異世界勇者だった親父のせいで許嫁がいっぱい!

蒼色ノ狐

第1話 初めましてオーテク、さよなら自宅

 ―オーテク。


 自然豊かで数多の人種が共存しているこの世界に危機が迫っていた。

 そう、悪の大魔王である。

 大魔王を前に人々は次々に倒れていき、滅亡は時間の問題かと思われた。


 しかし、オーテクの民は力を結集し大魔王を倒せるだけの力を持った異世界の勇者を召喚する事に成功する。

 勇者は仲間と共にオーテクの民と触れ合いながら力を付けて行った。

 そして数年の時を経てついに勇者は仲間たちと共に大魔王を打ち倒す事に成功した。


 それから既に数十年。

 勇者は元の世界に戻り穏やかな生活を送っていた。

 その異世界を救った勇者こそ!



 「親父だって言うんだろ?もう何回目だよこの与太話。」


 カレーを食べた食器を洗いながら流川颯るかわ はやては自身の父親であるつるぎの話を中断させる。


 「本当の事だぞ。お前は一向に信じ無いがな。」

 「それを信じるぐらいなら明日世界が滅亡する方を信じるよ。」


 これでも幼少の頃は颯もこの話を信じていたのである。

 だが、既に颯も高校に入ろうかという時期。

 その歳で信じていたらよほど純粋か、そういうお年頃かと温かい目で見られる事であろう。


 「魔法だって見せてやったろうに。」

 「あの火の奴か?今どき100円で買えるマジックグッズの方がまだ驚けるぜ?」

 「…息子が信じてくれない。」

 「ったく。」


 何だかんだで颯は剣の事は嫌いでは無い。

 男の身一つでここまで育ててくれた感謝もある。

 ただこの作り話だけは何度聞いても信じる気は無かった。


 (そう言えば。親父の仕事ってなんだっけ?)


 颯がこの事を剣に聞いても毎回はぐらされ、小学校の作文の時に苦労した事を不意に思い出す。


 (母親についてもはぐらかすんだよな。まあ生きてはいるみたいだけど。)


 分かりやすい剣の反応から、自分の母親が生きてる事は何となく察していたが、それ以上は突っ込む気は無かった。


 (まあその内教えてくれるだろ。)


 そう思考を打ち切って颯は洗い物を終える。

 テレビを見ている剣に近づくと、ちょうど速報が入ったところであった。


 「なになに?明日全世界同時で緊急の合同声明…。なんだよ地球が滅ぶのか?」

 「さあな。…颯、明日からしばらく御飯作らなくていいから。」

 「はぁ?どうしたんだよ急に。」

 「明日の朝から用事があってしばらく家には帰れそうにないんだ。あ、それとどこでも出かけられるように荷物をカバンか何かに押しこんどけ。」

 「夜逃げでもすんのかよ。」

 「違うさ。まあしなくてもいいが、後悔はするなよ?」

 「…へいへい。」


 剣の言い方は引っかかったが、とりあえず荷物を詰め込んでおこうと自室のある二階に登ろうとする。


 「そうそう。明日はいつ起きてもいいが、テレビだけはしっかり見ろ。いいか?絶対だぞ。」

 「何でそこまで強調すんだよ。分かったよ、じゃあおやすみ。」

 「ああ、おやすみ颯。」


 これからしばらく、剣の顔が見れなくなるとは思わず、颯は二階へと登っていった。



 プルルルル

 プルルルル


 「おう颯。家の状況はどうだ?」

 「どうだも何もあるかバカ親父!今どこだ!詳しく説明しろ!」


 電話越しに怒鳴りまくる颯の声を受け流しつつ剣は軽く息を吐く。


 「その様子だとちゃんとテレビを見たみたいだな。」

 「あの緊急合同声明が出てから家の電話も俺のスマホも通知や着信が鳴りっぱなしなんだよ!当然見るに決まってるだろ!大体何だよあの声明の内容!」


 何故颯がこのようになっているのか?

 全ては朝に発信された声明の内容にあった。

 その内容とは…。


 「地球とオーテクの異世界間同盟が形成って!親父の話って本当だったのかよ!?」

 「だから最初から言ってるじゃないか。信じなかったのは颯だろ?」

 「あんな軽いノリで話してて信じる訳ないだろ!」


 そう声明の内容とは、異世界同士である地球とオーテクの間で同盟が結ばれたと言うものであった。

 地球の科学的な資源をオーテクに送る代わりに、オーテクの魔法的な力で地球上の様々な問題が解決し。

 その上互いに交流することで少子化も解決できると政治家がドヤ顔で解説していた。

 この時点でも質の悪いドッキリを疑っていた颯であったが、地球の友好大使としてオーテクの何か偉そうな人と硬い握手した時にはもはや立っていられない程であった。

 何時間も経ち、ようやく意識を取り戻した颯が震える手で剣の電話番号に掛けたのであった。


 「まあ何はともあれこれで信じただろ?じゃあ父さんあまり時間が無いから…。」

 「ちょ!ちょっと待て!?いつ帰ってくるんだよ!っていうか今どこだよ!」

 「今はジュネーブでちょっとした話し合いの途中だな。」

 「それ絶対にちょっとしてないよなぁ!」

 「まあまあ。そろそろそっちにも迎えが来るはずだから安心しろ。」

 「はぁ?何の迎えだよ。」


 剣の意味不明な言葉に不快感すら表す颯であったが剣は知ってか知らずか明るい口調で続ける。


 「それはサプライズという事で、…おっとそろそろまずいな。じゃあ颯、次はいつ電話出来るか分からないけど元気でな。」

 「おい親父!…ちぃ!切りやがった。」


 電話を切り、とりあえずこれからどうするか考える颯であったが突然家のチャイムがなった。


 「…まさかマスコミじゃないだろうな。」


 疑いながらも颯はカメラで確認するのも忘れ玄関の扉を開ける。


 「はい、どちら…さま?」


 颯は訪問者に絶句した。

 その訪問者はまさにお姫様であった。

 美しい顔立ちにしても、美しい金髪にしても、素晴らしい造形美にしても、それを着飾る豪華なドレスにしても。

 何もかもが自分とは別世界のように思えた。

 少なくともこんな一般家庭の玄関に立ってていい人物では無い事は颯も理解出来た。


 「ごきげんよう、流川颯さま。ワタクシはオーテクの国の一つであるサーライト王国が国王の次女、ルナマリア・レ・サーライトと申します。」

 「ど、どうもご丁寧に。」


 ルナマリアからあふれ出る高貴さに思わずどもってしまう颯。

 そんな颯を見ながらルナマリアは上品に笑う。


 「フフ。緊張せずともよろしいですわよ。何せこれから家族になるのですから。」

 「?それはどう言う意味で?」

 「あら?颯さまのお父様からお聞きになられてるのでは?」

 「そ、それが全く。」

 「…そうですか。」


 美しい所作で考え込むルナマリアを何故か緊張しながら颯は見つめている。


 「まあやるべき事は変わりませんわね。…颯さま。」

 「は、はい!」

 「端的に申しますけど、ワタクシとあなたは許嫁です。」

 「…はい?」

 「そしてワタクシと同じあなたの許嫁が少なくとも、あと五人います。」

 「…はい??」

 「と、言う訳でここでは手狭であると共に警備に不安がありますのでご引っ越ししてもらいます。」

 「…。」

 「あら?気絶してしまいましたか?…まあいいです。では丁重にお願いしますわね。」


 ルナマリアが言い切ると同時に、どこからか大量の黒服が現れ流川家に入っていく。

 そして颯自身も丁寧に黒塗りの車に押し込められる。


 「例の所へ。」


 共に乗ったルナマリアがそう短く命令すると車は走り出した。


 「フフ。楽しみですわね。一人の殿方を巡った女同士の共同生活というのも。」


 これからの暮らしを思い描き、ルナマリアからは笑みが零れていた。

 だが、最後に勝つのは自分である事を彼女は疑わなかった。


 「待っててくださいませ。未来の旦那様?」


 ルナマリアの視線は未だ気絶している颯に向けられていた。

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