからな。行くぞ、ダニィ!」

「わかりましたベイリ。それでは失礼します」

「あ、あぁ…………」


 ですが傍目から見れば私達のことなど気に留める必要のない雑音と同じ。

 ベイリ様とダニィ様は放心する私達を尻目に路地から去り、暗澹の影へと溶け込んで行くのでした。


 そうして路地の中に残った私達は互いに目を配らせながら瞼を細めます。


「…………あの人相書きの奴ってやっぱブルースだよな。なんでアイツが放火犯になってんだ?」

「わからないです…………、ですがあのブルース様が放火をするなど思えません」

「嬢ちゃんの言う通りだな、あの小僧がそんな大それたことができるとは思えん。それにそもそも奴は騎士だ。ダリアンの国を守護する騎士が十二貴族の所有物を放火をしたとなれば大騒ぎになる。………………まさかロンドはを知っていてわしに依頼をしたのか?」


 新たに蒔かれた疑問の種。その意味を私達はまだ知ることができません。

 ですが今やるべきことはわかっています。


「もしかしたらブルース様はこの事件にのかもしれません。ブルース様を助けるためにもっと踏み込んで動いた方が良いと思います」

「そうだな、あのロンドの野郎の思惑に嵌まるようで癪だが、こうなったら俺達も事件について首を突っ込むべきだ!」

「………………仕方ないか。多少の危険は承知の上、放火現場である故人資料館へ向かおう」

 

 時刻は十五時四十六分。空へと昇るオレンジ色の太陽が照らす大通りの中に三つの影が伸びます。

 果たしてその先にあるものは何か、なんてことは言いません。今からそれを見つけに行くのですから。


 こうして私達は大切な仲間を救うため向かいます、陰謀の坩堝るつぼの中へと。


「……………………」


 その背後に忍び寄る影に私達は気付くことはありません。





   ○○○

『芸術の神は己の御霊を草木へと宿し、その祝福を以て美しい花を咲かせ、瑞々しい果実を実らせる』


 先代のアルアンビー家当主は自身が統治する街の景観を眺めながらこの言葉を残したと言われています。


「頼むよ、話だけでも聞いてくれ!」

「貧民街の底辺が生意気なことを! 俺の気が変わらない内にさっさと去れ!!」


 その言葉の通り、彼が治めた街には至る所に美しい花々が咲き乱れ、果実の潤しい香りが包み込んでいます。

 そんな花と果実の二つが織りなす緑色の芸術は私達の心の中に眠る『慈しみ』の感情を呼び起こすでしょう。


「お願いします。仲間を助けるために話を聞かせて欲しいのです!」

「…………おい、俺は彼女の舞が見れなくてイライラしてるんだ。二度は言わない。さっさと去れ」

「…………引くぞ。ここで情報は得られん」


 ここは『エリア・シュウ・クリーム』。

 ダリアン一の自然が咲き誇る都の中の森林。そして陰謀という名の洞窟の入口と化してしまった悲しき街。

 そんな街の中心に私とラギアン様とヴォリス様は立っていました。


「散々な結果でしたね…………」

「全然ダメ。みんな放火事件についてまるでわかってない」

「深夜に起こった話なのだ、知らなくても仕方ない。だが現場はアルアンビー家の者が守っていて調査は出来ない上にあの調子ではな。完全に手詰まりとなったか………………」


 しかし悲しいことに陽の光の中で暮らす者たちには貧民街の住人に優しくありません。どれだけ必死にお願いしても無視か、侮蔑を込めた敵意で返答されます。


 今の私達に必要なのは情報を手繰り寄せるための伝手。

 しかし私達にはコネも無ければ金も無い、あるものと言えば微かな芸術的感性のみ。ですがそれだけで情報を集めることはできない、売れない芸術家三人ではどうしようもないのです。

 

「どうする、一度酒場に戻るか?」

「でもまだ手掛かりの一つも掴めていません。今この時もブルース様の身に危険が及んでいるかもしれないのに…………」

「………………もはやどうしようもない」


 このまま何も出来ずに帰る事しかできないのか。項垂れる背中に冷たい風が染み込むのでした。

 そうして諦めの空気に支配されかけたその時。


「キャー!!」

「ああ、本当に美しいわ…………」

「群青の舞姫様、もっとこの街に美しい雨を降らせて!!」


 ふと、街全体を包み込むような大きな歓声が響き渡りました。

 歓声が聞こえたのは街の広場。そこには数多の人々が集まりある光景に心を奪われていました。


「あれって…………」

「そういえばここでもお仕事があると言っていましたね…………」


 ━━━━タン、タタン、タンタンタン!


 そこには舞踏の旋律を奏でる舞姫の姿。その顔色は黄昏の家で見る時より爽やかであり、何より舞踏に捧げる真剣さが全身に焦げ付いていました。

 いつ聞いても美しい足音です。もし今のような状況でなければその綺麗な音色に心から浸れたことでしょう。

 ですが今の私達が求めるものは『新たな情報を手繰り寄せる伝手』。彼女には申し訳ないですが、このまま去って………………


「いえ、もしかしたら…………!」

「ああ、求めていたが出来たかもしれん」




   ○○○

 故人資料館ライブラリ

 そこは先日の火災の影響により古くからあった木造建築は炭と灰に成り果て、ただでさえ少なかった人通りはこの一件で皆無と化していた。


 少し歩けば見えて来る大通りの盛況とは程遠い、まるで凪の海に放り出された船のような静寂の中でただ一人、気怠るげな雰囲気と共に男は佇んでいた。


「あー、暇だなぁ…………」


 退屈極まるとはまさにこの事だろう。

 午前の内に火災、そして放火についての確認は終わった。その後は雇い主であるアルアンビー家の者から「不届き者が来たら拘束せよ」という命令を彼は受けた。

 だがここに訪れた者といえば「事件について話を聞きたい」とか言いながら野次馬に訪れた変な三人組ぐらい。それ以外の不届き者が来る気配など微塵も無く、彼はただただひたすらに退屈を持て余していた。


「ね〜ね〜、お兄さんちょっと良いかな〜」


 そんな時にふと聞こえた女性の声。

 放心していた心の隙を突くような声に彼はハッとしながら顔を上げた。


「あ、一体誰………………ッ!」

「少し聞きたいことがあるんだ〜」


 そこには彼が崇拝とも言うべき程に推していた存在が降り立っていた。


「ベ、べべべべべべ………………」

「そんなに緊張しなくていいよ〜。それにしても後ろの建物すごい燃えたんだね〜。………………そのことについて色々教えて欲しいなぁ〜」


 先にも言ったが彼は彼女を崇拝している。謂わば彼にとって彼女は神にも等しい存在。

 そんな神が自身を頼った、そこから先はもはや語るまでも無いだろう。

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