第22話 忘れられないメンヘラ
俺の腕の中でしばし泣いていた涼城は、感情の波が去るとそっと身体を離した。
「ごめんなさい。みっともないところを見せて。中野も、困ったよね」
「まぁ、どうしたものかと戸惑いはしたが……」
みっともなくなんてない。むしろ、頼られている感じがして嬉しかった。
……と、もし俺が天音だったら、素直に言えたのだろうか。
こういうとき、裏表のない天音の性格が羨ましいと思うし、尊敬してしまう。
「私の
「!」
「でも、私にはそれが止められなくて。どうしたらお父さんの寂しい気持ちをなくしてあげられるのかがわからないの。お父さんは、私とお兄ちゃんがいるからまだ死なないってわかってる。でも、ふとした瞬間に寂しい気持ちが抑えられないらしくて。そういうときは、私も辛くなってしまって。悲しい気持ちと悔しい気持ち、そういうのを誤魔化すために、ついつい痛みに依存してしまうのよ」
「リストカットは、そのためのものだったのか……」
「よくないことだっていうのはわかってる。それが癖になっているのが異常だということも。むしろ性癖になってきていることも」
「性癖なのは、たしかにどうかと……」
「もう! わかってるんだから言わないで! でもね、中野がさっき言ってくれた言葉、本当に嬉しかった。いつだって機会があれば死にたいと思っていた私が、夏休みが終わるまでは死にたくないなって、今、この瞬間。思っているくらい」
涼城は跨っていた俺の太腿から退くと、ソファの隣に腰掛け、涙を拭って笑みを浮かべた。
「夏休み、楽しみね!」
「ああ」
その、向日葵が咲くような笑みに安堵する。
『今、この瞬間、幸せだ』と言われたときは、正直どきりとしたからな。
『今、この瞬間を切り取りたい。永遠にしたい』
『一緒に死のう』と言われたらどうしようかと。
でも、俺や部活の仲間と過ごす日々に希望を抱いて、待ち遠しいと、生きたいと思ってくれることがこんなに嬉しいものだとは。
目の前で咲く笑みが、きっとこの先も忘れられないのだろうな、と思うほどに美しいものだとは。
涼城は、すぐに死にたがるとんでもないメンヘラで。どうしようもなく目が離せない。
だが。見れば見るほど好きになってしまうのは、どうしてなんだろうか。
◇
その夜。
涼城のリストカットしてしまう理由を聞いた俺は、なんとも言えない心地でスマホを眺めていた。
画面には、『今日はありがとう』『ああ、気にするな』から続かないLINEの文面が映し出されている。
(幼い頃に亡くなった母と、父親の影響……)
到底、そこらの女子高生に背負いきれるものではないのだろう。
むしろ、きちんと学校に来ていることが偉いとすら思う。
(だからといって、憐憫からあいつの想い――吸血欲求に応えてしまうのは、間違いなんだろうな)
『俺は、好きな――嫁と決めた者からしか吸血しない』。
そう宣言した以上、涼城を吸血することはプロポーズにも等しい行いになるわけで。今日のようなただのプレイとはわけが違うのだ。
奇妙な出会いから始まった俺たちの付き合いも、そろそろ三か月――
情なんて芽生えて当たり前だと思うし、ここ最近は天音にもアプローチされているように思うし、夢野先輩には告白されているし、でも俺は部長のことも好きで……
(あれ……?)
なんだこれ。
どうしてこうなった?
俺、いつの間にか吸血鬼どころの騒ぎではなくなっているんだが?
そんな俺の心を搔き乱すように、ひとつの通知が届く。
(涼城……!?)
「……じゃない。夢野先輩か……」
だが、その内容は――
『八月の花火大会は皆で行くでしょう? だから、今度の七月の花火大会は中野君とふたりきりで行きたいなと思っているの。コスプレ収集が趣味の店長から、男性用の浴衣を借りたから、中野君に着てほしいなぁ~♡ ってことで、次の週末空けておいてね。勉強を教えてもらっているお礼だと思って♡』
最後の一文でちゃっかり二の句を継げなくさせて、夢野先輩はデートの予定を捻じ込んできた。ちなみにその日は、俺と夢野先輩はシフトに入っていない。むしろ涼城だけ入っている。完璧。百パー、ふたりきりになる計算だ。
(謀ったな……!)
でも、誰かと夏祭りなんて、友人のいない俺にとっては実は初めてな体験で。
無論、幼い頃に親と行った覚えはあるが、これはまるで別モノだろう。
浴衣の裾の下で手を繋いで、下駄を鳴らして、射的に飴に……
(俺も大概、現金なやつだな……)
もう、楽しみになっている。
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