第23話 花火
夢野先輩との約束の日までに、俺はバイト先の店長から浴衣の着付けを教わった。
『相変わらず、何着ても似合うねぇ~』
『はは。夜の眷属としては当然のことですよ』
『そういうところも相変わらずだねぇ~! 俺は好きだよ!』
と。軽快なやり取りをしつつ、さらりと着心地の良い浴衣に袖を通す。
『うん。夏はお店でも浴衣イベやろうか』
そんな、店長も大満足なお墨付きをもらいながら、花火大会への準備は万端となったわけで。
俺は、約束の日、待ち合わせの時計塔の前で待機していた。
祭りの会場はここから歩いて十分そこら。
周囲には、祭りへ向かうと思しき人波で溢れかえっている。
だが。俺は長めの黒髪に紅いコンタクト、おまけにやや黒に似たグレーベースの浴衣なので、なぜか周囲に人が来ない。
端的に言えば引かれている。
「何? あの人、ヴィジュアル系バンドか何か?」
「にしては、ギター背負ってないし……」
「イケメン……だけど、ナンパについてくる感じじゃないよね……」
と。逆ナンをあっさり撃退するこの見た目の便利さよ! 中二病万歳!
逆ナンされないことを男として喜ぶべきなのかは置いておいて、厄介事に巻き込まれないし、周囲にスペースが確保できるのは僥倖だ。
おかげで、夢野先輩もすぐに気が付いて合流することができた。
白地にピンクの小花柄。金魚の尾ヒレのような絞りが愛らしい浴衣姿に、ちら、ちら、と周囲の男どもが声を掛けようと狙っている。
俺はベンチから立ち上がって夢野先輩の方へ下駄を鳴らして近寄った。
当然、周囲の男共も舌打ちをしながら散る。
「夢野先輩。今日もゆめかわですね」
「でしょうっ!? 今日はいつものツインテを編みこみにしてみたの。編み目に星を埋め込んで、髪が揺れるたびに星が煌めくのをイメージ! 髪のリボンが左右でピンクと水色なのは――」
「キキララですか?」
「ぶぶーっ。織姫さまと、彦星くんですっ!」
「「ゆめかわ~!!」」
あはは! と周囲の人混みを割りながら盛り上がることの、なんと楽しいことか。
ほら退け、ほら退け、姫様が通るぞ。と言わんばかりのモーセっぷり。
俺はさしずめ、姫様の使い魔たるコウモリが人の姿をして付いてきている的な雰囲気だ。う~ん、異次元! これだから中二病はやめられないぜ。
人に避けられることを楽しいと感じることのできる俺と夢野先輩は、根本のところでは気の合う人間同士なのだろう。
もしくは、『好きなものを全力で好きで何が悪い』という、共通の誇りを胸に抱いている。
「今日は来てくれてありがとう、中野君。ねぇ、今日の私、可愛い?」
出たよ。口裂け女の由来。
俺は躊躇いなく答える。
「世界で一番可愛いですよ」
「やだぁ~♡ 嬉しぃ~♡」
(……うん。俺は、そうやって楽しそうに、無邪気に笑う先輩のことを心から可愛いと思います)
―― 一緒にいると、楽しい。
『好き』を全力で楽しんでいる人は、皆そうだ。
「今日はお供させていただきます、お嬢様」
握って欲しそうにぷらぷらしていた手をそっと取ると、「お店じゃないんだから、今日は友達として楽しもう!」と手を握り返されてしまった。
「にしても、中野君は
「先輩のおかげで、お小遣いもたんまりです。ありがとうございます。勉強の方も順調で、夏の終わりには一年生の範囲が修了できるかと……」
「中野君、記憶力無駄に良いもんね」
「中二病をしていると、歴史とか横文字にはやたら強くなるんですよ。あと、魔術につかう薬草、薬品名とか」
「中二病便利すぎでしょ!」
「「あはは!」」
と。他愛ない会話をしながら俺たちは夏祭りの会場を回り、射的や出店を楽しんだ。夢野先輩は、ゆめかわスタイルな浴衣にりんご飴が似合い過ぎて、もはやインスタでバズる勢いだ。真っ赤な唇からとろりと溶ける甘い液体がエロチックに可愛い。
――圧倒的、可愛いの権化。許可を取って店のSNSに写真を上げたら、秒で百いいね!が付いた。あと、ガチ恋勢からの「誰と来てるんだ!?」のコメントも。
俺は急に恐ろしくなって、夢野先輩の手を引いてひとけのない丘の上の方を目指す。
「花火にはまだ時間がありますけど、少し休憩しましょう。下駄、慣れなくて痛いんじゃないですか?」
「……気づいてたの?」
「俺も、ちょっと慣れませんから。なんとなく、そうじゃないかなって。おんぶします?」
「それはいい。おんぶされたら、きっともっと好きになっちゃうから……」
つい、と頬を染めて顔を背ける。
口元をりんご飴で抑えて。
そんな先輩のあまりの可愛さに、こちらまで赤面してしまう。
そうして、そんな俺たちの甘い時間にベルを鳴らすように、大輪の花火が打ちあがった。
夜空に咲く満開の花々が美しくて、胸を叩くような轟音に圧倒されてしまう。
「キレイ……」
「ですね……」
見惚れる、というのはこういうことなんだろう。
俺は、花火に見惚れる夢野先輩に、つい見惚れてしまった。
丘の上の、忘れ去られたベンチに腰掛け、俺たちは各々花火を楽しんでいた。
すると、夢野先輩がふいに紅い唇を開いて。
「ぱぁっと、一瞬で咲いて散る。私の恋は、花火みたいなものね。ねぇ、今日だけは……咲いてもいい?」
「え――?」
「中野君。愛してる」
花火で明滅する視界に、夢野先輩が重なって。
先輩は、そっと遠慮がちにキスをした。
俺の――ファーストキスだった。
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