第2話 紅茶とマフィンは淑女の嗜み

   ○○○

 太陽が爛々と輝いてる午前十一時。

 本日より貴騎相関の儀が始まります。


 貴騎相関の儀の始まりは都の中心にある『エアルト中央広場』で執り行われます。

 そこで各十二貴族の当主、そして本日から派遣される騎士達の面々が顔を合わせダリアン神への誓い、そして貴族と騎士の安寧を願う言葉を序列第一位である『エアルト家』の当主様がダリアンの民達の前で宣誓することになります。


 本来なら十二貴族全ての人間がこの儀式に参列し、その行末を見ることになるはずなのですが。


「お嬢様、この一節が最後となります。しっかりと指を動かしてください」

「え、えーと…………」


 現在の私はお屋敷にて、マリアンによるピアノの指導を受けていました。


 先の噂の影響によってお父様、というよりダリアン十二貴族全体の総意によって、今回の始まりの儀式には未成人の女性の参加を自粛することになったのです。

 この過剰とも言える対応にはやはり芸術を畏れている貴族の現状が見て取れます。


 こうして私は屋敷でマリアンと一緒に、ピアノの稽古をすることになったのでした。

 その光景はさながら騎士の訓練のように、厳しい指導が繰り広げられていました。


「疲れました…………」

「お疲れ様でしたお嬢様。そうですね、ちょうどいい時間ですのであちらのテラスでお茶にしましょう。お茶請けにマフィンを作ったので食べてください」


 そうして私とマリアンは屋敷の外にあるテラスで、軽いティータイムを始めました。

 肌色のクロスが敷かれた白いテーブルの上には赤茶色の紅茶、そしてマリアンお手製のマフィンが置かれ慎ましくも華やかに彩られています。

 

 鳥の囀る音に耳を傾けながらゆっくりとイスに座り、カップを手に取り匂いを嗅いだ。


「甘くていい香りね」

「疲れを取りやすくするために甘い茶葉を選びました」


 さりげなく、それでいて上品な気遣い。

 この小さな気遣いこそ長年このお屋敷で侍女長を務めているマリアンの美徳です。この気遣いに私は何度も助けられました。


 心の内で関心しながら私はカップに口を付けました。

 マリアンの言った通り、ほのかな甘みが口の中に広がっていきます。深いコクが暖かい紅茶を引き立てると、まるで山を流れる川の水のようにスッと喉を通っていきました。


「美味しい…………」

「ありがとうございます。さ、マフィンも一口どうぞ」


 促されながらマフィンを手に取る。

 作ってから二時間ほど経ったのでしょう。少し冷めていましたが、その触感は未だ綿のように柔らかいままでした。


「いただきます」

 

 一口。それだけで大きな衝撃が口内を駆け巡りました。

 ふわふわのマフィンはとても甘いながらも引き締まった味は三時間に渡るピアノの疲れを一気に吹き飛ばしました。

 ほのかに香るバニラの匂いが食欲を引き立たせたのか、一個目のマフィンはすぐに無くなってしまいました。


「気に入ったようですね」

「すごく美味しいわ。こんなの食べたの初めて」


 あの厳しいピアノの練習という大きな苦労を乗り越えたからこそ、このティータイムにて素晴らしいお菓子に巡り会えたのでしょう。

 このマフィンの味はそれほどまでに美味しかったのです。


「これならご褒美にはぴったりですね」

「ご褒美? どういうことなのマリアン」


 私の素朴な疑問に、マリアンは三日前に見せた湖の妖精のような笑顔を浮かべます。

 ああ、この笑顔に良い思い出がありません。


「お嬢様が厳しい指導に耐えられるようになるために考えたのですよ。こうしてご褒美を与えればお嬢様は頑張ってくれるでしょうと。現にそのお菓子を食べたお嬢様の表情はまるで痩せ細ったロバが牧草を食べた時のように嬉しそうでしたよ」

「………………」


 思わず絶句してしまいました。

 つまり私は最初から彼女の手のひらの上で踊り続けていたということです。


「またこのマフィンを食べれるように頑張ってくださいね、お嬢様」


 狡猾なマリアン!

 私の胃袋を甘味の鎖で縛りつけ、自由を奪うつもりなのね。

 なんと恐ろしい人なのでしょう。ですが私はそんなものに縛り付けられるほど柔な人間ではありません。


「モグ、私はあなたの思惑通りにはさせないわ。…………モグ」

「お嬢様、食べながら話すのははしたないのでやめてください」


 こうしてティータイムの時間はゆっくりと過ぎて行きます。

 日が高く上る午前の時間。私とマリアンは束の間の休息を堪能するのでした。

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