第11話 三枚の銀貨

   ○○○

 真昼の大通りはやはりと言うべきか、具材を混ぜ合わせたサラダボウルのように乱雑としていました。

 道行く人達の顔色は焦燥に包まれており、何を急いでいるのかその足取りは速く、力強い。その姿はまるで飢えを凌ぐために奔走する獣のようです。


 そしてそんな混沌とした通りにある一軒の建物。『ストラー新聞社』と掠れた文字の記された看板の前に、私たちは立っていました。


 情報の集積地であり、ヴォリス様が懇意にするお方が居られる場所。以前にもベルリン様がラギアン様とヴォリス様を演劇祭に参加させるために活用した武器とも言える場所でしょうか。


 大通りで見ることの少ない両開きの扉はまるで猛獣の口のように大きく開かれており、入って来た者を喰らい尽くしてしまいそうです。


「大通りにこんな場所があったのですね。今まで毎日のように歩いていたのに気付きませんでした」

「通りの端にあるあるからな。わざわざ気に掛けねば気付くことも無いだろう」

「それで、なんで放火事件の調査をするのに放火現場じゃなくてここに来たんだよ? 現場の方が情報を沢山得られそうじゃないか」

「あ、それは私も気になっていました」

「ふん、若造の考えも尤もだが、現場はもうアルアンビー家が調査を終えて調べ尽くされている。それに部外者の我々が現場を調べられるとも思えん。ここなら現場で集められた情報が自然と手に入ることができる」


 そう言いながらヴォリス様は出版社の扉へと歩を進めると、私とラギアン様も続くように後を追って建物の中へと入って行きます。

 ずかずかと廊下を歩いたその先にある扉を開くとそこにはまさしく修羅場とも言える光景が広がっていました。


「放火事件について情報まだか!」

「そんな早く来るわけないじゃないですか! まだ使いを送って半日も経ってないんですよ!」

「とにかく記者に先行調査を急がせろ、後で俺も現場に出る! 十二貴族の施設で起こった重大事件だ。ウチがいち早く情報を手にする!」


 その一室では五人の人達が忙しなく何かを書き込んでいました。

 冬の季節だと言うのにこの場所はまるで真夏の情熱を感じさせるほどの暑さが充満しています。

 飛び交う怒号を聞くに、今の彼らも私達のように放火事件について夢中のようです。確かにここなら有意義な情報が得られるかもしれません。


 そうしてヴォリス様は忙しなく声を上げる一人に声を掛けるのでした。


「おい、ベイリ」

「ヴォリス…………、この状況を見てわからないのか? 今の俺は他社より先にスクープを取るために動かなくてはならないんだ」

「それはわしも同じだ、少し面倒に巻き込まれてな。どうだ、昔のよしみで少し付き合ってくれんか?」

「………………はあ、わかった。だがここじゃあ人眼に付く、外で話すぞ。………………おい、俺は今から取材のために現場へ向かうから新しい情報が来たら使いを寄越せ!」


 そうしてベイリと呼ばれた猫族ニングスの男性を連れて新聞社の脇にある路地へと場所を移すのでした。

 ですが、路地に着くや否やベイリ様は私とラギアン様へ怪訝な眼差しを向けました。


「この茶色いちびっ子と絵の具臭い坊主は?」

「わしの飲み仲間だ。放火事件の調査を手伝ってくれている」

「なるほど。しかし調査ね…………、お前は小説書きライターだろ。いつから事件記者リポーターになった?」

「ふん、お前に話す義理は無い。が、強いて言うなら昔馴染みに依頼されたとだけ言っておこうか」

「昔馴染み…………ねぇ」


 ヴォリス様の答えにベイリ様は変わらず怪訝な眼差しを向けています。いくらなんでも怪し過ぎるということでしょう。

 ですが仕方ないと言わんばかりに大きなため息を吐きながら警戒を解いてくれました。


「まあいいか。だがわざわざ来てもらってお生憎だが俺は情報を切り売りしてメシを食ってるんだ。そんなメシのタネをタダで渡すほど俺はお人好しでは無いし、渡す余裕があるほど懐は膨らんで無い」

「わかっておる。取っておけ」


 そう言ってヴォリス様は三枚の銀貨をベイリ様へと差し出しました。

 ですがベイリ様は、受け取った三枚の銀貨をじっと見つめていました。

 

「『決して叶わない』ね…………」

「え?」


 そしてぽつりと意味のわからない言葉を呟くと、呆れた様子で銀貨をポケットに突っ込むと、尖った猫耳を震わせながらヴォリス様へと視線を戻しました。


「それで何が聴きたいんだ? 放火事件のことはまだわかっていないことの方が多いぞ」

「わしらはまだ事件の概要が詳しく掴めていない。事件の概要とお前の掴んだ現時点の情報を教えて欲しい」

「わかったよ。まあ新聞に書かれている以上の内容は無いかもしれんが教えてやる」


 そう言って懐から取り出した手帳がパラパラと捲られる音と共に、ベイリ様の口から今回の放火事件の概要が語られ始めました。


「……………昨日の夜中、ダリアン十二貴族序列第三位のアルアンビー家が統治するエリアにある故人資料館ライブラリで火災が発生した。通報を受けてすぐにアルアンビー家の者が消火を開始、三時間後に火は消し止められた。

 火災による死傷者は無し、しかしアルアンビー家が保有する長年の月日を掛けて蓄積された故人資料とダリアンの建国黎明期に建てられた貴重な木造建築が焼失した。

 その後、警備の証言により放火事件と判明。犯人と思しき犬族ワングスの男を捕縛しようとした警備を押し除け逃走。現在も行方はわかっていない」

「アルアンビー家はこの事件に関して何と言っている?」

「何も言っていない。アイツらはいつも隠し事ばかりさ」

「ほう…………」


 事件概要を聞いたヴォリス様は右手人差し指を額に当てて何かを考えています。

 ですがこの聞いた限りでは考える余地の無いシンプルな事件と私には思えます。それこそ先日のロンド様が言及していた陰謀の香りなど微塵も感じません。

 

 ですがヴォリス様とベイリ様はそうは考えていないようでした。


「それで。偉大な作家であるヴォリス殿ならこの物語の犯人をどう動かすかな?」

「それは嫌味のつもりか? …………ふん、もしわしが物語を書くなら犯人の目的は故人資料館ライブラリにある情報にするだろう。そして本来の目的を悟らせないために『放火』という黒煙で覆い隠し、全てを有耶無耶にさせる。つまるところ犯人はこの世に居ない者に用がある人物と言ったところか?」

「そしてそれほどの危険を犯してまで欲しい人物の情報と言えば一つしか無い。『貴族』だ! あそこは故人であればダリアン十二貴族の情報すら網羅されている!」


 そこまで言われれば流石の私も放火犯の顔が思い浮かばせることができます。昨今のダリアンにて十二貴族の情報を欲しがる者は多くありません。

 言うなれば『貴族の敵は、また別の貴族』なのです。


「十二貴族、もしくはそれに類する存在に敵対する者が起こした可能性がありそうだ。アルアンビー家はそのとばっちりを受けたかもしれない」

「これはあくまでわしの妄想だ。真に受けるではないぞ」

「当然だ。だが調査の叩き台としては充分に使える!」


 ベイリ様は興奮した様子で手帳にスラスラと何かを書き記します。その真に迫る形相は以前に見た創作意欲に熱を燃やすヴォリス様のようでもありました。


「ベイリ。ただ今戻りました」

 

 そんな時でした。通りの方から無機質な声が路地の中で木霊したのです。

 声の方向を見ると髪を後ろに流した、いかにも真面目そうな人間族ヒューマンの男性の姿がありました。


「おう、ダニィ。何か良い情報は手に入ったか?」

「ええ見つかりました。放火犯と思しき男の人相書きを入手しました。夜間のせいで暗くてよく見えなかったようですが個人を特定できる程度の特徴は掴めています」

「犯人…………! 早く見せろ!」


 興奮したベイリ様の命令にダニィと呼ばれた男性は「ええ」と言いながら手に持った一枚の紙を広げて私達へ見せました。

 そこに描かれていたのはぼさっとした髪型に、キリッとした瞳。頭にある伸びた犬耳が特徴の男性。


「え…………?」

「は? なんで…………?」

「………………」


 その顔を見た私達の反応は三者三様でした。

 私は空いた口が塞がらなくなってしまい、ラギアン様は訳がわからないと眉を顰め、ヴォリス様は無言でその人相書きを睨んでいました。


 目を擦っても、信じられないと心の中で否定しても目の前の光景は変わりません。これが悪夢というのなら今すぐにでも覚めて欲しいと願ってしまいそうです。


 ですが現実は無情です。そう、これは無情な現実でした。


「ブルース…………様?」


 そこには毎日のように黄昏の家で他愛も無い話を語り合う飲み仲間の姿が描かれていました。

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