第26話 エマージェンシー in the プール

 密室のシャワールームで、いわゆる『壁ドン』状態で赤面し合う俺たち。


 天音は誤魔化すようにはにかんだ。


「思ったより……ち、近いねっ!」


 てへへ、と睫毛をしばたたかせる様子が逐一可愛い奴だ。

 だが。


「そういえば、こないだコンカフェで囁いたときの方が近かったような気がするが? たしか、こんな感じでASMRを所望して……」


 耳元に口を近づけると、天音はあの時のわくわくした想いとは全く別の初心な反応を見せた。


「ひゃっ!? くすぐったいよ、中野くん!?」


(……どうしよう。面白い。というか、天音が可愛くて止まらない……)


 いたずらに耳に息を吹きかけると、天音は「ぴゃっ!?」と縮こまる。

 すると、急に力が抜けたかのように腰をがくっと落として、俺の右太腿に跨った。


「中野くん、それは反則だよぉ……!」


 「もぅ~! 腰抜けちゃったぁ!」と困った様子の天音。

 一方で俺も、太腿に水着姿のままダイレクトに跨られたら感触がモロに……


(んぐ……非常によろしくないぞ、このままだと……!)


「天音! 退け! 早く!」


「腰に力入らないよぉ!!」


「ばかっ! 騒ぐと人が来る!」


「騒いでるのは中野くんも……あれ? なんか固……」


「気のせいだっ!! ほら、出た出た! 忘れ物は!? 取りに行ったんじゃなかったのかよ!?」


「あっ。そうだ。それで、うっかり足を滑らせちゃって、ここに転がり込んじゃって……待ってて、取って来るから!」


(…………助かった)


 ホッと一息、シャワー室の扉を閉めて心と体を鎮める。


 だが、天音の心臓はそれから一向に鎮まることはなかった。


(……中野くんも、男の子なんだなぁ……)


 はわわ! と思いだし赤面をして、天音は忘れ物を取りに行ったのだった。


  ◇


 それから一日、天音は中野のことをずっと見ていた。


 涼城たちと合流してかき氷を食べる姿、焼きそばを食べる姿、たこ焼きを食べる姿……


(結構食べる。見た目はほっそりしているけど、やっぱり男の子なんだなぁ……)


「ねぇ中野くん! 綿花と美姫と浮き輪で漂うから最高に映えるの撮ってよ!!」


「はーい。ほら、全員こっち向いて……おい涼城! ひとりだけ波に流されるな!」


「だってココ波のプールよ!? 無茶言わないで!」


「あ~もう! 少しで良いから水面下でバタ足してがんばってくれよ……!」


 やれやれ顔で綿花ちゃんを引き上げる左腕……


(色、真っ白だけど。やっぱりそこそこ筋肉はついているんだな。男の子なんだなぁ……)


 それから、夢野先輩にひっつかれて慌てる様子。

 綿花ちゃんのたわわなおっぱいから視線を逸らす様子。

 どこを切り取っても中野くんは吸血鬼なんかじゃなくて、普通の男の子で。

 そんな彼のことを愛おしいと思っている自分に気が付いた。


「……美姫、美姫っ……!!」


「ふえ?」


 あまりにぼーっとしていたのか、気が付くと私は夢野先輩に呼ばれていて。

 ふわっと、何かが落ちる感触がする。


「「ああああああっ!?!?」」


 バシャバシャと水音を荒げながら綿花ちゃんと先輩が近づいてきて、目の前でシャッターを構えていた中野くんは思わずスマホを落としそうになる。


「だめっ! 今撮っちゃだめぇえええ!!」


 慌てる夢野先輩の声の意味が、すーすーする胸元の感触でようやくわかった。


「はれっ!? あれっ!? 私の水着……!?」


 上、取れてる……?


「んきゃぁああああっ!?」


 急いで胸元を覆い隠す。

 綿花ちゃんがプールに揺蕩うビキニの上を取ってきてくれて。

 先輩にはわはわ隠されながら急いでソレを着直す。


「あっ。えっと、その……見え、ちゃっ……た?」


 そろりと尋ねると、中野くんは口元を覆って耳まで真っ赤にして。


 こくり、と首肯した。


 その初心な様子に、改めて思う。


(中野くん、やっぱり男の子なんだなぁ……)


 でも、嘘がつけなくて、なんだかんだで照れながら頷いちゃうところとか……


 なんか可愛いな。


 天音美姫はこの日、改めて中野のことを「好きだな」と思った。





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