第6話 騎士クレイング・ラーブル
○○○
俺は騎士でありながら騎士というものから逸脱した存在だ。
悲しいことにな。
俺の両親は俺が産まれてすぐに他界し、小さな商店を営んでいた祖父母が代わりに俺を育ててくれていた。
自分でも言うのはなんだが、その時の俺は両親を亡くしたこともありかなり荒んだ少年だったと記憶している。
そんな俺を祖父母は愛情込めて育ててくれた。今更ながら本当にありがたいことだ。
そうして俺が産まれてから十年が過ぎた辺りからだろうか。祖父から贈られた親父の遺品の中に将来の夢が埋まっていた。
『ハートの騎士の冒険譚』
そんな陳腐な題名の小説に俺は心惹かれた。惹かれてしまった。
小説の内容も陳腐そのもので、悪い人間をやっつけた。怖いドラゴンをやっつけた。みたいな、どこかで聞いたことがありそうなぐらいありふれた話が羅列されていた。
しかしまだ幼かった俺は、物語の中で躍動する騎士の物語に心を奪われ一つの夢を抱いた。
ハートの騎士のようなかっこいい騎士になりたい。
そんなありふれた子供の夢を叶えるために俺は祖父母の反対を押し切ってダリアン騎士団の門を叩いたのだ。
しかし当時の俺はまだ15歳にも満たない若造。こんな若造がなれるほど騎士というのは甘いものではなかった。
当然俺は門前払いにされ、涙のまま祖父母の下へ帰る、はずだった。
『いいじゃないか。本気で騎士になりたいという彼の気持ちにチャンスを与えても良いと思うよ』
しかし当時副団長だったニコロの目に留まり、その結果弱冠12歳の騎士が誕生した。
そこから先は訓練に次ぐ訓練。大人達の中に混じり身長ほどある剣を振るい、騎士としての礼節を学び、そして守るべき人達の姿をこの目に焼き付けこの道を歩き続けた。
そして忘れもしない19歳の春。
騎士団に入団してから7年の月日が経った俺は最年少ながらも有力な騎士としての地位を確立していた。
そんな俺はダリアンにまつわる一つの事件に遭遇した。
事件はある植物の種を密売している闇市の情報を受けたところから始まる。
ダリアンに限らず、この世界では植物の種の持ち込みには国の許可が必要だ。
この世界の植物の中には生態系に大きな悪影響を及ぼす種が多数存在しており、もし無断で持ち込みばら撒けばその国の生態系を簡単に壊すことができるのだ。
閑話休題。その通報を受けた騎士団は直ちに闇市が開かれた場所を摘発。そこにいる全ての人間を拘束したのだ。
その後、本来なら都にある裁判所で厳正に裁かれその罪を償うはず、だった。
しかし闇市の客の中にはダリアン十二貴族の家系の者が混ざっていた。そこから事態は急変、いや消失した。
裁判所が下したのは『闇市など最初から存在しなかった』という判決。
驚愕したのはその件に関わった人物や証拠がまるで煙のように消え失せたことだ。
それがきっかけだったのだろう、俺の人生が一変したのは。
『この国は、大きく変わり始めている』
その事件の後、新たに騎士団長となったニコロは闇市の摘発に動いた騎士達をある部隊へと配属させた。
騎士団長直属の秘匿捜査部隊、通称『
名前にある通り秘匿され表には存在しないこの部隊はダリアンの内政の制御と貴族に対する
そして俺は騎士団長秘書と
この異例の出世。その裏にはこのダリアンの貴族社会と騎士団の思惑が絡み合っていたのだ。
『クレイング、この国は腐っているんだよ。芸術という輝かしい絵画の裏には醜い獣の姿が写し出されているのさ』
騎士団長の言葉の通り、この国は腐っていた。
貴族を含めた上流階級の連中は己の利益のために足を引っ張り合い、この国を陥れる。
芸術の国という綺麗な劇場の裏には陰謀が蔓延る伏魔殿が隠されていた。
それがこのダリアンという国の真実だった。
『このままではこの国は徐々に死んでしまう。だから君にお願いがあるのだ』
━━━━ボク達と共にこの国を、裏切ってくれないだろうか。
赤く燃える火を背景に差し伸べられた手。国を裏切るという言葉。
その手を俺は掴んだ。掴んでしまったのだ。
その時の俺は理解していなかった。
理想と現実が乖離するダリアンという国の姿を。
乖離した理想と現実で苦しむ俺という姿を。
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