第25話 壁ドン
夏休みの二週目。夏のコンクールに精を出していた天音が、無事県大会に出場を決めたということで、俺たちはかねてから計画していたプールへ足を運ぶこととなった。
女子三人に男子ひとりという、周囲の羨望と殺意に晒されながらプールサイドを歩く俺。肌は真っ白、長めの黒髪が陽光を反射して、熱さに弱く、今にも溶けそうだ!
だがそれがいい! 吸血鬼っぽい!
周囲の殺意もなんのその。中二病を拗らせた俺には関係のない話だ。
だって今日一緒に来ている三人は。たまたま女子なだけで。
実は誰とも付き合っていないからな! 殺意を向けられる謂れがない!!
……悲しい。
せっかく三人も女子がいるんだ。ひとりくらい彼女でもよかったんじゃないのか?
いや、まぁ、俺には好きな人がいるから、この中に彼女がいても困るわけだけど……なんとも複雑な心地だ。
「おっ待たせ~!」
更衣室前の広場でスマホを弄っていると、大手を振って夢野先輩が出てくる。
白いビキニは愛らしいフリルがあしらわれ、苺の柄が散りばめられていてまるで菓子の包みのようだ。頭の上にはちょこんと三つ編みをまとめたお団子がふたつ乗って、まるで幼女――ごほんっ。そういうところも先輩らしい。
そうして、先輩はお決まりの台詞で問いかける。
「ねぇ。私……可愛い?」
「はい。世界で一番」
にぱーっ! とした満足げな笑みが愛らしいと思う。世界で一番。嘘じゃない。
本当に心の底からそう思った。
その後ろからおずおずと両脇をさすりながら現れたのは涼城だ。
シンプルイズベスト。真っ向勝負(?)の白ビキニ。ウム。素晴らしい。
「……デカいな」
思わず呟くと、涼城は顔を真っ赤にして拳でぽこすか抗議した。
「今、太ってるって思ったでしょ!?」
「一言も言ってないが!?」
「絶対思った! 口に出してないけど思った! だって視線が脇のはみ(出し)肉を見てたもん!!」
(……だから脇を抑えていたのか。はみ出しているその肉、肉でなくて胸なのでは? いや、胸はそもそも肉か。いや、どこからが脇の駄肉でどこからが胸……?)
ああもう、わからん!
「すまない! 胸は見た! ガン見した! そこは謝るが、太っているとは一言も――!!」
「うわぁああ! 先輩! こんな奴放っておいてあっちで25メートル競走しましょうよ! ちょっとでいいから痩せるんだぁあ……!!」
「あっ、待ってよ綿花! 美姫がまだ――てゆーか、インスタ用のひまわり浮き輪でプカプカする約束は!? っておい! こら、聞けぇ!! ごめん中野くん、ちょっと美姫のことお願いね!!」
そう言い残し、涼城と夢野先輩は去ってしまった。
足早にプールサイドを移動するゆめかわ美少女とデカパイメンヘラのふたりに男の視線が集まるも、競泳用25mプールでゴーグルをつける姿に野郎どもが散っていく。
(美姫をよろしくったって、なぁ……)
――ふたりきりか。
アイス屋でデートしたとき以来か……
正直、俺の中での天音に対する好感度は高いのだが。
まさかふたりきりで、プールで遊ぶことになろうとは。
どうやら俺と天音は、吸血鬼とセイレーンという二つ名持ちの割にはフツーのデートをすることになる運命らしい。
中二病である俺が、すこぶる嫌いな『フツーの出来事』。
それが、天音と一緒だと嫌じゃない。
(……なんか、こそばゆいな)
思わず鼻の下を擦っていると、煌めく鱗とパールがあしらわれたパレオに身を包んだ天音があらわれた。
まさにセイレーンと見紛う美しさと、それを妖艶と思わせない澄んだ愛らしさの瞳のギャップが、いい……
「ご、ごめんね。遅くなっちゃって……あれ? 中野くんだけ? 他の二人は?」
思わず数秒見惚れていた俺は、ハッとして天音に向き直る。
「25mプールでダイエットだそうだ」
「えー! なにそれ、つまんない!」
ぷくーっと無邪気に頬を膨らませる天音に激しく同意する。
つか、いちいち挙動が可愛いんだよな、天音は……
熱くなった頬を冷まそうとそっぽを向くと、天音は思い出したように声をあげて。
「あーっ! 更衣室に忘れ物した!! ごめんね、ちょっとだけ待ってて!」
そう言ってぱたぱたとサンダルを鳴らし、とんぼ返りする様子も可愛くて。
天音に対して幾度も『可愛い』と思う俺は、浮気性なのだろうか?
でもしょうがないだろ。可愛いんだから。
部長に対する「俺が支えたい」という思いとコレは別モノだ。
すると、数秒も経たずに付近のシャワー室の方から悲鳴が聞こえてきて……
「きゃぁああっ!?」
「天音っ!?」
聞き間違えるわけがない。だってさっきまで話していたんだから。
それに、思い返せば園内アナウンスが言っていた気がする。
ここ最近、簡易シャワー室が共同スペース(しかも個室)なのをいいことに、男性客によるシャワー室へ連れ込み事件が増えていると。
身の回り、ひいては女子ひとりで行動するときは気を付けるようにと……
天音をひとりで行かせるべきではなかった。
「くそっ……!」
急いで飛び出し、魚の鱗柄のパレオの足元を探す。もしくは、シャワー室に複数名の足があるところ……
(見つけた……! 鱗のひらひら、天音の水着だ!)
「天音っ、大丈夫か!?」
勢いよく扉を開けると、なんとそこは施錠されておらず、俺はつんのめるようにして個室におさまってしまった。
バタン! と背後で扉の締まる音がする。
「あ……」
その体勢は、『壁ドン』だった。
俺の、勢い余った右腕が壁に手を突いて、天音の栗色の髪がそこへさらりと零れてきて……
「「あ……」」
密室のシャワールームで、俺たちは互いに赤面し合っていた。
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