第3話 奏でるのは焦がれた気持ちと
○○○
ティータイムが終わった頃、開幕の儀も終わり、お父様達がお屋敷へ戻って来ました。
この後はお父様と派遣される騎士様による会談が行われるでしょう。
お父様から騎士との接触を禁じられた私は一人寂しく自室で外を眺めていました。
外は相変わらずの晴天、しかし私の心には紺色の雲がふわふわと浮かび上がっていたのです。
「ああ、バイオリンを弾きたいわ」
そうなんです。
この三日間、屋敷の中は儀式の準備で慌しく屋敷を抜け出して黄昏の家へ向かう暇がなかったのです。
黄昏の家に行けないということはバイオリンが弾けない。この事実に私は胸の内が燃えるような焦燥感に包まれていました。
バイオリンが弾きたい、あの耳を魅了する美しき音色を奏でたい、弓を使って弦を弾き鳴らす快感を今すぐにでも体験したい。
ああ、弾きたい、弾きたい、弾きたい。
まるで恋焦がれる少女のように私の心は
ですが私が隠れてバイオリンを弾いてるのをお父様に知られてしまったら。そんな恐怖という留め具によって私の衝動はなんとか抑えられていました。
「でも、今ならバレないわよね」
お父様は騎士様と会談中。
会談が行われているのは屋敷とは遠い別室。静かに弾けば聞こえることはあり得ません。
「そうね、大丈夫よ」
決意をした時、衝動を抑える留め具は音を立てて外れてしまいました。
私はベッドの下に隠したケースを取り出し、バイオリンと弓を手に持ちました。
ああ、この感触!
三日間待ち焦がれたこの滑らかな木材の感触が手に伝わり感じます。
私の心はまるで夜空を流れる星のように静かに、それでいて燃え盛る炎のように激しく躍っていました。この嬉しさはマリアンの作るマフィンを食べた時より何倍もの大きさです。
「ですが大きな音を立ててはだめよ、静かに、ゆっくりと音色を奏でるわ」
そう自分に言い聞かせながら弓を引いて音色を奏で始めました。
本日の演目は雨の日のメロディ。
静かに降りしきる雨は誰かの心を冷たく濡らしている。
悲しくて、苦しくて、今にも叫びそうな誰かの心を慰める一曲を、ゆっくりと奏でる。
一つ引いていくたびに地面に落ちる雨音を思わせる音色が部屋の中をこだまする。
ああ、誰もが悲しむこの雨の中で心に寄り添う音色を。
静かに、ただ静かに私は奏でる。雨で濡れた誰かの姿を思い浮かべながら。
「━━━━━」
厳かに、だけど優雅に。
切ない気持ちをこの手に乗せて、バイオリンを弾き続ける。
この晴れた空の下で雨の音色を私は…………
「お一人のところ失礼します」
「!?!??!!??!!!」
扉の向こうから男性の声が響いて来ました。
唐突な出来事に驚いた私は声にならない声を叫びながらベッドの方へ倒れ込んでしまいました。
「急な訪問をお許しください。私は本日よりワルツ家へ派遣されました、ダリアン騎士団のクレイング・ラーブルと申します」
そんな私の状態なんて露知らず、扉の奥の紳士は美しいアルトボイスを響かせながら自己紹介をしてくれました。
しかし私の心中は焦りで一杯。紳士の声に返事をすることができずにただベッドに顔を埋めて蹲ることしかできません。
「ワルツ卿から事情は伺っています。二年の間ですが、騎士としてあなた方をお守りすることを誓わせてください」
扉の奥からシュッと布が擦れるような音が聞こえてきました。おそらくクレイング様が敬礼したのでしょう。
「それでは私はこれで失礼します」
そうしてこつり、こつりと足音が段々と遠ざかって行くのでした。
クレイング様が去り、私はベッドに蹲り、顔を真っ赤にしながら先程のことを思い出していました。
あの美しいアルトボイスだけで想像できてしまう彼の美しい顔の造形。声色から伝わる真面目な性格に私は思わず心を奪われてしまって………….....るわけではなく。
「え、演奏聴かれてなかったわよね…………」
もし聴かれてお父様にこのことがバレてしまったらという不安。そして私の拙い音色が顔も知らない誰かに聞かれたことに恥ずかしくなっていたのです。
「ぅーーーー!」
私は恥ずかしさを誤魔化すように、ベッドに顔を埋め、まるで鷹のような甲高い声を上げ続けるのでした。
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