第24話 咲いて散る

「中野君。愛してる」


 花火で明滅する視界に、夢野先輩が重なって。

 先輩は、そっと遠慮がちにキスをした。


 俺にとっては、ファーストキスだった。


「助けてくれたあの日から、私はキミのことが好き。あんな風に助けられたら誰だって惚れちゃうのも無理はないでしょう? もとより私は夢見がちな女だし、ついつい、キミに夢を見ちゃうんだ」


「先輩……」


「でも、わたしはコレが一夜の夢だってちゃんとわかってる。キミが三年の先輩のことを好きなことも知っている。見ていればわかるよ。わたし、これでも一つ歳上のお姉さんなんだから。だから邪魔はしない。したくない。私のせいで好きな人が不幸せになることだけは、絶対に嫌だから」


 言い切ると、夢野先輩は涙と共に、笑みを浮かべた。


「応援するわ。わたし……キミのことが好きだからこそ、応援したいの。今はこれで、十分」


 そう言って、先輩は浴衣の袖から指先を出して俺の指を摘まんだ。


「友達でいて」


「はい」


「キス……初めてだった?」


「……はい」


 やはり、経験者にはバレるものなのだろうか。

 赤面しながら指先の熱に緊張していると、夢野先輩は飴色に染まった舌先を出す。

 これでもかというくらい、いたずらっぽく。世界で一番、可愛く。


「えへへ。奪っちゃった♡」


「……!」


「だからこの夢はもうお終い! 私にとっては、これがハッピーエンドなの。キス……イヤだった?」


「イヤ……なわけがないです。あっという間のことで、何が何やらですけど。俺にはもったいないくらいの、初めてでした」


「ふふふっ。やっぱりハッピーエンドだ。夢みたい。ねぇ中野君、もう一回だけ、キスしてもいい?」


 恋心の全てをかけたその問いにノーと言えるほど、俺は酷な人間ではない。

 俺も、ひとりの友人として、その想いを受け入れたい、恋の昇華を手伝いたいと思う程には先輩のことが好きだから。


 黙って頷くと、夢野先輩はもう一度だけ優しく唇を合わせた。


 ――『大好き。』


 唇から息を吹き込み、先輩は言った。


 その瞬間、最後の花火が打ちあがって、大輪の花を咲かせる。


「……終わっちゃったね。花火」


「それどころじゃあ、なかったですけど……」


「ふふっ。私も! ……でも、楽しかった。いい思い出ができた」


「はい。一生、忘れません」


 初夏の夜風が頬を撫で、ふたり分の熱をゆっくりと冷ましていく。


「さぁて、ここからが本番なんだから! 当然、作戦はあるんでしょうね!? 夏休みはどこに誘うの? 勉強合宿がしたいとか、苦手な科目を教わりたいとかいうのも、本当は先輩絡みなんでしょう?」


「へ――!? あ、はい。勉強を教わりたいのはそうなんですが、夏に部長と会う予定はなくて……」


「無策!? 青春まっさかりの夏に!? ばぁ〜っかじゃないのぉ!? 草食男子ここに極まれりってやつぅ!?」


「うっ……」


「吸血鬼のくせに!!」


「うぅっ……」


「お店であれだけ、誰でも彼でも愛を囁ける演技力スキルがあるんだから、もうちょっと自信もって、がっついたっていいんじゃない?」


「でも、部長は人見知りだし、俺と会った回数だって片手で数える程度で……」


「お客さん――もといお嬢様なんて、初対面だよねぇ!?」


「自分、演技はできても、嘘はつけなくて……」


 愚痴るように零すと、夢野先輩は眉間をおさえてため息を吐いた。


「……余計に好きだわ。もう、バカ……」

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