第21話 吸血プレイ
ソファに腰かける俺の太腿に、涼城は、真正面から大胆に跨って、首筋に両腕を回す。
「ねぇ。いい機会じゃない?」
「……なんの?」
「せっかくふたりきりなんだもの。してみてよ、『吸血プレイ』」
(……!)
――『吸血プレイ』。
それは、俺の顔目当てのビッチどもが、人のいないこの第二文芸部――もとい『現代怪異部』の部室を訪れては、やれ「首を舐めろ」だのと要求してくる一種のお遊びのようなものだった。
だが、俺が結局最後までは手を出さないチキンだということもバレ、『現代怪異部』に人が増えた今では、そんなビッチもこなくなったわけで。
俺にとっては消えない黒歴史……
「ねぇ。前は普通に、誰にでもしていたんでしょう? してみてよ」
「でも涼城。お前は一種のメンヘラで、血を啜って欲しいんじゃなかったのか?」
「本来ならそれがいいんだけど、この際プレイでもいいから、首を噛まれる感触を味わってみたいの。ねぇ、やってみて」
……こいつ、本当に意味をわかっていて言っているのか?
「ちなみに涼城、彼氏がいた経験は?」
「は? ……別に、ない、けど……」
「だとすると……お前が思っているより、ハードなものかもしれないぞ?」
遊びとはいえ、首を舐めたり、噛んだりするわけだから。
「ねぇ。いつになったらしてくれるの。まさか、まだ惚れたわけじゃあないからプレイもダメなんて言うわけじゃあないでしょうね?」
いつになく強気な涼城は、意図的なのかそうでないのか、正面から豊満な胸を押し付けてくる。
(うぐ……そっちがその気なら……)
「じゃあ、やってみるか?」
俺は封印されし右腕……でなく、過去の黒歴史を掘り起こして、平然とブラウスのボタンを第二まで開けてみせた。
胸元を開けられた涼城は、少し仰け反って驚く。
しかし、言い出したのが自分である手前、目立った抵抗はできないようだった。
呼吸と共に上下する谷間は真っ白で、今まで見たどんな女よりも肌のきめが細かかった。
照れているのか、呼吸が浅く、早くなっている。
親しい間柄だからだろうか、口にせずとも伝わってくるその緊張が、妙にエロい。
俺はその柔肌に、遠慮がちに口をつけた。
「んっ……」
少し
舌が移動するにつれて、「ひぅ……」と小さな悲鳴が聞こえて。
吐きだされる息がどんどん甘くなっていって。長い睫毛が涙でじんわりと濡れて。
そうして、小さな肩が震えていることに気づく。
(しまった、やりすぎた……)
「……大丈夫か?」
尋ねると、涼城は、声も出さずに小さく頷く。
「怖かったか?」
その細い首が、今度は横に振れる。
……こわい、というわけではなかったらしい。
「じゃあ、気持ちよかった?」
尋ねると、びくりと肩が跳ねた。
肯定は決してしない。けれど、潤んだ瞳と甘い息が、それを嫌と言うほどあらわしていた。
(そっか、気持ちよかったのか……)
思わず、口元を抑えて顔を逸らしてしまう。
――どうしよう。可愛い。
自分から誘ってきたので、まさかここまで
(いかん、いかん。こいつに惚れてしまうわけには……!)
ただ、初めての感触に多少の驚きと恐怖もあったようで。
小さな震えがおさまるように、俺はそっと胸元に涼城をおさめ、頭を撫でた。
「……!」
先程までの快楽とは正反対の挙動。その優しい感触。
涼城は驚いたように目を見開いたが、最後には心地よさそうに身体を預けてきて。
それが愛しくて、思わず頬と頬を合わせてしまった。
「涼城……」
ああもう。認めるよ。
――可愛い。
涼城は、どうしようもなく可愛いよ。
頬と頬を何度もすり寄せ、しかし決して唇は這わせない。キスはしない。
さっきのような快楽を今の涼城に思い出させるのは、酷だと思ったから。
涼城は、名前を呼ばれるたびに小さく肩を震わせて、先程までの快楽を逃そうと、甘く呼吸を荒げていた。
――ああ。
最後までシたいと思ったのは初めてだ。
俺は必死に衝動をおさえる。
よくわからない女と何度か吸血プレイはしたことがあるが、こんな気持ちは初めてだった。
(……そうか。相手のことを知っているから、親しいからこそ、したいと思うんだな……)
俺は、そういう人間で。
多分涼城もそうなんだろうなと思った。
いや、そうであったらいいな、と。
俺たちは今ソファに腰掛けているから、このまま涼城を押し倒すこともできる。
だが、もしそうしたらきっと怖がらせてしまうのだろうなと思った。
俺はもう一度、頬を擦り寄せる。そっと、優しく。怖がらせないように。
「ごめん、やりすぎたよ」
謝ると、涼城は蚊の鳴くような声「私が、言ったから……中野のせいじゃない」と、謝罪の言葉を否定した。
ふと、改めて何故吸血して欲しいのか尋ねようかと思ったが、涼城の手首を見て、それも野暮だと理解する。
「なぁ涼城。俺は、どうしてお前がリストカットしてしまうのか知らないけれど、この部活に入ってから、その手首の傷が減っていることは知っている」
「!」
「もしそれが――俺や天音、皆と関わることがお前の傷や衝動を癒しているのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。以前お前は、幸せを永遠にするために死にたいと言ったが。それは今でも本当か? 心からの願い、本心なのか?」
尋ねると、涼城は腕の中で黙り込んでしまう。
「俺は、お前が望むなら、何度だって楽しい思い出を作りたいと思っているよ。何度だって思い出したくなるような青春を、共に送りたいと。ほら、これから夏休みも始まるし、行きたいところがあるなら涼城も言ってくれ。夢野先輩は花火大会で、天音はプールで。俺は宿題合宿。涼城のリクエストはまだだったよな?」
「う、ううう……うああああ……!」
「涼城!?」
慌てて背をさすると、涼城は俺の胸元に何度も頭をすり寄せて、甘えるように泣き続ける。
……多分、嬉し泣きだ。
悲しいんじゃない。俺の言葉が、涼城にとって嬉しいことだったんだと……思う。
でも――
なぁ涼城。覚えておいてくれ。
男はな、メンヘラとか関係なしに。女にそういう風に泣かれると、どうしていいかわからなくなるんだよ。
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