第7話 幕開けはステップと共に
○○○
貴騎相関の儀は主に三つの段階に分けられる。
貴族と騎士が邂逅する『開幕の儀』。
そこから一年後に行われる『神への誓いの儀』。
そして最後に行われる『貴騎決別の儀』。
この三つの儀式を総称して貴騎相関の儀と呼ばれているのだ。
そして今日は開幕の儀の当日。
ダリアンの都の中心、エアルト中央広場には埋め尽くすほどの人の波…………ではなく三十人弱の人間が集まっていた。
この儀式はダリアンで行われる行事の中ではかなり地味な部類であり、国民からもそこまで注目されるようなものではなかった。
故に開幕の儀には当事者であるダリアン十二貴族の当主と派遣される騎士の面々、そして一部の芸術家や権力者ぐらいしか参加しておらず、会場の広さも相まってとても寂しい雰囲気を漂わせていた。
そして俺は広場に作られた壇上の端、派遣される騎士が待機する場所でその時をじっと待っていた。
「ダリアン神の名の下に、これより『開幕の儀』を執り行います」
美しい女性の声が聞こえると同時にこの場に居た全ての者が声のする方向へ釘付けになった。
彼女はこの広場の名前にもなっている、ダリアン十二貴族の序列第一位であるエアルト家の当主だ。
名は『フィロソフィ・ドゥ・エアルト』。このダリアンで一番の権力を有している者と言っても過言ではない存在だ。
赤茶色の煌びやかなドレスを見に纏い、声高らかに宣誓する彼女の姿はまさに女傑。
彼女の宣誓は硬直していた会場の空気をさらに引き締めさせた。
「まずはダリアン神に捧げる舞を彼女に踊ってもらいましょう。ベルリン様、よろしくお願いします」
「はい」
その瞬間、群青の鳥が太陽に照らされながら広場に舞い降りこの場の音の全てを奪い取った。
ベルリン、このダリアンで名を轟かせる踊り子。ただ壇上に立っただけだというのに、それだけで俺を含めた全員が彼女から眼を離せなくさせた。
群青色のドレスを纏った彼女は貴族と騎士達に一礼し、タンと足音を響かせてダリアン神に捧げる舞を踊り始めた。
「………………」
この場に聴こえるのは彼女がステップを踏む音だけ。
無音の旋律が耳を刺激し、それに合わせて彼女の脚が音色を響かせる。
そこには静かな、とても静かな美しい音楽が奏でられていた。
その様子にこの場にいる者全員が見惚れ、そして
「…………ご覧いただき、ありがとうございました」
そうして彼女は再びこの場に居る全員に一礼すると、上品な足取りで壇上から去っていった。
美しい音楽を耳にした余韻なのだろう、彼女が去ったというのにこの場に声を上げる人物がまったく存在しない。まったくの無音だった。
そしてまるで思い出したかのように既に舞台から去った彼女へ向けて万雷の拍手が鳴り響くのだった。
「…………本当に素晴らしい舞でした。では、これより貴族と騎士の邂逅に移ります」
その後の儀式は粛々と行われ、開幕の儀はつつが無く終わりを迎えるのだった。
○○○
開幕の儀も終わり、俺は馬車に揺られてワルツ家の屋敷の門を潜った。
これから屋敷内にある応接室にて、ワルツ家の当主である『プラノード・ドゥ・ワルツ』との会談が行われようとしているのだ。
「改めて、私はダリアン十二貴族序列第十一位ワルツ家の当主、プラノード・ドゥ・ワルツだ。これからの二年、良好な関係を築こうではないか」
そう言って差し伸べられた手。俺はその手を握り締め、彼の眼を真っ直ぐに見つめ返した。
「ダリアン騎士団、クレイング・ラーブルです。騎士として、あなた方を精一杯お守りいたします」
定型分で応答されるこの一幕。
まあこれに関しては
「さて、それではこの家での決まりを教えるとしよう。さ、席へどうぞ」
「失礼します」
応接室の椅子に座り、当主と相対した。
そして当主の側に控えていた侍女が慣れた動作でお茶の用意を済ませ、すぐに元の位置へ戻った。
「この日のために最高級の茶葉を用意した。まずは一杯どうぞ」
「ええ、いただきます」
さて、ここからは儀式の外。
この小さな部屋には計り知れないほどの緊張感が漂っている。おかげさまで紅茶の味もろくにわからない始末だ。
「気に入っていただけましたかな?」
「ええ、ほのかな甘みが疲れを癒してくれますね」
「それはよかった。では本題に入ろう」
そう言って彼はカップを置くと、手を組んでこちらを見た。
威厳に満ちた黒い瞳が彼の厳格さを如実に現している。
「まずは貴殿の仕事はこの屋敷の警護、そして私の仕事の補佐を任せる」
「補佐?」
プラノード・ドゥ・ワルツは社交界にもろくに顔を出さない謎の多い人物だ。
事前に集めた情報でも『気難しい人物』やら『何を考えているのかわからない』といういかにも苦労している貴族の評そのまま。彼やその家族のことはわからないことだらけだった。
「仕事の補佐とは主に二つ。他の貴族と会合する際の護衛と会合の記録だ。これは誠実を重んじる騎士である貴殿に任せられることだと判断した」
「了解しました。それでは屋敷の警護は?」
それに加えてこの屋敷も怪しさに拍車をかけている。
由緒ある立派な屋敷だが、他の十二貴族の屋敷と比べると明らかに小さく、使用人の数も少ない。
言ってしまえばそこいらの田舎貴族と大差ないのだ。
「警護と言ってもそんな仰々しいものではない。基本的に屋敷に不届者がいないか見回り、もしよろしければ侍女達の手伝いをしていただく」
「手伝い、ですか」
「騎士である貴殿にそんな雑事を任せるのも心苦しいが…………」
「いえ」
そんな人物が果たしてこのダリアンの国を裏切るのか。それを見極めるのが俺の任務だ。
「その任務、丁重に受けさせていただきます」
そのためなら、俺はどんなことでもやろうではないか。
ダリアンの未来を守るために。
「感謝する。あとこれは重要なお願いなのだが……」
「…………?」
そう言って前置きを挟んだ彼の顔を俺は見逃さなかった。
明らかに貴族とは別の意味を含ませた表情に。
「この屋敷には私や侍女以外にも娘がいる」
「ええ、事前に聞いております」
「娘はまだ成人前だ。貴殿を疑っているわけではないが万が一ということもある」
その顔。その表情は貴族の顔ではなく、一人の父親の顔を覗かせていた。
不器用ながら子を守る、父親の顔を。
「この二年の間、娘との接触はご遠慮願う」
「…………」
「唐突なことで申し訳ないが、これは絶対に守ってもらう。まさか断るとは思ってはいないが?」
有無を言わさぬその態度。その迫力に思わず冷や汗がぽつりと落ちた。
まったく、何がそこいらの没落した田舎貴族と大差ない、だ。この評価を下した過去の自分を殴りたくなってしまう。
彼はダリアン十二貴族の中でも屈指の、何者にも折れない
「了解しました。しかし…………」
とはいえこのまま何もしない、というのも任務にならない。
それに娘というのは彼の見せた唯一の隙、そう簡単に手放すものか。
「私は騎士です。この屋敷のお世話になる者として、ご息女に挨拶の一つはさせていただきたい」
「…………しかし」
「一言だけで良いのです。貴方様が困るようなことは一切致しません」
この提案に彼は仕方ないとでも言うように表情を強張らせながら紅茶を啜った。
「わかった。しかし挨拶をする時には侍女のマリアンを同行させる。それで良いな?」
「もちろんです。寛大なご対応、ありがとうございます」
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