第20話 によによ

 俺と涼城がコンカフェでバイトを始めてから数週間。

 学校も残りわずかとなり、ついに夏休みが訪れようとしていた。


 とはいえプールと夏祭りと宿題合宿以外はすることなんてないし――

 ……結構あるな。予定。

 これじゃあまるでリア充じゃねぇか。


 俺は、元来の中二病が祟って、未だに友達と呼べる人間はクラスにいない。

 夏休みの予定も全部、部活の皆と行くものだ。


 でも――


「なぁに? にやにやしちゃって、嬉しいことでもあったの?」


「母さ――いや、母上! いつからそこに」


 リビングのソファで寝転んでいると、背後から洗濯物を手にした母親に声をかけられる。

 母さんは、「こんなハンカチ持ってたっけ? 星柄で可愛いわね。誰かからのプレゼント?」と、洗いたてのハンカチを差し出す。


「もしかして……彼女?」


「ちが――! これは、前に先輩を助けた礼にといただいたもので……」


「へぇ。助けたんだ。悠二が誰かと積極的に関わるなんて珍しいわね。えらい、えらい」


「ちょ――頭を撫でないで! もうそんな歳ではありません!」


「口調、ごちゃ混ぜよ? うふふっ。家でまでそんなにこだわることないのに」


「……別にいいだろ。気分の問題なんだから」


「はいはい。はそんな悠ちゃんのことも好きよ」


「悠ちゃんって呼ぶなって!!」


「あははは!」


 手にした薄紫のハンカチを見ると、散りばめられた星屑の向こうに、夢野先輩の顔が浮かぶ。


 ――『中野君。助けてくれてありがとう。大好きよ』


(先輩……)


 先輩は、あの日から俺に惚れてしまったのだと告白をしてくれた。

 でも、元来モテる側の人間である先輩は、急にそんなことを言われても困る気持ちもわかるから、答えは気持ちが落ち着いたあとでいいと言ってくれたのだ。


 もし他に好きな人がいるなら、きちんとその想いに向き合ってから、結論をだしてからで構わないと。いつまでも待つと。


(見かけによらず、大人だよなぁ……)


 普段はランドセルを背負っているくせに。


 そういうところを見せられてしまうと、余計に先輩のことが気になってしまうのも、先輩の策略なのだろうか。

 ひとつ年上とはいえ、先輩は俺の中では恋愛経験のある大人なので、どこまで狙ってやっているのかがわからない。


 ただ、俺はそんな、大人びた一面を持つ先輩に好感を抱いているのも事実だ。


 コンカフェで働いている際は、後輩おれたちの面倒見がよかったり、一方で先輩やお客様に対しては甘え上手だったりと、夢野先輩は何かと器用な人だった。


 涼城は涼城で、元来の美少女さを発揮して着実にファンを増やし、店長に気に入られている。俺も、道化じみた演出が『癖のある執事風』で良いと、お褒めの言葉をいただいている。

 バイトを始めたことで家に帰るのは遅くなったが、両親は「人付き合いの苦手な息子がバイトなんて!」と喜んでいるので、夢野先輩の誘いは結果的に良い方向に転んでいて、あの人には感謝の言葉しかない。


(いつかお礼をしないとな……)


 ……また「キスしてちょうだい」なんて言われたらどうしよう。


 なんて、あらぬ妄想をしてしまう。

 好きだと言われたからといって、自意識過剰だろうか。


 そんなこんなで、俺は母親に指摘される程度には、家でにやつく回数が増えていた。


  ◇


 そうして翌日――


 今日はシフトに入っているのは夢野先輩だけ。

 天音も合唱部のコンクールが近いということで、部室には俺と涼城だけだった。


「なんか久しぶりな気がするな」


 ソファで本を広げながら話しかけると、涼城もスマホを片手に「そうね」と呟いた。


 しかし、次の瞬間――

 何を思ったか、涼城は俺の上におもむろに跨ってきたのだ。

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